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拝啓
浦島悦子さんが新著を出版されました。少しばかりのご紹介をします。
浦島悦子さんが在沖米海兵隊普天間飛行場移設をテーマに15年にわたり書きつづけたルポは4冊目となりました。掲載されたルポは2008年6月の沖縄県議会与野党逆転に始まり、今年2月の普天間飛行場の県内移設に反対する稲嶺進さんの名護市長就任までの時期のものです。「名護の選択 海にも陸にも基地はいらない」という書名は、まさしく、冷戦構造崩壊以来の米国の力の後退と”対テロ戦争”を想定した米軍の世界戦略にあわせた海外駐屯米軍の再編の「現場」に立たされ、「降りかかる火の粉と襲いかかる絶望を払いのけつつ悪戦苦闘してきた」沖縄県名護市の人々が下した現時点での最終の結論にほかなりません。
今回の「名護の選択」は2部で構成されています。第一部は普天間飛行場の名護東海岸沿岸への移設を通じた新基地建設に反対する闘いを中心にした出来事が時系列に展開されています。
「私が住む名護市東海岸二見以北は、大浦湾に面した静かで自然豊かな地域である。山がちで耕地が少なく、これといった産業もないために人口が流出し、過疎化に悩んできた。そこにつけ込むように持ち込まれた基地建設計画に対し、地域は一丸となって反対に立ちあがったが、地域住民をはじめ名護市民が心血を注いで表明した”基地反対”の市民意志(名護市民投票の結果)が権力者によっていとも簡単に踏みにじられて以降、私たちは、いくら声をあげても自分たちの声が政治に届かない無力感を味あわされてきた」。
朽ち果てた自公政権が”後期高齢者医療制度廃止”で示したものは、”弱者”をないがしろにする政権担当者の行く末を暗示するものでした。時代の変化は例外なく沖縄の人々をもとらえ沖縄県議会でも現職知事在任中としては初の与野党逆転がおこりました。米軍基地や地位協定を巡り、環境保護を巡り、公共事業や振興策のあり方を巡る再検討が開始され、あの「権力者」たちの思惑通りには進まない事態となりました。大規模な集会が持たれるなどということはありませんでしたが、”基地負担の軽減”、”普天間基地の撤去”、”普天間飛行場の県内移設反対”は沖縄県民の合意となっていました。迎えた2009年夏の総選挙、この沖縄県民の合意を政治利用しようとした鳩山前首相の「(普天間移設先は)最低でも県外」発言は、胎動を始めたマグマを閉ざす地表に打ち込まれたくさび1本でしかありませんでした。マグマがわずかに噴き出しただけでも名護市民を揺さぶり稲嶺進市長を誕生させました。著者の浦島悦子さんは、この動きの中心に常に身を置いてこられました。中でも、名護市東海岸出身の稲嶺進さんが市長候補として一本化され、選挙戦を戦いながら、新基地建設反対の意思表示を鮮明にしていく状況の変化は、沖縄の将来を決定する力が一部の「権力者」の思惑ではなく、市民のこのマグマの胎動、あるいは活性化されたエネルギーの振動とでも言えるものが作用していると、読むものに感じさせる「現場」が描き出されています。
続く第2部では、これらの出来事と深く結びついて相互に作用している自然や地域の人々の生活を伝え、この問題が政治的軍事的視点からのみで議論される筋合いのものではなく、自然や環境さらに何より市民生活の中で位置づけられなければならないという浦島悦子さんの立ち位置が異彩を放ちます。
基地関連収入で潤っているはずの名護市が、財政危機に陥り、民生予算の削減が行われ、二見以北に所在する4つの小学校の統廃合。北部地域やんばるの山々での林業の崩壊にもかかわらず延伸される林道、十分な水源確保がなされているにもかかわらず継続されるダム建設。ジュゴンが訪れ、アオサンゴの群集が発見され、最近では新種の海藻の生育が確認されるような生物学的多様性の宝庫となっている大浦湾への基地建設。サンゴの再生とサンゴ礁生態系をごっちゃにして、この宝庫を保護・保存するのではなく、破壊されても再生できるという議論の横行。これらの対立する矛盾を強引に共存させ、そこに暮らす人々に強要しているものこそが、あらゆる批判を受け付けてこなかった安全保障、日米関係、米軍基地とそれにむらがる利権にこそあるのだという視点が貫徹されています。それゆえ「沖縄の環境問題は基地問題を抜きには語れないし、その意味で政治的要素が入らざるを得ない」一方で、泡瀬干潟の埋立に反対することも、やんばるの林道建設に反対することも、奥間川流域のナショナルトラストを押し進めることも、さらには、沖縄の伝統文化や生活習慣、祭祀を守ろうとすることすらも、そのすべてが行き着く先にこの問題が横たわっていることに気づかされることになるのです。
