東日本大震災 被災地報告:平成23年5月18日






H23.5.18 pm 22:12  Yamar 記

※以下、仙台滞在中に友人知人へメール送信した内容です。

BCCで お送りしております。

仙台市 内の災害ボランティアセンターは宮城野区と若林区がありましたが、現在は北部と南部に名称が変わりました。 

本日は南部(若林区)へ行きましたが、以前は 区役所別館にあったのが、いつのまにか場所が変わりもう少し海岸寄りに、テントを張って構えていました。しかし、バスが1時間に12本 程度しかなく、県外者には少し不便かもしれません。

新しい場所へ移るべく、区役所前のバス停で 待っていたら、とことこ杖をついた婆さんが横に座りました。まぁ、とにかくよくしゃべること。

こういう人、実は大好きです。バスの行き先場 所から、自分の体の具合から、バスカードの発行手続きやら、津波の被害やら、なんやら、かんやら。。。。永遠20分。

『く づ(口)だげは達者だ、もう体は動かねぇっちゃ。でもよ、これでもしゃべらねぇようにしてっけどもさ、ははは!』

 落 語に出てきたら下記のように呆れられるでしょうな。

『よ く、まぁ、べらべらとしゃべる婆さんだね。喉に発電機でもくっつけてんじゃねぇのかい?これじゃぁ歩く蓄音機だよ、まったくぅ』

なぁ んてな具合で愚痴をこぼされるでしょうけど、小生はたまらなく好きですなぁ。だから介護現場でも話ばっかり聴いてろくに仕事しない不真面目ヘルパーになっ てしまうのです。

本題に戻して、今日の作業内容は10人での瓦礫、泥掃き等でした。南部(若林区)ボラセンは、オリエンテーションなどという仰々しい説明時間 を設け、比較的北部(宮城野区)よりかは、細かに注意事項などを説明しておりました。かなりマニュアルに沿っているようです。

貸し出し道具では、防塵マスクや安全靴もあ り、北部(宮城野区)にない面もありました。

一緒に作業した数人はJRの下請けで線路警備をやっているそうで、震災当日のお話をしてもらいました。多賀城の駅で電車が入ってき たところ地震が来たとのこと。

車掌や駅員に早く乗客を降ろすよう進言して も、上からの指示もないし分からないの一点張りで、結局自分たちが独断で降ろし、誘導したそうな。その後、多賀城駅は即シャッターを閉めちゃった。東京で 起きたことと同じですね。

津波は目の前10メートルまで来たそうです。翌日は各地で自衛隊が死体を運んでいて逃げ出したくなったと云ってました。

もう一つ、小生にアドヴァイスして下さったの は、新幹線のこと。震災後、耐震調査員が危険と訴えていたのを間近で見ていたそうですが、JRは開 通させたんだそうで。

『室さん、北行きの新幹線はやめたほうがいいっす!次に震度5弱が来たらどっかで落橋します よ!』

あんまり風評を広めるのはよくないことです が、現場の声ということでこの場を借りて報告してみました。

次回はもう少し真面目な文章を書くようにしま す。
 

今日の一枚:南部(若林区)ボラセンで配られ る『リーダーの役割』用紙。43日付けに なってます。実はこの原案のタイプ打ちしたのは小生なのです。先月3日にボラセンと関わっていたTさんから緊急で原案の打ち込みだけ頼まれて、チャチャッと打ったのでした(相当文面は変わってます)。あく まで打ち込んだだけで原案を考えた訳ではないです。今日、目にして、お!と思ったのでした。



5 月17日へ戻る  5月20日へ進む

その他の文章一覧へ

トップページへ戻る