大和高山城        Topへ

室町期に奈良興福寺一乗院方宗徒高山氏によって築かれた城跡。応仁の乱のころより戦国時代にかけては
大和の一大勢力越智・古市氏に与し、戦国末期には当主の鷹山広頼は松永氏と連携し全盛期を迎えるも、
松永氏の没落と共に筒井氏により攻撃を受け、天正年間に滅亡。

奈良の甥のところに行く途中山中に紛れ込み、見つけた城跡。真夏の真昼のこととて、飲料水だけはたっぷり
持っていった。 小生が登ったときは、綺麗に整備された路があり非常に登りやすかった。ただ、城跡がよく
わからない。たしかにいくつもの曲輪があるのだろうけど、整備されすぎて、曲輪跡が見難かった。それに少し
歩くと蜘蛛の巣にひっかかって、出てきたときは顔から頭から蜘蛛の巣だらけの惨状でした。今度は冬に行こう。

☆所在地 奈良県生駒市高山町庄田字城茶屋


 

 
                                                 2010.8.21 撮影