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名護市民が涼しげにくだした新基地建設拒否の結論
2010年9月12日、名護市議会議員選挙の投開票が行われました。結果は名護市東海岸への新基地建設を拒否する稲嶺進市長を支持する勢力が定数27議席中16議席を獲得して過半数を獲得する圧勝でした。この結果は、周囲の喧噪や思惑、期待や不安をよそに、新基地建設拒否がいまや名護市民の当然の合意、コンセンサスとなっていることを映し出すものでした。
今年1月の名護市長選挙で「辺野古の海にも陸にも基地はいらない」と訴える稲嶺進さんが当選してからの市議会の勢力構成は多数派与党からの、市長を支えようという議員が12名、市長との対立を鮮明にする議員が12名、中立派が3名へと揺り戻しが生じていました。そのため名護市議会は市長が求めた「普天間飛行場辺野古移設反対決議」に合意せず、4月25日の県民大会にも一部議員が参加しないなど、名護市長選挙で示された「新基地建設拒否」の市民の合意を踏みにじる状態が続いていました。また、沖縄防衛局は名護市に内示した再編交付金の交付を凍結し、それを財源とする事業計画を決めている名護市に財政的圧力をかけはじめました。さらに加えて「普天間飛行場の移設は国外、少なくとも県外」を訴えて政権の座に就いた民主党鳩山由紀夫前首相が万策尽きたかのポーズで来沖して「辺野古復帰」を押しつけるが早いか、辺野古区では「辺野古移設容認決議」が採択されました。こうして新基地を渇望する人々の名護市長選挙敗北への巻き返しののろしがあげられたのでした。
市議会議員選挙が近づくと共に新基地を渇望する人々ははざわめきたちました。島袋吉和前市長のみならず比嘉鉄也元市長までもが陣頭指揮をとりました。前回市長選挙で島袋吉和市長が獲得した16000票を1000票ずつ振り分け16人を当選させるとし、そのために確実に票を獲得できる候補者を厳選しているなどと、組織的な選挙戦準備の様子が漏れ聞こえてきます。、「稲嶺市長が反対しているから移設は厳しい」と評論する仲井真弘多知事や普天間基地の県内移設反対を公約に先の参議院選挙で当選した自民党の島尻安伊子議員が名護を訪れては市長に対立する候補者を激励します。前原沖縄担当大臣(当時)は「基地と振興策はリンクしない」と公言しながら、基地と振興策のリンクを象徴する島袋前市長や辺野古区などの”有力者”たちとの会合を繰り返しては「基地と振興策はリンク」していると思わせ振りし、市長に対立する人々の再編交付金を拒否する稲嶺進市長を「名護の発展を考えていない」という批判にエールを送り続けました。
稲嶺進市長は名護市の発展を阻害しているものを見極め「基地の移設問題を今考えずに、いつ考えるのか」と訴え、この市議会議員選挙に問われている本質的課題への関心の集中を市民に訴えました。市長を支持する候補者たちは今回の選挙が「海にも陸にも基地はいらない」と訴えて市長に当選した稲嶺進市長の信任選挙になっていることを強く自覚していました。稲嶺進市長を支えるのか孤立させるのか、争点はきわめて明確に提起されました。自分が当選するだけでは目的は達成されない、過半数の議席を獲得しなければならない、市長を支持する候補者の意気込みがアピールに表れます。岩国市で空母艦載機の受入を拒否した井原市長が市庁舎の建てかえで本来公布される予定だった再編交付金のカットで兵糧責めにされ、市議会が井原市長の責任を追及し、ついには井原市長が辞任に追い込まれた事態が頭をよぎります。過半数を獲得して稲嶺進市長を支えなければ同じ運命が名護市にも訪れることを市長を支持する候補者たちはよく分かっています。
こうして両陣営が議席の過半数獲得を目指すことになり、27人の議員定数に37人もの候補者が名乗りを上げ、稲嶺進市長を支えるか否かでまっぷたつに分かれた大激戦が繰り広げられたのでした。
政府・民主党は、この選挙期間中、海上保安庁による尖閣諸島(釣魚島)での中国船籍の漁船の拿捕を通じて南西諸島がアジアの緊張の中心にあると宣伝を繰り返し、韓国での天安号事件とともに、海兵隊の極東での抑止力の根拠を求めます。日米両政府は8月末にIやらVやらの滑走路案を提案し、投票日の直前には米軍は沖縄にオスプレイを配備すると発表するなど、シュワブ沿岸への新基地建設が既定方針だとばかりの報道が続きます。
