東日本大震災 被災地報告:仙台後半三日目 平成23年4月9日






H23.4.9 23:09 Yamar 記

※以下、仙台滞在中に友人知人へメール送信した内容です。

BCCで お送りしております。

宮城は温かい陽気から一転、寒く湿りがちな一 日となりました。

本日はこちらのNPOに、内閣府参与の湯浅誠さんが来られ、途中まで石巻方面へ一緒に廻られました。湯浅さんは、貧困問題な どで広く活動されております。今回小生がこちらに来られたのも湯浅さんと一緒に活動しているOさん からの紹介でした。Oさんとは、かれこれ10数 年以上の付き合いで、小生の兄貴分のような人です。

はじめに、昨日行って来た石巻のお寺さんへ追 加の物資を届けました。ここの奥さんと娘さんは、心に抱えているものを次から次へと吐き出すように、湯浅さんへ思いを語っていました。

余談ですが、新潟地震の際に、上述のOさんから『災害と心のケア』(デビッド・ロモ著)という本を紹介されました。この中で、被災者が話すことに は、善悪の判断、批評などを決してせずに、相手のペースへ合わせ、ひたすら聴き役に徹することが肝要と書かれております。上述の奥さん、娘さんの話しぶり に、思わずこの本を思い出しました。

Oさ んは新潟地震で、上記の本を二百冊購入して、関係者に配ったそうです。

本題へ戻ります。お寺の次は女川(おながわ) の小高いところにある町立病院へ行き、駐車場から眼下にある街を湯浅さんに見てもらいました。駐車場から眺めると、我々の目線は海沿いにある建物のおよそ4階部分にあたりました。しかし、この高さの病院でさえ、1階 は1メートルほど津波が達しておりました。

ここで湯浅さん一行とは別れ、我々は六日目の 報告で『一週間ほどサイクルが遅れている地域』と書いた、北上町〜南三陸の南部(志津川)方面、6ヶ 所の避難所を廻りました。

北上川の河口付近から北へ向かった一帯の地域 です。河口に近い新北上川大橋は津波により崩落しました。

避難所は、高台にあるお寺や民宿や介護施設な ど、まちまちでした。物資も大分そろって来ているようですが、調味料のリクエストが全体的に多かったように思えます。お醤油は真っ先に配られますが、お 酢、ケチャップ、マヨネーズ、ドレッシングなどが恋しくなるようです。

また、長靴、作業着、ビニール手袋など、早く 仕事を再開出来るような品物のリクエストが多くありました。

夜のミーティングでは、気仙沼地域の避難所の 状況が良くないという報告がありました。自衛隊による簡単な食事提供が一カ月間続いているそうです。他の避難所は、自分達で料理をする段階に入りつつあり ます。

この気仙沼地域を除き、他の避難所は、そろそ ろ物資の支援から人的支援の段階に来ているのではないかという話も出ました。本格的に復興を自分達の手でやっていくにあたって、それを援助する人が長期に 滞在して関わっていったほうが良いのではとのことです。

課題としては、範囲の広い被災地に、長期に 渡って溶け込んで支援できる人がどれだけいるのかということではないかと思います。

今日の一枚:小生が入会している日本李登輝友 の会というものがあります。そこの石巻在住の会員さんがLAWSONを経営されているそう で、偶然 通りかかり、車から撮影しました。こちらでは自転車の寄付を募っているということを会のメールマガジンで読みました。ひょっとしてその自転車が届いたとこ ろかもしれません。ここは石巻市の東側『渡波』というところで、地形の関係から今回唯一と云っていいほど被害が少なく済みました。

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