2009年春、シュワブ沿岸への新基地建設の環境アセスメントで、実に5400ページを超える準備書が公告縦覧に付されました。調査は未完、複数年調査も無視、新基地の運用形態の未決定と、2014年新基地完成から逆算したスケジュールにしたがって進められる手続きへの批判はあとをたちません。浦島悦子さんはこれへの意見書で、景観、人と自然との触れ合いの活動の場、歴史的・文化的環境について書かれています。一部を抜粋してみましょう。
・景観を、単に目に映る眺めとしか捉えていない。私たちは自然を眺め、自然に抱かれることによって精神的な安らぎなど、目に見えない恩恵を得ている。その場所に基地が建設され、存在し、ヘリや軍用機が飛び回ることによる価値の低下は計り知れない。
・景観の価値としての「固有性」のとらえ方がおかしい。山地・島嶼のみが固有性が高く、湿地や砂浜、また集落などは固有性は低いとされているが、地域の生態系全体が固有のものであり、集落のように人為が加わったものについても歴史性を含む固有性を持っている。
・人は自然の一部であり、自然は、人間がそれなくしては生きられない基盤である。利用を含む自然との触れ合いは、人が生きる上での基本的、必然的な営為である。レジャー的利用や施設利用は、そのごく一部分であり、しかも本質的でない部分に過ぎない。したがって、そこに偏った調査は一面的であり、人と自然との触れ合いの本質を捉えていない。
・そもそも、伝統行事を含む地域の文化は、その地域の自然と歴史に育まれて成立したものであり、文化的環境の豊かさは地域の自然の豊かさの繁栄であり、結果である。・・・場が成り立つゆえんである地域の自然が破壊・改変されれば、場そのものも崩壊ないしは形骸化すると予測するのが妥当である。
等々。ここには、第2部の主題とも言うべき、自然や人間・社会生活と政治・経済活動との問題の把握において、いずれか一方に重点を置いた価値尺度ではなく、本来同一の価値尺度で問題を把握し、解決なければならないという、パラダイムの提起が示されています。
鳩山前首相は「最低でも県外」を主張し沖縄の選挙区を総取りし、”対米自立”の政治主張の裏付けに利用しようとしました。民主党政権は総選挙後その政治主張を一気に取り下げ火消しにかかりましたが、選挙公約をないがしろにしたことへの批判はおさまらず、参議院選挙を前に鳩山首相は総理大臣の職を辞するにいたりました。その後、民主党政権は普天間飛行場の移設をめぐる方針の提起も発言も行わず黙りを決め込んでいます。参議院選挙でも沖縄選挙区に候補者を出さず、得票行動を行わなかった影響で沖縄選出の比例区の現職候補も落選する事態となりました。政権政党として沖縄を切り捨ててはばからず、普天間移設についての政策を公にしその真を問うことも避け続ける異常な事態が続いています。そのような中、沖縄振興策と基地問題はリンクしないと発言した沖縄担当大臣が島袋前名護市長や「地元の地元」を”代表”する人々と協議するなど、伝えられるのは政府が基地に依存して暮らす人々に依存して政策を実現しようとするボス政治の醜い実態ばかりです。
「沖縄はもう一歩も引かない!」。
浦島悦子さんのみならず、地域の人々はその下した結論を蒸し返しては引き戻そうとする今の事態に疲れ果てていることを隠しません。けれども今度は自分たちの意見を代表してくれる市長を得たことに、自分たちの力を実感しています。
「さぁ、私もまた歩き始めよう」。
5月末、普天間基地の辺野古移設を決めた日米共同声明とその閣議決定から3ヶ月のインターバルを経て、あらたな場面が訪れようとしています。昨年来の闘いの高揚が何を残すことができたのか。新たな闘いの始まりに供え整理しておく必要があります。
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