
1月19日金曜日晴れ 内視鏡検査 好奇心100%。初めての内視鏡。チューブを飲み込むのは苦しいと覚悟していけば決して苦しくない。吐きたいのに吐けないという苦しみ、胃袋を裏返ししたいという感じ。期待しすぎた映画みたい。
胃カメラのモニターは患者が見えるように設置されていた。『あれはなんだ?』幽門部手前で検査技師より一歩早くクレーター形状を発見。青い染料を吹付けたところ、はっきりとヒトデのような形状が明らかになる。「ドクターを呼んで」検査技師。『な、なんだ?』しばらくして医者が来る。「検体をあそことあそこから、、、、」『おい、おい』器具がヒトデの足に噛みつき、引きちぎる様子が目に入る。血が広がっていくのが映る。ぜんぜん痛くない。不安、不安、不安、気にするのやーめた!
2月1日木曜日 家に帰ると内視鏡の結果通知が届いていた。
胃凹性病変(異型細胞を認めます)があるとの事、ついては今後の治療方針を説明したいと書かれていた。会社に9日代休届を出す。すると、「休みたいなら、診断書をもってこい」との事。無性に腹が立った。思わず部長に「ただじゃない。診断書の費用は会社が払ってくれるのか。上司はそういうところで部下をかばって欲しい」と噛みつく。しかも代休なのに、、、どうもこういう所がこの会社の嫌いなところだ。考え方によっては当たり前の事かもしれないけど、代休、それも過去の未取得の休みなのに、、、公休出勤何十日あるか全く感知していないんだろうな。総務のやつが笑いながら「二次検査引っかかったんだって、はは」だと、思わず「化けて呪ってやる」と言ったが、不吉な笑いだ。総務はもっとデリケートであるべきだと思う。もし、万一の事があったらどういう顔をする気なんだろう。はったおしてやりたかった。友から源生寿の液体と錠剤をもらう。感謝。ほとんど、がぶ呑み状態。こんなにおいしいく感じるのは気が弱いせいかな。
2月6日火曜日曇り。 おとといから呼吸が苦しい、、、。中学時代からの持病で狭心症の疑いがある。 もう20年以上の付合い。しかし、どんな資料を見てもこんなに長く痛みが続く狭心症は見当たらない。 高校2年の時に病院に行き検査を受けるが検査の時に限ってすこぶる調子がいい。結局、その時の医者が狭心症かもしれないので、痛くなったら安静に、というのが唯一の診断。
早目に退社する。明日の病院を考えて、、、。家に着くまでに昼間にもあった冷や汗が酷くなる。
『ひょっとして明日の結果を気にしているからかな』と思ったが、 正直言って認めたくない。東京消防庁救急センターに電話、症状を伝えて2ヶ所の病院を紹介してもらう。 最初の病院はしばらくお待ちくださいと言われて5分ほど待たされた挙句に忙しいのでだいぶ待たす事になるので他に当ってくれと言われる。 2ヶ所目の京葉中央病院にかけた所、すぐに診てくれると事。車で病院に着くと医者はほとんど待っていてくれた状況で、すぐに心電図と胸部レントゲンを採ってくれた。
結果は、これらには異常なし。
肋骨の隙間を指で押して、「ここかな?するとここもか?肋間神経痛だな」
20数年苦しんでいた病状が初めてわかる。てっきり自分は父と違って心臓病で死ぬと思っていた。ああ勘違い!何てこと!!思わず20数年ぶりにほっとする。しかし、1日分の鎮痛剤と、 1回分のハルシオンをもらう。 明日の為に心がまいっているのかな?弱い自分に情けない。 雲の切れ間からほとんど真丸な月が顔を出す。「Fly me to the moon」を思い出す。夜中に肋間神経痛を調べる。 なるほどね、ペインクリニックに行かねば、、ね。
