長久手大草城 Topへ
歴史的記述:永禄年間(1558年頃)地元の土豪 福岡新助によって築かれた城のようで、天正12年(1584)の
長久手での戦いの際は森長可が城主の位置に居ったが、長可戦死後 廃城となった由。同じ熊張橋の本地区に
前熊寺という寺院があり、此の寺の場所を別に福岡屋敷といい、福岡太郎左衛門が住みし屋敷跡という。
福岡太郎左衛門と新助の関係は不明。
小牧・長久手の戦いを少し調べたいことがあり、長久手歴史資料館を尋ねた際見つけた城。
地元の神社裏山にある城で、小高い丘頂部に築かれている。周囲は田園地帯であるだけに、低い丘でも眺望は
利いたのであろう。頂から幾段かの削平地を設けている。土塁は残っていない。神社との間の堀切状遺構は、
神社の結界線を表す施設だったのではないでしょうか。
☆所在地 愛知県長久手町熊張


2011.5.7 撮影