八木城         Topへ 

     八木城は、八木南西部に位置し、京街道(山陰道)を眼下に望む口丹波随一の要害である。
     丹波国内では、八上城、黒井城と並んで三大城郭の一つといわれ、中世の山城としては有数の
     規模を誇る。

     丹波守護代内藤氏の居城として伝えられ、15世紀〜16世紀に丹波地方の中心として機能した。
     戦国時代、キリシタン武将としてルイス・フロイスとも親交のあった内藤如安は有名で、文禄・
     慶長の役のおり、明側との交渉に当たった。城は明智光秀の丹波侵攻により没落したが、江戸
     時代に亀山藩が幕府に提出した絵図の模写によると、最高所の本丸は四方に野面積の石垣が
     描かれている。また、本丸の南西端に 金の間 と書かれた一段と高い部分が張り出しているが、
     これは天守閣の祖形と考えられる。現在は、石垣の一部や尾根づたいに曲輪跡が残るのみで
     あるが、当時の雄大な様子を伝えている。

                                       八木町・八木町教育委員会

この城を訪れたとき、もう半年以上も前のことですが、それはそれは良い天気で、山城の頂上に立ったときの
爽快感と征服感が今も甦ってきます。 そして、この画像に写っている通り、山麓の八木小学校の校長先生や
教頭先生をはじめ、多くの地元の方の整備活動によってこの城も守られているんだな、「城を守ろう」 という 
「この地方の宝を守ろう」 という大変有難い熱意によって維持されているのです。

みなさまありがとうございます。 これから先、これまで培ってきた郷土の歴史を、是非守ってください。 
ありがとうございます。

☆所在地   京都府南丹市八木町本郷

 

 

 

 

 
                                           2009.6.27  撮影