そもそも

 yapapiには少々テッチャン気味なところがあります。本格的な「テツ」ではないので、時刻表検定を持っていたりとかするわけではありませんが、時刻表を見ているのはそこそこ楽しい♪です。
 高校を卒業後、大学受験のために上京したときが「乗り鉄」の始まりでした。試験が終わり、田舎にはないお店の数々に夢中になって買い物をしているうちに、気がつくと帰りの電車代が無い!!(当時はサンデーバンキングとか無かったし)うぅぅぅーーー困った(T_T)。。。一度目は友達と一緒にいたので(彼女もお小遣いを使い果たしていた)、とりあえず緑の窓口へ行き、二人の所持金を出し寄って、窓口のおじさんに相談しました。「すみません、二人合わせてこれだけしかお金がないんですが、家に帰れるような電車はありませんか?」。幸い、鈍行列車を乗り継いで行けば、なんとか二人分の切符が手に入る事が分かり、延々12時間かけて帰省しました。今思うと乗車券のみで帰るルートをおじさんが探してくれたのね。。。乗車券だけでいっぱいいっぱいだった二人の財布では駅弁すら買えず(泣)、ハングリーな旅でした。

 二度目は一人っきりのとき、懲りずにまたうっかりとお金を使い果たし、これはもうどう見ても鈍行の乗車券すら買えない。。。。。。。がしかし、何故か前回の経験から妙な度胸がついてしまったyapapiはとりあえず持ち金で乗れるだけの乗車券を買い、帰省列車(特急)の自由席を確保、なんとかなるさぁ!と東京を出発したのでした。当然、社内検札で引っ掛かります。車掌さんに正直にお金が無い旨を告げ、下車駅にて家族が迎えに来てくれるからそのとき払います、ということで話はつきました。そこからはずっと監視されているような・・・なんともいえないひと時が流れ(^^;)、やっと下車駅。車掌さんが私と一緒に電車から降りてきて、窓口までついてきてくださりました。逃げやしないかという監視の意味もあったんだろ〜な〜。当時は当然携帯なんかも無いので、窓口で電話を借りて(情けな〜)親に電話をしました。モチロン、電車代を持ってきてもらうのをお願いしたのは言うまでも無く。。。その後は親が迎えに来るまで、体は改札の外側、そしてビミョーに監視付き、というけっこう辛い時間を凍えながら過ごしました。あーぁ、バカげのいたり☆


学生時代のテツ体験

1)関東エリア・テツデビュー

 東京には日々増殖し続ける鉄道網がありました。ローカル線しか知らない田舎モンはビックリです。私鉄に特急があったり、地下鉄なのに地上を走っていたり、もうアンビリーバボーな世界。それでも同時期に上京した友達が東京近郊にぱらぱら点在していたことが幸いし、○○ちゃんとこに遊びに行くには、西武線の○○駅で○○線に乗り換えて、なんてことをやってるうちに、「東京近郊路線図」さえ持っていればどこにでも行けてしまう錯覚に陥り、実際、東京・千葉・埼玉・神奈川と、いろんな電車に乗って出かけ倒してました。なにせ、初めて行くところは乗る電車も初めて!着いてしまえば友達が待っている!…ケータイもポケベルすらも持っていないあの頃、よくそんな行動力があったもんだ。若いってステキ☆

2)関東エリア・その栄光と挫折

 少々関東エリアの電車にも慣れ、ほんのちょっぴりヤレル気になっている頃、陥りました、最初の罠に。東京都下におけるJRの駅でのこと。。。東京とはいえ23区をはずれたらけっこー田舎。一時間一本とかいうレベルのJR路線があったり、手動開閉式ドアの電車があったり。。。もひとつは類似した駅名に潜む罠でした。例えば西武池袋線の所沢駅と、西武新宿線の新所沢駅、路線図上はごく近いのに、実際これが遠い遠い(@_@) 地下鉄のメジャーな駅での乗り換えでも、複数乗り入れていると同じ駅名のはずなのに遠い遠い(@_@) フツーにひと駅分ぐらい軽く歩いてんじゃん(-_-;)
 しかし、網の目のようにはったRailway、京王線沿線の都下に住んでいた頃のyapapiにとって毎日が冒険の旅でした。西武線のとある駅方面に定期的に行く用事があったのですが、たぶん一旦新宿に出て山手線→池袋→西武線、というルートの方が早くて楽だとは思うのだけど、なんとか新宿を使わずに行けるルートを好んで使うのでした。この場合は京王線から一旦八王子方面に向かい、分倍河原でJR南武線に乗り換え、武蔵野線を使うルート、拝島線を使うルート、八高線を使うルート、などそりゃもうバラエティに富んでおりました。問題は田舎列車のため乗り継ぎの接続が非常に悪いこと(>_<)。でも時間つぶし用のwalkmanや小説の準備も万端だったので、No Problemさ!(そこまでして乗りたいのか?あぁ、乗りたいさ!)
 このときに八高線が妙に気に入ってしまい、帰省時にまでわざわざ八高線を使って高崎まで出て電車を乗り継ぐルートをチョイスした事もありました。通常ルートで帰省するよりもカナリ面倒くさいことになってましたが。。。だっていつもいつもおんなじ電車に乗るのも飽きますしー。


