
BCCで
お送りしてます。
宮城は午後から雨が降り始め、気温も10°Cと寒く、おまけに夕方からは断続的に地震が起
きています。今や周りは余震に動じません。頼もしい半面、大事にならないことを祈るばかりです。
本日は気仙沼へ行きました。元気いっぱいのス
タッフが制限50キロの高速を120キロで
飛ばして向かいました。高速は震災以後、応急措置がされているだけで、段差が沢山あります。ペーパードライバーの小生は、少し焦りました。
向かった先は、気仙沼高校の避難所です。昨日
搬入していた大量の布団の一部をトラック2台で60組
み分届けました。ここは400人の被災者がいる大所帯です。
大概、災害時の避難所へは、毛布を真っ先に届
けることはメディアなどでも知られています。しかしながら、避難所は床ですから、多くの人はビニールシートや毛布を敷いて寝ます。敷き布団やマットの希望
がどうしても出てきます。避難所の会長さんからは『今までで最高の品物』とまで云って下さいました。
気仙沼方面は、ここ数日になって足を運ぶよう
になり、少しずつ避難所の状況が分かってきたところでした。そこで分かったのは、避難所の環境が良くないということでした。仕切りもなく、ぎゅうぎゅう詰
めで、子供達に覇気がないなどの報告がありました。
物資面では、布団類に加え食材の希望がありま
した。この避難所では、煮炊きを自衛隊が担当しているそうです。自衛隊にお任せすると、どうしても同じ献立になってしまうので、外部から提供される食材を
自衛隊に渡して料理してもらうそうです。
帰りは気仙沼の海岸沿いである東浜街道を通り
ました。ここの街道はJRの気仙沼線と並行しています。しかし、線路は捻じ曲がったり、道路と並行
しているはずが90度に横たわっていたり、踏切は残骸が残っているだけです。津波被害に遭った多く
の家屋は、1階が柱だけ残って筒抜けで、2階
がそのまま残っていました。
途中、震災の影響で通行止めとなっており、迂
回路を進みましたが、丘を挟んで海岸が見えなくなるところであるにもかかわらず、津波被害が見られました。何故だろうと思っていたら、津谷川という小さな
川を逆流して氾濫したのが原因のようでした。
ご存じの通り、先月11日の14:46に
地震が起きました。丁度、気仙沼の南部、本吉町を走っているところでした。本吉町では1分ほどサイ
レンが鳴りました。
明日は小生滞在の最終日です。夜のミーティン
グで『明日の夜帰ります』と云ったら皆さんから『で、いつ移住してくるの?』と云い返されてしまいました。嬉しいような困ったような。。。。もちろん長期
的に関わっていくつもりでおります。
今日の一枚:本日布団を運んだ我々のトラッ
ク。鳥取のCOOPから提供された車で、通称『りす号』。デザインにりすが描かれてます。連日被災
地へ行くので泥だらけです。