東日本大震災 被災地報告:仙台 中日 平成23年4月6日






H23.4.7 am 8:02  Yamar 記

※以下、仙台滞在中に友人知人へメール送信した内容です。

BCCで お送りしております。
東京へ戻ったらPCアドレスにも激励メールをいただいており、改めてお礼申し上げます。

本日からまた現地入りする予定です。

この間、質問も受けていたのですが、なかなか お返事できませんでした。補足的に報告をいたします。

まず、小生の衣食住ですが、『衣』は風呂なし で下着を着替える程度でした。仙台市はプロパンガス以外、都市ガスの復旧が遅れてます。とりわけ中心街が遅れており、恐らく入浴できてない人が多いのでは と思います。小生は一時帰宅で入りましたが、23週 間入れていない人もいるでしょう。

『食』は受け入れ先のNPOの炊き出し部隊が手作りで出して下さってます。あとはコンビニなどで調達してます。定食屋なども市内は 大分戻っているようです。しかし、石巻の被災地の幹線道路では、ファミリーレストランや食べ物屋が並んでいましたが、ほとんど店を閉じていました。

『住』の寝る場所ですが、心優しいお寺さんの 広間を借りており、結局寝袋は使わずに済んでおります。ただ、敷き布団はないので持病の腰痛がやや悪化します。そうは云っても畳で寝られるとは小生も含め 皆さん予想外のことでしたので、それだけでも感謝です。

週末から仙台市内に支援者用の大型テントが設 けられる予定です。ひょっとしてそちらへの移動となるかもしれません。

ついでに移動手段ですが、基本的には避難所巡 りがメインなので車主体です。しかしながら、二日目に知り合ったTさんが小生に自転車を貸して下さ いました。県、市庁舎の脇にある事務所は仙台駅から北西部のところ。お寺は駅から東側にあり、他の人達は車に乗りあわせて往復してますが、小生は普段の在 宅介護と変わらない環境で自転車を乗りまわしてました。

車のことで云えば、災害支援車両の認定を受け ると高速道路は無料で通れます。また、今更ながらですが、自衛隊というのはこんなに車両を持っていたとは知りませんでした。どこ行っても自衛隊車両が走っ ております。

ところで、お前さんは何でそんなに報告文を作 成する時間があるの?と云われそうです。

言い訳がましく書けば、二つ理由がありまし て、一つはNPOの理事長さんが気を遣い全体ミーティングを早めに開いて早めに解散にして下さいま す。裏を返せば震災直後に比べ、多少情勢が落ち着いたのかもしれません。

もう一つの理由は小生が早起きするからです。 びろうな話ですが、お腹の弱い小生は、起床から実動開始までの時間を長めに取るようにしてます。その間、少し時間があります。

前半日程ではあまり大事にはなりませんでした が、最後の六日目夜のミーティング中ついにお腹が下りました。車の移動中じゃなかったのが何より幸いでした。直後にバスで東京へ上るのに下ってちゃしょう がありません。などと下らない話をする場ではないですかね。

今受け入れて下さっているNPO団体には多方面の支援団体や小生のような無所属まで出入りしていて、誰がどういう人なのか把握してませ んが、下はピカピカの大学一年生になる10代から上は還暦過ぎの人まで色々です。

また韓国人の友達からはソウルから『おまえに オレ等の義援金をたくしたい』などありがたいメッセージもいただいております。

後半の一週間は、介護支援にも応募してます が、応募が殺到しているそうで行かないかも知れません。ただ、話を聞くと『ボランティアやります!!』という意気込みの強すぎる人は、ほとほと参るそうで す。むしろ『黙ってじっと被災者といられる人』『一日中トイレ掃除できる人』などが望ましいと云ってました。なかなか本質的なところですね。

今日の一枚:一応仕事をしていたところも見 せておかないと。灯油をポリタンクへ移して、被災地に渡しているところです。ちなみに、この灯油ポンプは、ドクター中松の発明した『醤油チュルチュル』が 正式名称という話題が我々の間でありました。しかし、ネットで調べると、現在のものはドクター中松のものとは異なるそうです。

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