漆原城 Topへ
上矢作町漆原地区の城山トンネル上がその城址。 明智町から県道33号を走る。 県道は昔の
中馬街道に沿っており、 日本の原風景、懐かしい景観を楽しみながら進めた。
城は、 東側の墓地から登り、 堀切の土橋を渡ると二の郭である。 土塁が虎口を守っている。
更にもう一本の堀切を土橋で渡ると主郭に到着する。 主郭には土塁が無く稲荷社が祭られている。
西側も同じように二本の堀切で堀切は脇へ廻り竪掘りになっている。二の郭の下には更にもう一つの
郭があり、 虎口は平虎口である。 こじんまりとコンパクトに良く纏まっているが、 城の形態からすると
戦国時代に武田信玄の部将秋山信友による攻撃(元亀三年−1572−の上村合戦)に際し活動したのでは
ないか。 とすれば、この城に籠ったのは近くの小土豪串原氏で、その出城の役目を果たしていたのでは
ないだろうか。
近くの山頂近くに上村合戦の旧蹟「一杯清水」「遠山塚」の古跡があり、当時の敗残兵の様子を彷彿とさせる。
※ 「一杯清水」 遠山景行の家臣、間や串原ら5・6騎が戦に敗れ、喉の渇きに耐えかね近くの岩を
鑓で刺したところ、岩が割れ清水が湧き出した。 (今は涸れた小さな窪地)
※ 「遠山塚」 上村合戦に敗れた遠山景行が自刃したところ。
(今は大きな石碑が作られている。古老に尋ねたところ、先代の祖父達村人が先年山の上まで
その石碑を持ち上げたそうな)
☆所在地 岐阜県恵那郡上矢作町漆原城山



2005.03.26 撮影