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山本徹夫氏にあったバリ島での日々
帰国して夜までおじゃました渋谷の御自宅の思いで。
それらがつい昨日のようにおもいだされます。
訃報をうける数日前、氏におくっていただいたフォトCDをみていました。
インド、ネパールで撮影された画像の一枚一枚に
氏の心情が燒付られ、見るたびに心にしみます。
やっと今、氏と共に作ったホームページに書き込ことができました。
ご冥福をお祈りします。
katsuki-yoko - 04/04/09 22:09:55
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てっちゃんへ
突然の訃報に驚きと悲しみでいっぱいです。私が最後に会ったのは、いつだっただろう。かなり前の四谷だったかな、最近行った時は、いなかった。常連でほとんど欠かさなかったのに、(会自体忘れていた事は多かったようだけどね。)なんかぽつんと空席があったよう。てっちゃんの思い出は、やっぱり一日おきの主事室でのコーヒーかな。コーヒーもお目当てだったけど、話したかったというのが、本音。休日もてっちゃんの日だと家族で寄ったこともありましたね。何気なく迎えてくれたよね。とにかく大好きでした。いつでも面白い事を言って笑わせてくれましたね。心からありがとう。最後も誰にも言わずにも去ったのもてっちゃんらしいね。ゆっくり休んでね。
夫君がお亡くなりになり、心からお悔やみ申し上げます。訃報とともに飛び込んだ結婚の知らせにはじめ、てっちゃんとつながらず、悲しみと学校時代の顔が浮かんできました。今日偶然お会いして、二人の様子を少しだけ想像して、亡くなったことは悲しいけど、最後に素敵な日々が送れていたんだなあと思いました。元気を出してなんてとてもそんな言葉で片付けられないけど、思い出を大事にしてね。空からあなたを見守ってますよ。☆
katsuki-yoko - 04/04/09 21:37:19
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しまわりおじさんへ
勝木一美です。しまわりおじさんには、何度か遊んでもらった記憶があります。そんな私ももう中2になりました。弟は、中1になりました。しまわりおじさんが亡くなってしまったのはとても寂しいです。私たちのこと忘れないでください!!
勝木一美より
どうして、そんなに急いだ!
投稿者:福舛 武次郎 - 投稿日時:2004年04月02日 16時49分23秒
11月のいつもの会の席で、突然・もう!皆んなと会えないんだ?と・・・・。 相変わらず、変なことを言ってと、皆で怒ったね。御免なさい。 しかし、徹ちゃんは、何時も“嘘とも本気とも”取れる事を言って皆を担いだが、もう会えないと思うと残念でたまらない。 どうして、そんなに急いだのよ! そうだ!昨年の夏の箱根の旅、楽しかったし『笑ったね』。芦ノ湖遊覧で徹ちゃんだけが、下船に失敗して戻ったんだから・・・。癌なんか跳ね除け逝かないで戻れたはすだ!。 それから、徹ちゃん、どうして結婚の事を黙ってたのよ!。 わたしは、3月18日の組合の執行委員会前に、書記さんから知らされたんだ。 悔しかったな。 昨年・松本姓で結婚祝金、そして逝ってしまった事を同時に知れされたんだぞ、酷くない。 妙子さんとは、20年も前に父母の会で役員活動を通じて知っていたのに。 でも、許そう、3月6日スキーの時電話で話もしたし。ご冥福をお祈りします。
ご冥福をお祈り申し上げます
投稿者:塩崎 綾子 - 投稿日時:2004年04月01日 11時30分32秒
妙子さん、大丈夫ですか。人の命の終わりは、どんなに覚悟をしていてもいつも突然な気がします。心からご冥福をお祈り申し上げます。仁美さんと“ご結婚のお祝いをしたいね”と話していたのに・・本当に残念です。
ご都合がつきそうでしたら是非仁美さんまでご連絡ください。
待っています。
大類 研治 - 04/03/30 22:50:48
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山本さんへ。
毎月の集まりも出られなくて、1年以上も顔を見られませんでしたが、まさかこれでお別れになってしまうなんて思いもしませんでした。(確か去年の1月の四谷の飲み会が最後だったかも…)
今でも思い出すのは、
主事室のモカとクサヤとタバコの匂い。
山のような(しかもデカイ)モノクロ写真。
釣りの話や映画の話も随分しましたね。
長い間、病気と闘っていたことも知らせず、
いつの間にか姓が変わっていたことも知らせず、
本当に最後まで 何者にも何物にもしばられない自由人でした。
人生を一生懸命楽しんだ人でした。
今ごろ天国でシケモクをくゆらせながら、我々を見下ろして、「そんなに力まないで、もっと気楽に生きてごらん。」とか何とかつぶやいているのでしょうね。
最期のお別れがきちんとできず、こんなメールでごめんなさい。本当にごめんなさい。ご家族の方にも謹んでご冥福をお祈りします。
吉岡仁美 - 04/03/29 22:35:33
