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テン・10点満点
勝手にシンデレラ


それがアルバイトであっても応募に来た時は、誰でもその人なりにやる気100%で働き始める。
 一方で、アルバイトをする目的というのは、極論では金稼ぎではあるけど、お金だけに拘ればもっと大金を稼げる仕事はある。女性であれば、尚更で如何わしい仕事とか風俗とか、、。でもそれを選択しないのは、お金の次に、自分の価値観に相応しい仕事をしたいと考えるからだ。
 ところが働いて3日も立つと仕事になれ始め、3ヶ月もすると少し飽きてきさえする。誰でもそうだ。
 が、それでも仕事に燃えるのは,その仕事にやりがいを見つけたからだ。
やりがいを見つける大きな要因は与えられた仕事内容である。社会に役立っているとか、何らかの形で人に喜ばれていると言う気概。そして次に大切な要因は人間関係。特に上司の人間性との相性が問われる。

 新しい店舗に着任するとまず最初に着手するのは、個人面談である。店長の交代を機に自分も辞めようと考えている者。既にネクストが決まっていて,あと数ヶ月で辞めなければいけない者。職場人間関係に悩んでいる者。店長など関係なくて,自分は自分と割切っていて、好きに仕事をしていく者。新しい店長のお手並み拝見を楽しみにしている者など。店長の交代は少なからず人間関係に大きな影響をもたらす。それだけに大切な面接である。
 一方で多数の従業員に対して店長は一人。ほぼ全員が新店長のお手並みを拝見するスタンスを持っている。店長として初めからガーンと方針はこうだからついてこいというスタンスを取る場合と、店舗では一番の新入りなのだから様子見てからというスタンスがある。特に開店以来のベテラン従業員はそれまでの何人もの店長を見比べてしまうので、どうしてもお手並み拝見というスタンスが強い。面接はその点も見ながら行う。
 私にとり新店長だからどうのこうのという以前に絶対に譲れない拘りがある。それは、欠勤である。飲食業は(最近は役所を除いてどこでもあたりまえ)必要な時間に必要な人数しか働けない。従って一人でも休むとそれは他のスタッフの仕事に大きな皺寄せがある。お客様にも迷惑がかかる。健康管理も仕事の内でもあるけど、なぜか、欠勤が多い者は限定される。また欠勤しても何もペナルティーが無ければ、他の従業員も気軽に休むようになる。今度の店長は欠勤だけは厳しいとわかってもらうとあっという間に欠勤は激減し、状況の変化に気づかない者だけが昔と同様に欠勤を続ける。結論から言うとこのタイプの従業員は組織上の癌と見る。外科的処置が早期に必要と考える。飲食業を十数年やって、このタイプも変えて見せると色々試してみたが、そもそも働く事に対する意識が異なるので、敵対関係になってしまう。

 斎藤は、大学生であった。無表情で淡々としていて、今後のスケジュールも学業優先で時間があれば働くと言う事で、はっきりと今やるべき事が勉学にあって、アルバイトはあくまでも時間の有効活用という割切りのタイプ。それさえ、こっちもわかっていれば使いやすい。スケジュールは欠員の穴埋め要員として考え、必要不可欠な職務を任せなければいいわけで、本人も自分の空き時間を有効活用するわけだから、雇用時間の保証もそれほど問題にはならない。そう遠くない日に卒業なりの準備でやめていく人間だ。あえて気を使って、彼女に合ったやりがいを見つける必要も無い。私の記憶の片隅には、このようにファイリングされた。

 従業員に女の子が多くて、一方で男性客が多いからと言う事はないのだけれど、従業員にそれなりにファンができる。「○○さんは休み?」なんていって、店に入ってきてお目当ての子がいないとわかると何も買わずに帰ってしまう客も少なからず見られる。
 この店のいわゆる看板娘はすぐにわかった。一人は背の小さな友部さん。なんか子供みたいでいつも笑顔で働いている。素顔にも笑顔。こんな看板娘がリーダーシップを発揮してくれると楽なのだけれど、残念な事に彼女は与えられた仕事以上の事ができなかった。それなりに職務を任せてはみたもののほんのささやかなレベルの仕事であった。
 ところが、意外だったのが斎藤さんで、素顔はやけに無表情。面接の時もそうだったので私も表情が乏しい人だと思い込んでいた。が、客と話をする時の笑顔は、圧倒する笑顔で、気持ちのいい子だと感じない客はいなかった。仕事もテキパキとこなし、自分の分担をこなすと他の人の分担に特に指示されなくても入っていく。仕事の方法もこうした方がいいと思うと提案してくるし自ら実行もする。他の従業員に仕事のやり方について話し合いさえする。いったい面接の時のあの割切りはなんだったんだろうと一時は自分の人を見る目、判断力を疑った。バイトと割切っていると言った割には充分仕事に燃えている。かと思うと客が途絶えたときはまるで人形のように無表情な横顔を見せた。私は過去に出会った人と比べてそれなりにこの人はこういうタイプと決めて、対応してきた。これはこれでうまくいっていた。
 しかし、斎藤には対応方法をほとほと考えあぐねた。重要な仕事を任せてみたいと言う野心と割切っているのだから駄目という気持ちが揺らいだ。やがて、気がつくと斎藤は店舗のスタッフの中核を担っていた。会社も彼女を評価して他店舗の応援に駆出すようになっていた。私自身も公休を彼女がいれば安心して休めた。無表情なとき「斎藤さん」と声をかけると現れるその笑顔は100万ドルの価値があった。一緒に同じ時間帯で働くと何もかもがうまくいった。目を合わせるだけで彼女は僕が何をして欲しいかすぐに理解してくれた。私にとってベストパートナーになっていた。

 新店舗に配属されると、どこの店でも僕の「勝手にシンデレラ」と言う娘を決めていた。彼女が入れば楽しいといっただけの存在なのだが、今までの娘はどちらかというと「僕がいないと駄目」という娘で、おっちょこちょいだったり、単にしょうがないやつという娘であった。当然、この店舗でも、どの娘をシンデレラにしようかと思いあぐねるつもりだったが、気がついた時には、斉藤になっていた。しかも今までの分類ではちょっとありえないシンデレラだった。
 次第に彼女との会話が重なり、薬学部で、本当は医者になりたかったなどを聞くうちに僕と同じ道を目指し、挫け、それでも頑張っている、精一杯生きたいと言う娘だった。家庭思いで、両親が不仲で自分自身を傷つけていた思いやりの深い娘でもあった。

 昼に一緒に休憩をとったり、仕事帰りにちょっとお茶したりは、すべてのスタッフと意識的に行った。これで少しでも,相互理解を深めたかった。ところが、理解しようとすればする程、思想的に奥行きを感じたのは斉藤だった。だいたい将来を考えていない人などは、いないのだけど、じつはその将来目標には内容がない。店長としては、得られた情報から、その人がどの位先まで働き続けるのかを推し量っていく。退社予定日が近ければ余計な教育はしないし、本人も熱意が下がってくる。一方で、相互理解が進むと店長を嫌っていく者、逆に仕事を生きがいを見つけた者など一人一人の勤務余命はどんどん変化していく。店長はそれに応じて採用を進めていく。結局のところ飲食業と言うのは店長一人では何もできない。多くの方の少しずつの力の合和が目的を達成するのだ。
 
 その中でも斉藤と話をすると勤務余命が読めなかった。話が深くなって、つい帰り時間も忘れ、電車の終電を気にしなければならないときも少なからずあった。しかし、仕事帰り以外で会う事はしなかった。

 
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