旧秀隣寺庭園    Topへ

享禄元年(1528)朽木稙綱が将軍足利義晴のために館を建てた際築造したものと伝わる。
慶弔十一年(1606)朽木宣綱が亡き妻のために寺とし秀隣寺と号したが、のち移転しその跡地に興聖寺が
建てられた。

庭からは、眼下に安曇川一帯を俯瞰し、対岸の小椋栖山を仰ぎ見ることが出来る。庭園は屈曲した汀線を
もつ池があり、北東から水を引き池に滝を落としている。また、池中には二つの中島を置いて石橋を架けている。

                                       ―――庭園説明文より―――

池の中には、約束通り鶴島と亀島と二つの島を設けた中世の典型的な庭園である。秋の綺麗な空気の中で
しばし喧騒を忘れる時間だった。

滋賀県高島市朽木

 

  2006.12.01 撮影