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このたびは、本当に残念でしたね。心よりお悔やみ申し上げます。手紙を書き始めても、ペンが
先に進みません。もし、綾子さんと3人で会えるよう
でしたらご連絡ください。待っています。
吉岡より
三山明子 - 04/03/28 22:43:13
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山本さん、まだ話したいことがたくさんあったのに、どうしてこんなに早く逝ってしまったんですか。山本さんはいつも「もうすぐあの世へ行きます。南無阿弥陀仏。」なんて冗談ばかり言っていたから、訃報を聞いても奥様からお手紙をいただいても、まだ信じられない気持ちです。
山本さんのコーヒーを飲みながら、本や映画やビデオや音楽の話をするのが大好きでした。夜釣りにも連れて行っていただきました。つまらない話や愚痴でも辛抱強く聞いてくれましたね。何回でもお礼を言いたいです。ありがとうございました。謝りたいこともたくさんあります。大きな写真をたくさん送られて迷惑だなんて言ってごめんなさい。「ずっと年をとらないで」と言われていたのにおばさんになってしまってごめんなさい。ご結婚のお祝いもしたかったのに、残念です。
ご冥福を祈ります。ショパンのノクターンを聴きながら。山本さんに録音していただいたカセットテープです。
田島亮一 - 04/03/27 19:19:52
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山本さんと最後に電話で話したのは、3月6日の午前9時半ごろでした。毎年参加していたスキー合宿に来られないということだったので、福舛さんといっしょに電話しました。とてもつらそうな声だったので、心配をしていました。その声が最後だったとは・・・。
山本さんとの思い出は、いろいろあります。とてもおもしろく、優しい人でした。スキー合宿で煎れてくれたコーヒー。飲めないお酒のミチュアボトルをいただき、今も飾ってあります。そのコーヒーも飲めなくなったんですね。とてもさびしい限りです。しかし、このホームページを開くことで、山本さんに会えるので、何か今も近くにいらっしゃるような気がします。これからもこのURLで山本さんに会いたいと思います。
では、ゆっくり休んでください。
岡本 棟守 - 04/03/24 11:17:53
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謹んでお悔やみ申し上げますとともに心からご冥福をお祈りいたします。
妙子さんもお疲れがでませんように…。
松山 大作 - 04/03/23 20:51:04
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13年前、杉並区立第八小学校に初任者として赴任し、毎日不安をかかえながら夜遅くまで仕事をしていました。いつも帰ろうとすると、「ちょっとこっちおいで」と主事室から優しく声をかけてくれ、コーヒーを入れてくれたり、お好み焼きを食べさせてくれたり、しんせいのたばこを吸わせてくれたりしたのが山本さんでした。山本さんの存在がどれだけ温かく感じ、勇気付けられたことでしょう。
夏のテニス合宿でもいつもたくさんの写真をとってくださいました。今でも100枚以上の写真を大切にとっています。中には、結婚したての妻との2ショットの写真もあり、懐かしいばかりです。たくさんの思い出の記録を残してくださった山本さんに感謝しています。
冬のスキーでは、いつも上州やの格好でスキーをしていました。いっしょにタバコを吸いながらリフトに乗ったことを昨日のことのように思い出します。山本さんの真似をしてガス式のライターをたくさん買ったものです。
そんな山本さんに会いたくて、今年の3月に10年ぶりにスキーに参加しました。子どもを山本さんに会わせたくて・・・。
山本さんには、たくさんのゆとりと思い出をいただきました。教師と主事さんの潤滑油役となり、杉八の黄金時代のまさに主役でした。大好きな大好きな恩のある山本さんにもう会えないかと思うととてもつらいですが、たくさんの思い出と写真をこれからも大切にして、自分も山本さんのように「いてほしい」と言われる存在になりたいと思います。
私も12月に祖母を亡くしました。ご家族の皆様の心中を察するに、いかほどかと存じます。謹んで、ご冥福をお祈り致します。
しかし、これからもこのホームページで山本さんに会えるのを楽しみにしています。
メールにて大変失礼致しました。
松本 - 03/12/22 19:56:57
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ずいぶん時間が経ちましたが、HP拝見しました。
コメントが無いのが寂しい気もしますが、
また、それが良いような気もします。
どうしてもコメントを付けたいというのであれば、
HP作成時に使用したソフトなどを見せていただければ
私の出来る範囲でお手伝いします。
気が向いたら連絡を下さい。
山本徹夫2003年11月13日 15時18分40秒
kya殿ヘ
突然の閉鎖、どないしたんや???
