米子城             Topへ

米子荒尾氏10代の成裕が「梅雨晴れや朝日に匂う久米ヶ城」と歌った米子城本丸の偉容は、
藩主が居城していた鳥取城を凌ぐものがありました。 元和元年(1615)に江戸幕府が発した
「一国一城令」において例外として存続が許された全国の支城の中で、米子城のような天守を
そなえたものは稀有な存在でした。

米子城が湊山を中心とする近世城郭としてほぼ完成したのは慶長6年(1601)で、松江城に
先立つこと10年、近世当初の城郭としての特色を誇る名城でありました。


☆所在地 鳥取県米子市久米町

 

 

 
                                        2007.10.6  撮影