篠山城        Topへ 

  家康は、関ヶ原の合戦に勝利した後、豊臣恩顧の西国大名の勢力を削減すると共に、徳川幕府確立の
  一石二鳥を狙って戦略上の要地に天下普請で築城した。

  築城には、普請奉行に池田輝政、縄張りは藤堂高虎が担当。 城主は松平(松井)康重が慶長13年から
  元和5年まで、元和5年からは松平(藤井)信吉が入封した。

☆所在地 兵庫県篠山市北新町


 

 2009.6.27 撮影