
BCCで
お送りしております。
12日
の木曜からまた被災地支援のお手伝いに来ております。
仙台の事務所へ到着した途端に『お帰りなさい』といわれ、その後会う人会う人同じ挨拶をされます。さらにたた
みかけるように『いよいよ移住決意ですね』とプレッシャーをかけら
れてます。
これは冗談ではなく、先月一緒に活動してた県
外からのメンバーが、既に3〜4人移住して
来ているのです。本当に頭が下がる思いです。だからと云って、小生も移住と云うわけにはどうしてもいかないのですが。
お世話になる『ワンファミリー仙台』さんも大分落ち着いたようで、通常業務
(元々はホームレス支援の団体)と支援活動を並行して行なっているそうです。
昨日13日
は一カ月ぶりに石巻、牡鹿半島へ行きました。石巻の三つの学校へ保健室用の布団2組ずつを届けまし
た。石巻市街の道路は大分瓦礫が除去されたようです。しかし、家や商店などはなかなか進まないようです。石巻は社会福祉協議会が力を入れてボランティアの
コーディネートをしており、街には至る所でボランティアの姿がみられました。
牡鹿半島では、女川原発の足元にある避難所へ
も物資を届けに行きました。コーヒーでも飲んで行きなさいと云われ、10分ほど歓談しました。被災
された方とゆっくりお茶を飲んでお話するのは初めてでした。電気が通っただの、これからの季節はどうするだの簡単なお話でしたが、事務的でない会話がやっ
とできました。それにしても言葉がなかなか聞き取りづらいですね。『いづにづふづ
が(一日二日)じゃぁ、、』ってな調子で、普通に話してこられるので、耳をすませ想像力をふくらませながら聴いてました。
もう一カ所、東浜地区の『狐崎浜』というとこ
ろへ行ったのですが、少々驚きのところでした。東浜地区を統括しているところが物資を全然回してくれないというのです。物資をもらいに行くと『ブラックリストがまた来た』とまで罵倒されて追い返されるそうです。恐らく家
の被災が少なかったからという理由だと思います。
ここは個人宅からの情報提供で行ったのです
が、粉ミルク、オムツ(子供、大人用)など、その他衣類、食糧、雑貨なにもかも足りないという要望でした。事務所へ戻って報告すると、粉ミルク、オムツな
どは一カ月以上前にニーズがあったような物資で、むしろ今は在庫にないくらいではないかという程でした。また今日も行こうということになりました。
今回は事前に岩手へ行くという話もあったので
すが、ひとまず仙台で活動しております。毎日の配信とまではいかないと思いますが、今後も報告していきます。
今日の一枚:先月お世話になったお礼に、壁掛 けの電波時計を事務所に贈りました。とても喜んで活用して下さってます。