晴れ渡る晴天下で迎えた投票日当日、市長を支持する候補者は16人が当選し、新基地に反対を表明して当選した候補者は18人に達しました。市長を支持する候補者全体の獲得票は17634票、市長に対立する候補者の獲得票は14446票と3200票の差がつきました。市長選時の1500票を大きく上まりました。政府・民主党、沖縄県知事、自民党県連、北部地域の”実力者”が総出で臨んだ選挙であったにもかかわらず、そして投票率が72%と過去最低だと言われるなかでも、名護市民が下した結論は新基地建設拒否の意志でした。政府・民主党は自分たちの党首選挙に紛れ込み、自らの名護市での敗北をできる限り小さな出来事として扱おうとすることしかできませんでした。コンセンサスと言うにふさわしい涼しげな民意の表明でした。
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沖縄をまるごと抱え込む時代の終焉
今回の名護市議会議員選挙で当選した市長を支持する候補者のうち5人は、自らの立場を”保守”だと鮮明にしておられます。沖縄をまるごと抱え込もうとしてきた政府の沖縄政策の破綻が民主党政権下で露骨に顕在化してきています。
1997年に名護市の東海岸に新たな基地を建設する方針を定めた政府は、基地負担の不満を抑え込むために設けられた北部振興策や島田懇談会事業を通じ、名護市を中心に国家予算を文字通り湯水の如く投じてきました。1997年に名護市民が基地は受け入れられないという「名護市民投票」の結論を蹂躙しながらも、「名護市民」に有無を言せぬとばかりの勢いの振興策は、名護市東海岸の風光明媚な青い空と海、緑の山々の姿を豹変させ、幾何学形状の鉄骨と純白のコンクリート、漆黒のアスファルトでラップしつくしました。公民館や産業施設など地域住民の便益向上・雇用拡大との大義名分のもとに、これら箱物建設工事は建設業界に大きな利権をもたらしました。
これらの利権などはなはだかわいらしい話で、基地が新たに建設されれば、こんなものでは済まないより大きな利権が生まれると考えた建設業界は色めきだちます。より大きな成果を獲得しようと、本土から、那覇からと現地に人を送り込んでは”地元企業”を立ち上げ、”地元顔”での入札競争に備え、自らにより実入りの多い工法の採用をめぐり鍔迫り合いを繰り返してきました。スーパーゼネコンは2500m級滑走路を持つ沖合埋立を提案し、鉄鋼・造船業界は杭打ちやメガフロートを提案し、そんなことをされたら仕事にありつけないと考えた地元企業は浅瀬の埋立を提案。マスタープランも出ていない間から建設業界は大騒ぎでした。
冷静な気分に引き戻したのは小泉政権の”聖域無き構造改革”でした。深刻な財政危機は”民間活力の利用”を名分に公共事業も大幅削減に導きました。2003年以降の公共投資の削減は全国の建設業界に大きな痛手となりました。振興策でにぎわっていたと思われている沖縄も例外ではなく、公共事業費率が高い分だけ、より深刻な影響を受けたのでした。1998年に4746億円あった公共事業投資は2008年には2565億円に減少します。それに伴い県民総生産に占める沖縄の建設業生産の割合も1985年の16.1%をピークに下がり続け、1998年には10.3%、2007年には7.4%と、全国平均の6.4%にじわじわと近づいています。沖縄の建設関連企業数は5千数百社で高止まりし、全産業に占める建設業従事者の割合も変化せず、過当競争状態に陥っています。公共事業が増える見込みのない今日、沖縄の建設業は厳しい合理化の岐路に立たされています。
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さらに沖縄の建設業の苦境に輪をかけているのが、減少する公共投資のもとで、沖縄での米軍や自衛隊の基地関連の利権に本土企業が群がっているという指摘です。沖縄防衛局は2010年8月1日付け広報誌”はいさい”でこの問題に触れ、2007年には県内企業の受注が件数で77%、額で44%だったものが2009年にはおのおの88%と72%に改善したと報告しています。けれども、上位ベスト10の利幅の大きな大プロジェクトでは6割以上の業務が県外企業に流れ、2007年にはほとんどすべてが県外企業が元請けになっている状態が見受けられます。
