言霊がのりうつった「県外・国外」
拝啓

 5月4日、沖縄を訪問した鳩山首相は、「(普天間移設先は)国外、少なくとも県外」という選挙公約を翻し、沖縄の民衆に新基地建設の受入を要求しました。

 政府・民主党、鳩山由紀夫政権は、昨年来高ま一方でついには全沖縄の合意となった新基地建設反対のうねりを真正面から受け止めることも、自らの政権奪取のための選挙公約と米国の前政権との日米合意履行要求の矛盾を克服することもできずに、2010年に入ってからも無策無為のまま四半期を過ごしたすえに、とうとう思考まで停止させ、旧政権の政策と政治方法であった「辺野古現行案復帰」「対米従属復帰」「官僚主導復帰」の道を進み始めています。そして、その根拠を、「県外・国外」と言っていたころは沖縄の海兵隊の抑止力は不要だと考えていたが、「勉強」した結果、「沖縄の民意」や「沖縄の負担」よりも重要な日本の防衛にとって「米海兵隊の抑止力が必要だと考え直した」ことにあると説明しました。さらに鳩山首相は「国外・県外」は「民主党の公約ではなく、代表個人の私の見解」だと恥ずかし紛れの投げだし発言でその日を締めくくったのでした。

 4月25日、沖縄の人々は「米軍普天間飛行場の早期閉鎖・返還と、県内移設に反対し、国外・県外移設を求める県民大会」を成功させ、実に9万人(八重山・宮古大会含めると93700人)もの人々が集まり、普天間飛行場の県内移設を葬り去りました。仲井真知事までが挨拶で「すごい集まり」「初めての体験」と形容し、県内での新基地建設にしがみつく政府・民主党へのイエローカードを象徴して黄色いものを身につけて集まろうという呼びかけに応じて、黄色いTシャツやはちまき、リボンや小旗、プラカードにステッカーを用意し、参加者それぞれがそれぞれの思いを込めて身につけたイエローカードが、沖縄が一つになって高々と掲げる1枚のイエローカードになった瞬間でした。その一週間前、人口25000人の島で15000人を集めた徳之島で見せつけられた「基地来るな」の盛り上がりに、沖縄での大会参加者は、「あの闘いに負けないぐらいの大成功をおさめよう。でなければこちらに基地がきてしまうもん」とばかりに、共にガンバロウと気合いが入ります。沖縄県知事と県下41全市町村の組長が参加し、こぞって大会への参加を呼びかけたこの大会は、参加者一人一人が「肩に力を入れて」大会に参加してきたこれまでの大会とは様変わりし、「周りのみんなも参加する」大会として実現されました。そして4月25日、それはまさしく「運命の日」となりました。それにしてもこの日の様子を伝える沖縄タイムスに掲載された「鳩山首相は沖縄のことを大事に思うあまり、迷走しているのでは。世論と対峙するのではなく、世論を軸に政治を進める首相として期待する。大変だろうが頑張ってほしい」という参加者の素朴な声は、鳩山首相にどのように伝わっていたことでしょう。

 昨年8月の衆議院選挙では、民主党の「県外・国外」の選挙公約が支持されるかたちで沖縄の全選挙区で「普天間県内移設反対」の候補者が当選しました。直後の9月18日には那覇で550人を集めて”普天間基地の即時閉鎖・辺野古新基地建設反対!9・18県民集会”が行われ、民主党の公約支持が確認されました。しかし、総選挙の結果を「沖縄の人々の民意のあらわれ」と評価していた鳩山首相は、日本政府の方針転換に釘を刺すゲーツ米国防長官来日を控え、その時点での普天間移設政府方針決定めざし、早くも10月7日には「時間軸で公約は変わる」と公約反古の態度をにじませはじめます。新政権の動揺を見て公約の実施を求める沖縄の民衆は11月8日に21000人を集めて「辺野古新基地と普天間県内移設に反対する県民大会」が実施されました。変わりつつある沖縄の民衆の考え方と動きの変化を察知できない鳩山首相は、仲井真知事の大会不参加を理由に「あの集会の声がすべてだとは思わない」と発言し、平野官房長官の「県民大会の民意は狭義」発言とともに、再び「民意」をないがしろにし、政府方針は名護市長選挙後としたのでした。そして迎えた名護市長選挙は事実上の普天間基地移設の賛否を問う市民投票の再現となり、市民は移設反対の稲嶺進市長を誕生させたのでした。これほどまでに沖縄の民衆が歴史の大きな変化を察知し、自信をみなぎらせ、「新たな基地はつくらせない」という行動に立ち上がっても、政府は「ひとつの民意のあらわれ」だが「斟酌する理由なし」と、またしても「民意」をないがしろにしようとしたのでした。政府・民主党はその誕生以来、普天間移設に反対する民衆の訴えに直面するたびに「沖縄の人々の民意のあらわれ」というおきまりの発言を繰り返し、全員一致でなければ「民意」ではないかのように、そしてそのたびに「民意」に冷水を浴びせるかのように、より大きな「民意」と「難題」を投げかえしてきたのでした。けれども、沖縄の民衆は、この機会を決して逃すまいとのいう意気込みでこの政府の「難題」にのぞむ過程で「新基地建設はいらない」「普天間をかえせ」という望みはますます急速に膨れあがり、もはや全県的な沖縄の「民意」へと昇華していったのでした。

