東日本大震災 被災地報告:仙台後半初日 平成23年4月7日





H23.4.7 23:02   Yamar 記

※以下、仙台滞在中に友人知人へメール送信した内容です。

BCCで お送りしてます。

無事仙台へ3時ごろ戻って来ました。事務所に入った瞬間『お帰りなさい』と云われてしまいました。すぐに物資搬送を手伝 いに車へ同乗しました。

名取市のとある障害者デイサービスセンター が、被災で建物が使えなくなったそうです。新たに急ごしらえで借りた場所は、何も設備がなく寒いということで、マット畳を四畳分とストーヴを一台お届けし ました。

次に、我々の倉庫へトラック一台分の物資を下 ろしました。

云われれば当たり前なことなのですが、物資は 種類ごとに仕分けします。災害時に、何でもいいから送り届けたいという意気込みで、段ボールになんやかんや入れると、大概被災者へは届かないようです。仮 に届くとしても、仕分けする人が苦労するそうです。

今回の震災で、全国の自治体が救援物資を個人 から募ってましたが、あれは上手く機能したのか疑問です。あくまで個人的な推測ですが、個人から募ると、てんでバラバラになって仕分け出来なかったんじゃ ないかと思います。

明日以降は、引き続き受け入れ先のNPO団体で活動することとなりました。当初、後半の日程は別のNPO団 体の介護ボランティアへ応募してましたが落選したようです。『ようです』と書いたのは、内部情報を聞きまして。

と云うのもボランティア応募が殺到して、人員 配置を調整していたそうなんですが、なかには断られても現地に行っちゃう強行ボランティアもいたそうで、大混乱をきたしてるそうです。さすがに、そういう 意気込み過ぎの人たちとは一緒に仕事できんなぁと思いつつも、そういう人たちってどんな仕事ぶりになるのだろうとちょっと思ってしまいます。

ただ、そういうやる気満々の介護ボランティア にケアされる被災者がどうなるのか少し心配です。

明日は物資要請があった気仙沼の避難所へ行く 予定です。要請によると、おにぎりと味噌汁と梅干しくらいの食事だけが続いているそうで、副菜系の物を希望されているそうです。

今日の一枚:護衛艦『日向』が使っていたと 思われる灯油ポリタンク。被災地などでポリタンクを交換しながら受け渡していたら、廻り廻ってこちらに来ました。

仙台 中日 4月6日へ戻る  仙台後半二日目 4月8日へ進む


その他の文章一覧 へ

トップページへ戻る