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”聖域無き構造改革”は防衛予算も例外ではなく、名護市東海岸の新基地もキャンプ・シュワブ内陸上部への建設などより安上がりで現実的な工法が提案されました。また、北部振興策や島田懇事業の期限切れを前に、沖縄全体、建設業全体を抱え込む振興策のあり方にも見直しがなされ、新たな基地建設に関わりのある地域に限定し、しかもその協力・達成の度合いに応じ、箱物に限らない市民生活全体を対象とする交付金としての”米軍再編交付金”へと衣替えを図ったのでした。
こうして、基地負担を補償する政策も、沖縄の経済発展の遅れを支援する政策もが後景に退けられ、基地建設に協力する場合に限り特別扱いするという政策へと転換されていったのでした。これは市民の利益に反する政策を実施するために沖縄全体や建設業界全体を相手にした政策を実施する余裕を政府が喪失したことの裏返しでもあるのでした。こうして、「仕事より選挙が大事」と言ってきたような一部の企業は生きのこる道をたたれ、経営モラルの改善に取り組まなければならない事態が沖縄の経済界を揺るがしています。
こうした政府の沖縄政策の行き詰まりに加え、湯水のごとく降り注がれた振興策が皮肉にも名護市の財政を圧迫し続けているという事実があります。政府の9割予算補助で事業を実施する際に市が負担する1割負担分、建設後の公共施設の維持費が財政を圧迫し、経常収支比率は高止まり、公共事業に予算配分しようと民政予算、教育予算を削減しても、投資的経費を削らなければならない事態が続いてきました。1月の名護市長選挙でも市政の私物化や腐敗の刷新が問題となったのもこのような背景によるものだと推し量ることができそうです。 |
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よみがえった再編交付金を「麻薬」だと感じる感覚
先頃、沖縄タイムスが特集した”続「アメとムチ」の構図”は、”地元住民”自らが基地受け入れの見返りを要求してきた過去と現在をルポしました。辺野古という集落が、シュワブ受け入れの見返りに求めたインフラ整備の過去。これまで基地負担の見返りに政府が与えてきた補償が、それ抜きでは生きることができなくなった人々を作り出した現実。それは「麻薬」として作用し、住民がその「麻薬」を自ら求めることを要求する”再編交付金”の恐怖。しかも、建設業者のみを対象とするのではなく、民生、福祉、教育分野に忍び込む防衛予算の脅威。意識しなければグレードアップされている買収の手法に沖縄タイムスは警告を発しています。
2003年9月号の「けーし風」によせた「双頭のブルドーザー」という文書で、輿石正さんは、シュワブ建設のために米軍に土地を引き渡した辺野古の人々の「物質的豊かさへの渇望」「貧しさからの脱却への願い」という、「生活のポールにまとわりつくグロテスクな選択とエネルギー、それを取り込みなおかつ反戦・平和への道筋へと続く図太い統一戦線がありうるのか」と問いかけ、その”グロテスクな選択”を乗り越えることができる、民衆の生活に根ざした力強い選択の登場の必要性を説いておられます。けれども現時点では、この当時強力に感じられた”グロテスクな選択”を受け入れる度量は、政府からも社会からも、ますます萎みあがり、ねばり強い民衆の訴えの正当性が多数派を形成するにまでふくらみあがりました。
名護市民は”基地に頼らないまちづくりをめざす”ことを公約にした稲嶺進さんを市長に選び、今回の名護市議会選挙でこの市長の政治姿勢を信任しました。防衛予算で学校を統廃合し、スクールバスを運行し、やんばるの山を切りひらいて道路をつくり、米軍と共用する下水道施設をつくる不自然さを、再編交付金は「麻薬」だということを普通に感じ取れる名護市がよみがえったことに、私たちはみな、大きな力を与えられています。この力強い成果と新鮮な決意の中で、新基地建設をくい止める新たな場面が今再び始まろうとしています。 |
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