こちら、入退院の繰り返し。断末魔の際に来て、モルヒネの毎日である。どれだけの痛みに耐えられるのか、やってやるぞ、来い来い、来やがれ、なんだなんだそんなものか。七転八倒して、ハラワタ捩れ、唸り喚く。捻転したのを、引きずり出して、出刃包丁で切り刻んでやるぞ。なんのなんの、まだまだ死なんぞ、これしきの痛みであえなくくたばるほどの軟じゃあないわい。人体とは哀しいもので、限界越えると、気絶してしまう。ぐちゃぐちゃの脂汗と糞便塗れ、死んでやるぞ、さあ来い、お出で。地獄の手先がやってきて、わしの腹ワタを掴み出して、甚振りよる。どうせ死ぬなら、激痛の只中で果てむこそ、死に甲斐というものではないか。 まずは近況報告。 yanmot
山本徹夫 - 03/08/01 19:04:35
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kya殿へ。 たびたびの電話ありがたう。昨日、退院した。末期癌の終末治療で、もう手後れ。痛みが酷くなると、モルヒネ射って逝かせてくれると云う。大晦日の鐘が聴けるなら、こっぴどい悪党です。胆肝癌の手術後500日も生きてるなんて信じられませんと、つくづくこちらを覗き込んで笑う。近頃は、はっきり告知してくれて頼もしい。一ヶ月、2ヶ月の延命など、真っ平。15キロ痩せて、真直ぐに歩けない。うわうわと足が効かない。このマンションも買い手が現れて、これから交渉する。 まずは、近況報告。
yanmot.
miro - 03/07/29 20:40:23
コメント:
初めまして、リンクサイトからおじゃましました。
私もネパールに何年か前に行きまして、カトマンズやポカラを訪れました。2泊3日のトレッキングでしたけれど、山を歩きながら、レッサンピリリを歌ったり、自転車の歌だったかなぁ?教えてもらって歩いたのを覚えています。パタンでは、中学生の子たちがガイドをしてくれて、高台から見たらいいよと、連れて行ってくれました。お写真を見せていただきながら、懐かしく思い出していました。
実は、トレッキングの途中で休憩したときに、地元の方から「ネパーリ?」と聞かれるほど、私は日本人っぽくなかったらしいです。
ポカラの湖や月の家(宿泊した宿)から見たマチャプチャレは、本当に美しかったです。今でも目に焼き付いています。
自分本位に書いてしまいましたが、旅をするっていいですね。
瀧田 哲治 - 03/05/12 20:04:22
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拝見しました
はじゃりんぱ!! - 03/04/17 14:11:24
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すっ、すごいっす!久々にすごい画像みました!これが本物!っつ〜感じです。へたな写真見るよりメチャクチャ勉強になるっす!感激の嵐!やまもと てつお ばんざい!!!
風太郎 - 02/09/08 14:00:33
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山本殿、もし違うタイプの説明の仕方を考えておられるなら、htmlの文法を少し勉強すると良いと思います。
次のサイトなんかも参考になります。
http://homepage2.nifty.com/shokyusha/
特に、「HTMLを編集しよう」のところに、タグの文法が出ています。ネット上には、他にも更に詳しいのが色々ありますよ。ご参考まで。
風太郎@フロリダ - 02/09/06 01:29:25
コメント:
やり直し。このゲストブックってタグに対応しているんですね。以下、全角は編集時に半角にして下さい。
初歩的なお話なので参考にはならないかもしれませんが、写真の上にマウスカーソルを持っていったときに説明が出れば良いだけなら、次のようにしては。
現状:<img src=***.jpg>
変更案:<img src=***.jpg alt=”写真の説明”>
htmlファイルのソースはテキストファイルなので、 Windowsパソコンを使っているならメモ帳かワードパッドで編集出来ます。 ご参考まで。
例:
風太郎@フロリダ - 02/09/06 01:21:27
コメント:
初歩的なお話なので参考にはならないかもしれませんが、写真の上にマウスカーソルを持っていったときに説明が出れば良いだけなら、次のようにしては。
現状:
変更案:
htmlファイルのソースはテキストファイルなので、
Windowsパソコンを使っているならメモ帳かワードパッドで編集出来ます。
ご参考まで。
風太郎@フロリダ - 02/09/06 01:15:09
コメント:
花さんのページから飛んで来ました。
ちゃんとしているように見えますが。
写真すごいですね。さすが本職。
花 - 02/09/04 00:01:59
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ふらふらして、ここに辿りつきました。
実際も白黒のフィルムを使われてるんですか?
それともカラーですか?
私は遊びで写真撮るのん好きです。
子供だましいですが、また脳味噌たれるぐらい暇
な時、見に来て下さい。
では、またじっくり見て帰ります。
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