「山陰への小旅行」  その2 ー月山富田城ー   Topへ

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10月7日

今日も電池が無く、画像は適当に端折って撮らなくちゃならぬ。どこまでこの臨場感を、私の勇躍する気持ちを
表せるか!

大手門跡の坂道を登り城跡に入る。 途中「軍用井戸」の表示があり、探って見たが草が深くて探し当てられ
なかった。 しかし、大手の櫓の直ぐ外にある井戸とは・・・。 馬用であり、首洗いようであったりするのだろうが
ちょっと不可解ではある。

施設が何も無く、見晴らしが良いことから直ぐに「山中御殿」の植栽が目に入り、土留めの石垣が目に入る。朝の
元気なうちに頂上を目指そうと、向かい側の石垣の脇を抜け登り始める。よく整備された路で登り易い。直ぐに
小削平地の中の祠が見え、これが堀尾家断絶に繋がる「親子観音」の供養碑と理解する。

さらに20分ほど登っただろうか小削平地に「山吹井戸」の看板がある。 今でもうっすらと水が見え、水の絶える
事は無いようだ。よく見れば、谷ができ始める窪地である。山城にいてよく水の湧出のある場所である。ここまで
くれば頂上の主曲輪まですぐだ。

10分も登れば、二段に積んだ石垣の三の曲輪と引き続き二の曲輪に登る。 とかく「煙と何とかは高いところが
好きだ!」という。

小生迷わず上に登る。三の曲輪である。 土塁らしきものも見えない。 今はただ、幅15m長さ40m程のただの
削平地にしか見えない。二の曲輪には小屋が復元されており、ここからの眺望は素晴らしい。主曲輪との間の
堀切は大きく広い。主曲輪との高低差はわずかに主曲輪が高いようだが、それでも遠くまで見通せることから
何らかの施設は設けられていたのだろう。三の曲輪から二の曲輪に入る手前に井戸が見え、金網で覆ってある。
その隣に城道から入る虎口が見える。 どうもこれは枡形のようだし、しかも攻撃性が強い外枡形である。織豊期
城郭でいえば1580年代の代物ではないか? ということは今登って来たのは後世の産物だろう。 これは面白く
なってきた!

勇んで主曲輪に駆け上る。 このルートも本来の城道で無いことは明らかだ。 二の曲輪との堀切側にあることは
あるのだが、いま私たちが利用しているルートの隣に小さな高まりがあり、その高まりを利用して城道があったの
だろう。

主曲輪は上下2段になり、手前には山中鹿之助の慰霊碑が建っていた。その慰霊碑の背後に土塁が残されて
いる。慰霊碑を過ぎると、下段と上段を別ける高まりがあり、上段には城の守護神 勝日高守神社が祀られている。
この神社の背後にも城道があったようで、背の高い下草越しに腰曲輪が見える。

今は主曲輪にも土塁が残り少なに見えるけれど、当時は大規模に普請されていたのだろう。帰りに二の曲輪の
下道を通ると、二の曲輪や三の曲輪は、今は土や草に覆われているが当時は石垣が巡り場所によっては折れを
入れ防御を堅くしていたようだ。

この辺りの防御姿勢から今の城跡は、中世も終わりに近づいた時期に築かれたようだ。

行き方】  月山富田城   鳥取県安来市広瀬町富田

国道9号線を安来市から東進。広瀬町に入ると横山大観の絵画収集で有名な「足立美術館」への案内板が
目に入る。同じ案内板に「月山富田城」の案内が記載されているが、余りに足立美術館が有名なため、影が薄い。
月山富田城は、この足立美術館の前を通り進むこと500mほどで、城跡から美術館の建物が手に取るように見える。

城に登るには、山麓にある「道の駅 広瀬絣の里」の駐車場に駐車し千畳平などから順に歩いて見るのが良いと
思う。少し走って山を登り、大手門前にも駐車が出来ないことは無いが、2〜3台しか駐車できないし駐車すると
写真撮影の邪魔になる。


ー 道の駅「広瀬絣の館」にてー
自動車を道の駅の駐車場に停めていた関係から、そのまま帰るのは気がひけるからと何気なしに店の中に入る。
いや実は、少々お腹が空いていたので、絣と餅を見間違えたのだ。

中に入ると、期待した「おはぎ」とか「きなこ餅」の文句が無い!(しまった、間違えた!)しかしそこはこれまで
沢山の修羅場を潜ってきた私は顔色も変えず、

「あ〜、チミチミ。そこにある高そうなそのカスリを見せてくれんかね」

売店のオバサン、そんな小生の姿を下から上へねめつけるが如く見て言った、

「あんだあ? 偉そうに。冷やかしはよしとくれ! 私ぁこう見えても忙しいンだよ。掃除はせなあかんし、お茶も
飲まなあかん。 お前さん、いくら腹が減ってもカスリは食えんぞ! だいたい絣と餅を間違えるなんて客は
はじめてだ!お前さんに似合う絣なんてここには置いてない。さっさと帰っとくれ!」

とまあ、小生の魂胆を見抜き、罵声を浴びせんばかりの威勢の良さに最初の意気込みも何処へやら、すごすごと
尻尾を巻いて退きました。

(この話は実際とはかなり異なり、潤色されております。実際のオバサンは優しい物静かな女性でした。店内には
藍瓶の実物や、絣の小物から大作までいろいろあり、お土産用のお菓子などもありました。ちょうど残部があった
月山富田城に関する資料もいただきました。ありがとうございました。)

※山陰への旅
 10月6日  備中松山城 画像    米子城
 10月7日  月山富田城 画像    津山城