
お返事、激励メールいつもありがとうございま
す。
一昨日来、二つの区のボラセンを報告しました
が、少々上から目線だったかと反省しております。補足しま
すと、両区ともボランティアの受付から送り出しまでの行程は、とてもスムーズにスタッフが動いてました。過去の話から想像するに、以前の震災経験が活かさ
れているのではないかと思います。
さて、本日は受け入れ先のNPO理事長が気を
遣って下さり、石巻の牡鹿半島を中心に避難所廻りに加わらせてもらいました。こちらのNPOでは、
ほぼ毎日足を運び、状況を確認しながら支援物資を届けております。
牡鹿は基本的に海岸沿いのため、見た感じで8割
は壊滅状態です。テレビに映るような光景そのものです。上手く云えないのですが、黒焦げ色になってない全焼、全壊の家がひたすら続くようなイメージで、周
りは瓦礫だらけ。
ただ、海岸からすぐに小高い山となっているの
で、上のほうの家は辛うじて助かってます。そこを中心に避
難所が形成され、自衛隊は全てに入ってます。電気も急ピッチで工事してました。我々は6カ所廻りま
した。一部紹介します。
蛤浜(はまぐりはま):入り江にある20人弱の
小さな集落。おもちゃの希望があり、車が到着するや、子供が駆け寄って来て、サッとおもちゃを自分で持って駆け上がっていきました。ファブリーズ、トイレ
芳香剤などの希望がありました。
月浦(つきのうら):余談ですが伊達政宗の家
臣、支倉(はせくら)常長が渡欧した際の出発点。もちろん
津波で壊滅です。
給分浜(きゅうぶんはま):157人の大きめの
避難所。自治会長さんは我々を見つけるや、すぐに歓迎して下さいました。早い段階から毎日のように訪問してきたスタッフの成果なのでしょう。
十八浜:読み方は『くぐなりはま』。9足す9で18に
成るからかしらと勝手に想像してます。ここ
だけに限らず生鮮食品の希望は強いようです。『煮魚、焼魚食べたいですね』との声でした。
ちなみに海岸線は、地盤が沈下したのか、車道
に1メー
トル程の堤が隣接して、すぐ向こう側が海面です。バスルームの洗い場にいて、浴槽側が永遠海というイメージです。満潮時は浸水でしょう。それより我々が通
過中に小さな津波でも来たらと思うと。。。現に帰り道、牡鹿から橋を渡って内陸側へ入った際、満潮で水が堤を超えて陸側に入って来ておりました。
この後、とある個人宅へ物資を届けに行きまし
た。ここの周辺数世帯は住居浸水で半壊までいかないものの
物資はなく、ライフラインも電気だけ。辛うじておにぎりと少量の飲料水が支給されている程度です。話を聞くと、家が残っているという理由で、避難所も支援
物資も断られているという隠れた被災者でした。恐らく似たようなケースはさらにあると考えられます。
夜のミーティングで、この点を我々は報告しま
した。それと別に似たような報告がありました。昨日のミー
ティングで自衛隊との連携ということを書きましたが、早速自衛隊との話し合いがあったそうです。
すると自衛隊側から、どこそこの地域への支援
が薄いらしいという情報を提供してきたそうです。じゃぁ自
衛隊が支援すれば?と誰もが思います。しかし、それが出来ません。
自衛隊は、基本的に行政からの指示がない限り
動けないそうです。これは軍隊の論理からすれば当然だと個
人的に思います。自衛隊としては、間接的にこちらのNPO団体で支援してもらえないだろうかという
ことを暗に打診したようです。立場上、直接我々に指示できないですから、あくまで情報提供だけです。
明日は、その自衛隊の思いを推し量りつつ
(?)、新たに被災困難地域がないか廻っていく予定です。
ところで、昨日報告したキャンドル・ジュンさ
んのことですが、この人とともに滝川クリステルさんとヤク
ルト元監督の古田敦也さんもお忍びで事務所に来たそうです。『Love For Japan』とい
う団体が著名人の間で立ち上がったそうで、復興を長期的に支援していきたいんだそうです。そこで、今一番元気のいい団体として、ここが紹介されたんだそう
です。会えなかった外回り組は、就寝までこの話題で盛り上がっております。
『広末が来なきゃ意味ねぇだろ!』
『クリステルが来るとは聞いてねぇぞ!』
相変わらず野郎連中はくだらない話です。小生
は誰だったら会いたいかなぁ。。。考えておきます。
そんなところで今日の報告おしまいです。牡鹿
は、ほのかに雪が舞い散る天気でした。
今日の一枚:仙台駅から北へ数百
メートル。未だ新幹線車両は緊急停車から1ミリも動いておりません。