和田山城       Topへ

「・・・古墳の墳丘を物見櫓に改造し、丘頂に虎口・土塁・犬走りなどの防御施設をもうけ、裾回りに
曲輪や空掘りを作るなど、大規模な土木工事が行われている。主曲輪と二の曲輪は枡型門によって
結ばれているが、主曲輪を二重に仕切って複曲輪式とするなど、戦国末期の特色を備えている。

室町中期に加賀一向一揆で活躍した和田坊主が築城し、信長の武将柴田勝家が天正8年(1580)
家臣の安井家清に守らせたころに出来上がったとみられる。云々」        現地案内板

故郷での仏事に出席するついでにこの辺りの城を見て回ろうと、仲間に連絡を取ったところ、この城に
行けと指示された。

そういえば小さい頃、観光バスのガイドさんがこの丘にある古墳を説明していたのを思い出す。そういう
古墳の一部を利用して築かれた中世の城である。

忠魂碑の脇を歩くと深く掘られた空掘りと土橋が見える。その土橋を渡ると、二の曲輪に続く虎口だ。
案内板では枡型門となっているが、形が不整形で良くわからない。ただ土塁が食い違いになっている
ように見えた。その虎口を通り竪堀の横を100mほど進むと、道が登りにかかりやがて左に進む。
そこは主曲輪で、古墳の丘頂を削り物見台をもち土塁に囲まれている。


☆所在地 石川県能美市和田町

 

 

 2007.11.6 撮影