東日本大震災 被災地報告:仙台四日目 平成23年4月3日





H23.4.3 22:51   Yamar 記



※以下、仙台滞在中に友人知人へメール送信した内容です。

BCCで お送りしております。

いつもお返事、激励のメールありがとうござい ます。

四日目午前中は、事務所へ物資が大量に岐阜か ら届き、搬入の手伝い。この時期ですと先方の依頼に合わせた物が増えてきます。今、奥地の避難所は生鮮食品が喜ばれるようです。

お昼頃に津波被害の激しい宮城野区のボラセン へ行きました。今回は大学院生のIさんと行動をともにしました。

12時 頃着いたので、かなり空(す)いています。受付からマッチングまでの流れもスムーズで、説明役は関西地方、たぶん神戸の人でしょうが、丁寧に注意事項など を確認して下さいました。また、派遣先へも区が手配した車や運転手で向かうなど、実にシステマティックに出来ており、前日の若林区とは様相が異なりまし た。ボランティア運転手にお話を聞くと、宮城野区はいち早くボラセンが立ち上がったそうで、それが理由なのかも知れません。

ところが、です。

今回のお仕事は6人で浸水した家屋の掃除と聞いていたのですが、実際は家の敷地内にあるドブのクズやらの除去で、ご想像通り の重労働で土ろんこになりました。朝にズボンを履き替えるかどうか迷ってそのままにしたのが正解でした。

小生は今回リーダーをやりました。長靴、軍 手、ヘルメットなど用意してましたが、一部用意してない人もいました。念の為、ボラセンが支給する長靴と軍手を各自に持たせたのが結果的に正解でした。い ずれにしろ仕事内容が異なっており、それに対する準備や人員配置が必要だったことは申し送りすべきことで終了後ボラセンへ報告しました。

もう一つ、区が運営する送迎バスが来ず、帰り は2時間も待たされました。何度かボラセンに問い合わせても、あと5分ほどでと云われ続けて永遠待つ状態、挙げ句の果てに16時 でボラセンの電話受付が終わり、連絡が途絶えそうになる事態となりました。バスが遅れたことはいいとして(良くはないが)、この電話受付終了については厳 重に改善するよう伝えました。

ところで、作業中、実に象徴的な出来事が起こ りました。近所の人が我々の除去しているドブの先のほうへゴミやクズやらを捨て始め(それもこちら側の敷地内へ)、これじゃぁこっちを綺麗にしても向こう に溜めちゃ意味がないという状況でした。

依頼主の奥さんが困った様子だったのを見かね て、数人のボランティアが、

『やめてほしい』

『そっちもボラセンへ連絡してみては?』

『こっちに捨てられても、また増水したらこっ ちだけでなくそっちも被害になりますよ』

と、明らかに相手の立場を無視した云い方をす るので、こりゃ穏やかじゃないなと思った瞬間、案の定相手は怒鳴り始めてしまい、ボランティア側がシュンとなりました。

そもそも被災している方で、我々よりずっと大 回りして捨てる場所へ行かなければならないこと、その他もろもろの事情を無視していたのです。

反省会の時に、彼等をねぎらいながらも、小生 にしては珍しく(?)やんわりとボランティアとしての立場をわきまえたほうが良いと意見を述べました。

全体的には、ボラセンにもまた各ボランティア にも色々と問題がありそうです。こういう状況に、以前の小生だとかなりイラ立つのですが、なんだか今回は現場を観察するようなスタンスでおります。

これらのことはボラセンと連携しているTさんにも報告しました。

夜のミーティングで、とある地域の自衛隊チー ムがこちら側(NPO)と情報を共有したいと申し出てきたとの報告がありました。一つのNPO団体と自衛隊が連携するようなことはあまりないかも知れませんが、今後はこういう動きも重要なのかもし れません。

また、広末涼子の旦那さんがろうそく関係で有 名だそうですが、明日お忍びで、ここのNPO事務所を訪れるそうです。小生は被災の激しい女川(お ながわ)地域へ同行する予定なので見ることはできません。ろうそくでのデザインでは有名だとか。少し話題となってました。

今日は寝不足でしたが、早めにミーティングも 終わり、周りはとっくにイビキをかいているのでそろそろ小生も寝ます。

今日の一枚:津波から三週間。津波被害の地域 の土砂は乾き始め固くなって来ております。ここへさらに瓦礫が積もってるとなると、さてどうしたものか。

 
追伸:驚いたことにACCMは平気で仙台 でも流れてます。『買い占めは やめよう』『被災地の気持ちになって』って、おいおい、買い占めどころか、買う物がないんですけどねぇ。。。

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