 鳩山首相にとって「県内・国外」は民主党の基盤の弱い沖縄での有権者を引きつけるキャッチコピー程度にしか考えなかったのかもしれません。自民党の谷垣総裁は「民主党は普天間問題をあまく見た」「期待をあおっておいて県内移設とはどういうことだ」と、政権交代前に自分たちがとってきた政策に復帰する民主党を批判することで天に唾しています。それにしても、「県外・国外」と「民意」という言葉は、沖縄の民衆の側に政治的イニシアチブが移っていく過程を演出しました。昨年9月の550人集会ですら当時の沖縄の反基地運動としては画期的な規模の集会でした。それが11月には「ミスター沖縄自民党」ともいうべき」翁長那覇市長が県民大会に共同代表として参加し、自民党沖縄県連は動揺を深め、昨年末には沖縄の経済同友会や青年会議所などが沖縄の海兵隊の不要論と基地無き沖縄の将来を明言し、今年1月の名護市長選挙では島袋吉和前市長を取り巻く保守層の前市長からの離反と稲嶺陣営への転身が生じ、ついに今回の県民大会は超党派での大会が実現、政府民主党にとって唯一のパイプとして残っていた仲井真知事までもが大会に参加せずにはその立場を問われかねないまでに、政治的イニシアチブ、沖縄での意志決定力は民衆へ民衆へと流れていったのでした。

 それゆえ、当然ながら、沖縄の民衆にとって、首相がいまさらのようにのこのこやってきて「申し訳ない」といったところで、だれも相手になどしません。もはや首相が沖縄に来て、沖縄の民衆にむかって語る言葉は「普天間基地を無条件で撤去する」以外にはなくなっていたのです。県内移設の考えを捨てていない仲井真沖縄県知事ですらが、「かなり県民の思いとずれがある」「5月末までまだ時間があり、もっと検討してもらいたい」と叱責したほどです。もはやイエローカードがレッドカードに変わる時を迎えつつあります。

 「普天間移設政府案」は59年目の屈辱の日に発表されました。今日の沖縄にとって、「県外・国外」という言葉は単なる日米関係のあり方や基地負担への同情を表現する言葉でも、選挙での支持をえるためのコピーでもなく、日本から常に切り捨てられ続けてきた沖縄と沖縄の人々の自尊心を自らの手で取り戻す上で決して逃がすことのできない重みとをもつ”言霊”の宿った響きを与えたのでした。そのことが分からない、その変化が分からない、そんな人が日本の政権のトップとして今頃になって「やっぱり基地をつくらせてください」とお願いに来ることそのことが問題解決能力を失っているのではないかと失笑を買っていることが分からないわけではないでしょう。お母さんからもらった多額の「お小遣い」をめぐり国会で喚問を受けた日、鳩山首相は、しかられた子どものように「知らなかった」「申し訳ありません」「でも私は悪くない」とくりかえしました。検察審査会はそんな”お子様首相”を不起訴相当としました。沖縄にやってきた鳩山首相は、この日も同様に、しかられた子どものように終日「勉強不足でした」「申し訳ありません」「でも基地を受け入れてください」とくりかえしました。けれども、鳩山首相のこの日の行いは決して”お子様首相”としての謝罪ではすまされない、屈辱の歴史を冒涜する重大な問題であることに、ご本人はまだお気づきになっておられないように思われます。

追伸:沖縄から帰ってきた鳩山首相は平野官房長官と協議し、5月6日には「すくなくとも県外」という発言は公約ではなく「努力目標だった」と表明しました。また、徳之島への部隊の移設は「米国が空陸一体でないとだめだ」と言っていることを理由に断念するとも表明しました。鳩山首相の「5月決着の」腹づもりが見えてきたようです。
15日、鳩山首相は、「普天間移設先」としてキャンプ・シュワブ沿岸に1本滑走路の杭打ち桟橋方式で新基地を建設する案の受入求め沖縄を再訪問するといいます。5月15日は「復帰の日」、1972年のその日の施政権返還は米軍の核配備と基地の自由使用と一体のものであったばかりでなく、その後の米軍基地のさらなる集中を決定づけることになりました。この日に沖縄を訪問し、普天間代替市新基地の建設を押しつけようとは、沖縄の人々の神経をどこまで逆撫でしようというのでしょうか。
また、民主党という党が沖縄をどのようにとらえているのかを示す典型的な出来事が6日にありました。民主党本部で開催された「女性議員ネットワーク会議」の席上、山岡賢次国対委員長は英国ブレア発言に比肩する、自民旧政権ですら口にしなかった、薄汚れて醜い発言をしました。「普天間の話あるいは政治とカネの話は直接国民の生活には影響しない」と指摘。さらに、6月から支給予定の子ども手当について「大きな評価を得ているが、何か普天間でかき消されているような状態で残念だ。地方に行くと、普天間は雲の上のお話」とも述べたと言います。ボスがボスなら子分も子分なのでしょうか。

追伸:鳩山首相は15日の沖縄訪問を延期するそうです。その日が「復帰の日」であることを沖縄出身の民主党議員に教えられてだそうです。こうして再び沖縄に対する為政者としての配慮の欠落、「沖縄のことを考えている」という言葉の嘘をさらけ出してしまいました。
2010年5月5日 沖縄タイムス朝刊
Diary Diary