滝山城 Topへ
『滝山城は、16世紀半ばに、奥平貞義が築いてここに居住したという。一名「亀穴城」ともいう。
天正元年(1573)8月21日、作手の亀山城に居た奥平貞能・信昌父子は、武田方に叛いて亀山城を退いて
滝山城に入った。武田方は五千の軍勢を率いて、城の南面下の万足平に押し寄せた。城はすこぶる険しく
攻めにくい。その上、援軍の徳川勢が駆けつけ武田方を包囲したこともあり、さすがの武田勢も退却した。
奥平勢もこれを追って田原坂で激戦に及んだ。この戦いを滝山合戦という。
滝山城は、切り立つこと百十余メートル、中腹には急造されたと思われる本丸、東の峰、天主岩などの砦跡や、
また東の峰づたいに今なお空堀が残り、山城の様子がしのばれる。
額田町文化財保護協会 以上 現地案内板より』
行き方:R1号 本宿沢渡信号からR473号を北上、県道37号を東へ。明見バス停から宮崎神社へ。
神社裏から主要部まで徒歩40分。亀穴城碑からの直登ルートは極めてハード。
築城時期は天正期 標高 380m
主要な遺構 曲輪 堀切 土塁痕跡
☆所在地 愛知県岡崎市宮崎町字堂庭
2010.10.31 撮影