
BCCで
お送りします。
昨日の宮城は朝から冷たい雨で肌寒い一日でし
た。
小生は気仙沼市、本吉地区の中学校の校庭に建
てられた仮設住宅の調査に行きました。数日前に開設されたのですが、そこの住人からSOSの情報が
あった為です。
中学校の体育館は避難所となっていましたが、
そこから半分以上の人が抽選で仮設へ移住しました。しかし、移転した時点で、入居者は自立とみなされ、一方的に援助を打ち切られました。抽選で外れて避難
所に残った人達からすれば、家がありゃ充分だろうという見方にもなっていて、双方の関係もギクシャクしています。
普通に考えて、罹災して避難所暮らしをしてい
た人が、仮設住宅へ入居したからと云って、いきなり自立した生活ができる訳ではありません。にもかかわらず、仮設へ入居した方々へは、自立を名目に行政は
ノータッチとなります。その証拠に、住人の相談窓口はなく、敷地内には掲示板等もなく情報が何もありませんでした。
我々は隣の避難所本部や本吉の役場へ事情を聴
きに行きましたが、一様に仮設入居者については関知せずのスタンスでした。ただ、役場としては、仮設住民による自治会ができて、問い合わせがあれば対応す
るとのことでした。
しかし、隣の避難所のみならず気仙沼の各方面
からバラバラに入居している仮設住民が、いきなり自治会を立ち上げることは、誰かしらが音頭をとらなければ不可能な話でしょう。約100世帯もある新しい住居区画に、管轄する担当者が誰もいないことが浮き彫りとなりました。
恐らく、行政としては未曾有の災害に、ともか
くも仮設への移転を第一に考えたため、移転後のことは何も考えていなかったようです。
同じようなことは仙台市内の仮設住宅でも起き
ているとのことで、神戸等での震災で反省点として挙がらなかったのか疑問に感じました。
今日の一枚:南三陸町の海岸沿いで津波をもろ に受けたガソリンスタンド。5日後には、営業再開したとのこと。建物がボロボロのなか手作業でやっ てます。近くに同じようなスタンドが別にありましたが、そこでは大きな字で『津波のバカ!でも、がんばっぺ!』と書かれていました。