東日本大震災 被災地報告:仙台六日目 平成23年4月5日






H23.4.6 am 6:20   Yamar 記

※以下、仙台滞在中に友人知人へメール送信した内容です。

BCCで 皆様にお送りしております。

BCCは 皆さん互いのアドレスを公開しないようにしているという意味です、念のため。

なお、小生の仙台報告が不要な方は遠慮なく 云って下さいまし。

前半最終日です。
東京行き夜行バス内で書こうと思ったらPHSの画面の明るさすら乗務員から注意を受け、東京に到着 してからの送信となりました。

六日目は前日に続いて、石巻、女川(おなが わ)方面を回りました。

前日、最後に訪れた石巻の個人宅及びその周辺 世帯へ大量のミネラルウオーターと豆腐、卵、糸こんにゃく、手作りおにぎり等々を届けたところとても喜ばれました。

また、石巻高速インター周辺のガソリンスタン ドやイオンが通常営業に戻りつつあると伝えたところ、『それなら車を出して買い物に出られる』と安心されてました。

つまり、お店情報が分からない為、下手に車を 出せなかったんだそうです。近場のお店は営業不能で、高速インターの方は6キロくらい離れていたた め、歩いて物資を調達できないという状態でした。

続いて女川(おながわ)の海岸線を回りまし た。昨日、牡鹿半島の様子をほぼ壊滅と書きましたが、正直なところ女川はさらに悲惨でした。牡鹿は『黒焦げ色にならない全焼』と例えましたが、これは辛う じて家の跡があるような状態です。しかし、女川の海岸集落は、どこに何があったのか跡形もない、家ごと流され、瓦礫の山でした。

察するに、牡鹿は太平洋に向かってニョキッと 半島になって出ているので、例えば南側の海岸線は、津波に対して並行または斜めくらいの角度です。

しかし、女川は津波に対して海岸線が真正面な ので、津波の威力をもろに受けたのではないかと思います。現在は辛うじて車が通れるだけの道がある程度です。避難所一つ廻ってきました。

続いて、昨日自衛隊から情報提供のあった北上 川を少し上流へ向かった河北の南部地域『富士沼』の集落を訪れました。ここは水田地帯のようでしたが、未だ水が引かず自衛隊などが遺体捜索をしている最中 でした。集落へは灯油400リットル(ドラム缶2つ 分)、その他食糧を渡しましたが、自衛隊の物資支援がそろそろ打ち切られるとのことです。家が残っているところは、どうしても支援が手薄になるようです。

夜のミーティングでは、我々と川を挟んだ反対 側の河北の北部を回ったグループの報告がありました。こちらは、さらに惨澹たる状況のようで、報告者曰く『他の地域と比較して一週間遅れたサイクル』との ことでした。

この時期、支援物資の希望にはそれぞれ違いが 出てくるのですが、河北の北部は未だに『特に思いつかないので、あるもの何でもほしい』という状況だったそうです。

しかし、全ては廻れなかったそうで、今後は車 や人員を増やして重点的に廻ることとなりました。

ちなみに、石巻地域内でも上述の高速インター 周辺はイオンはじめ店も大分営業しております。イオンは品ぞろえも良く、バナナはひと房\78と格 安、野菜も東京のスーパーと変わりませんでした。

また、インターから近いコインランドリーは前 日に続き大行列でした。洗濯機が流され、インフラが整っていないからでしょう。

そ れはともかく、一方では大々的に店が開いて いるのに、海側へ近づくにつれ、瓦礫、土砂の除去で店の営業どころではないという極端な光景があります。

夜のミーティングでは、大船渡からの報告もあ りましたが、カーブ1つ曲がるだけで、無傷の地域と全滅の地域というところも多く見られたそうで す。

小生は木曜日に再度仙台へ行く予定です。

ひとまず、今から自宅でシャワー浴びて、少し 寝ます。
 

今日の一枚:石巻で入ったファミリーマート。 これでもACは東北に向かって『買い占めはやめよう』と芸能人使って訴えるんですかい?

写 真については、女川の瓦礫の様子やその他い くつか候補があったのですが、被災の様子は少し不謹慎かなとも思いますし、メディアなんかで幾らでも出てますので止めました。

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