鶴城(田結庄城 愛宕山) Topへ
「鶴城は南北朝期から戦国期にかけて円山川下流域に勢力を振るい、「山名四天王」の一人に
数えられた国人・田結庄氏の居城である。 伝承では、永享年間(1429〜1441)の但馬守護
山名宗全による築城であるという。天正三年(1575)10月に起こった野田合戦で垣屋豊継らに
攻められ城主・田結庄是義は、菩提寺の(旧)正福寺で自害した。その後天正八年(1580)まで
豊継の支配するところとなった。」
平成七年三月 豊岡市教育委員会
『但馬の中世史』の中で、宿南 保氏は、畝状竪堀を有する城の代名詞としてこの城を紹介されている。
小生は昨年夏の時期に訪問し、貴船神社麓に駐車しそこからグルッと一回り、愛宕神社から八坂神社へと
降りてきた。 小生はまだ畝状竪堀を良く見てはいなかったので、愛宕神社周辺を幾度と無く歩き回って
いたのだが、確認することは出来なかった。 もちろん、築かれてから400年程は経ているから崩れている
だろうし、小生が確認した時間が夕暮れで暗くなりかけていたことも関係するのでしょう。
☆所在地 兵庫県豊岡市山本字鶴ガ城



2009.8.13 撮影