島の別れ
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 2007年学校年度の終わりのころ。座間味島から那覇への帰りのフェリー。阿嘉島で島を去る学校の先生たちを見送る場面に遭遇しました。

 船の別れは哀愁を誘うと言われますが、阿嘉島を去る先生たちを見送る船の別れはまた格別なものでした。

 船が波止場を離れても、防波堤では子どもたちが手を振り、海に飛び込んで別れを惜しみ、フェリーが島の外にでるまで村のボートが見送ります。

 沖縄にかかわらず離島を抱える地域で、しかも広域人事が行われる地域では、離島やいわゆる僻地での勤務は負担の大きいものだと察します。また沖縄では離島や北部地域への赴任期間の一方的延長決定が行われるなど様々な問題を抱えているとも聞きます。教職に限らず私たち民間企業で業務に携わる人間にとっても異動は負担を伴うものです。けれども職業と生活を子どもたちと地域社会のなかで行うという職責を果たして島を去ることになって、「先生ありがとう」の船の別れは、何の関係も無い私にでもその涙を誘い、「お疲れ様でした」とつぶやかせるものです。

 沖縄の学校での先生方への離任式は地域社会が参加して盛大に行われると聞きます。それというのも、とりわけ離島やいわゆる僻地では学校が地域社会の核として存在しているからだと思われます。私の子どものころは全国どこでもそうだったと思います。運動会ともなれば子どもたちそっちのけで、青年団、老人会、婦人会、PTAが出し物をしていたものです。

 けれども児童数の減少で児童数の少ない学校を統廃合する動きが、沖縄、それもキャンプ・シュワブ沿岸への普天間移設を受け入れ、米軍再編交付金が支給される名護市ですら行われようとしていると聞きます。米軍基地には当然反対ですが、それにしても国からお金を受け取りながら、地域社会、地域の教育にお金が落ちてこないことに疑問を持つ人が出てきても決しておかしくないと思います。

 ともあれ、離島勤務お疲れ様でした。今後とも大変でしょうが地域と学校をつなぐ架け橋としてがんばってください。
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