憬れ

☆日本全国の名物(じゃなくてもいいんだけど)駅弁!☆
 yapapiは一人で電車に乗るときは窓際の席をチョイスするのですが、そーすると、車内販売の方が来られたときに通路側の人に遠慮をして、売り子さんに声をかける事ができない、チキン野郎です。なので、お腹がすいたら駅のKIOSKでパンやお菓子を買って食べてました。。。(侘)
 駅弁と、あの非常に飲みにくいお茶、すんごく憧れてました。よくデパートなんかで「駅弁大会」っつーのやってますが、そこで買って家で食べるのもなんか違うし。。。
 食べたいのに食べられない、このトラウマ(?)が後日大輪の花を咲かせるのです。(←いいすぎ)


テツ仲間

yapapiが住んでいるところは田舎なので、電車よりも車が重宝します。Uターン就職して車を所有すると、ほとんど電車には乗る機会がありません。東京に遊びに行くどー!とか大阪に遊びに行くどー!とかいうときぐらいで。そういう時は特急列車や新幹線を利用することになりましてそれはそれで楽しいんだけど、延々と鈍行に揺られて車窓からの風景を楽しむ、ってのもまたオツな物で(^^) というわけで、いつか大それた事を、と目論んでいたのですが。。。yapapiの結婚を機に「独身卒業旅行」とでもいいましょうか、テツ仲間3人で2泊3日鈍行の旅を決行いたしました。
 富山駅STARTで目指す初日の目的地は「城之崎」へ。旅行の基本は全行程を鈍行列車で、というものでした。計画を立てている間の勢いは良かったものの、「これ絶対途中で時間持て余すだろーな」という不安も無いわけでも無く…。
 がしかし、一旦電車に乗ってしまうと、おやつ食べてお弁当食べてガイドブック見てお喋りして…等々しているとなんとなく着いちゃったよ、「城之崎」に。今夜のお宿は志賀直哉ゆかりの宿「三木屋」。全体的に古いつくりの和な旅館でした。


 二日目の第一目的地は鳥取砂丘。初めての鳥取県、砂丘もらくだも初体験(写真はハングオン中)♪砂丘を思い切り満喫し、梨ソフトも味わいつつ次はティボリ公園へと向かうのでした。


夜のチボリ公園を満喫した後は、今夜のお宿・倉敷へと向かうのでした。今夜のお宿はワンルームマンション風ビジネスホテル(?)。なーんか変わったつくりのホテルでしたが・・・晩御飯を近所の素敵な居酒屋さんでガッツリいただいた。


 三日目〜倉敷の町並みを散策。アイビー学館にも立ち寄ってみる。・・・結構疲れたなぁ。あとは一路富山まで帰るのみ・・・
富山駅着で、総乗車時間25時間・総通過駅数のべ234駅を達成〜!!
かかったJR代は、乗車券代のみ☆ものすごい達成感を味わいつつ電車の良さを再認識したのでした。
 いや〜楽しかったぁ〜。機会があったらまたやりたいなぁ>鈍行列車の旅。
 生きているうちにチャレンジしてみたいのは「オリエントエクスプレス」と「寝台特急:北陸」かな♪


東北へ・・・「こまち」に乗りた〜い!
2003年7月、会社の後輩が仙台で結婚するというので、式には呼ばれてはいないけれども結婚式を見に行く事にした。ちょうど海の日が絡む3連休で、ついでに東北巡りもしてきちゃおう、といつものテツ仲間と東北ツアーへ出発!今回は時間が限られているので鈍行列車以外ももちろん多用、メインはこまちなのである。
         

八戸でレンタカーを借り、奥入瀬渓流や十和田湖を巡った。天気が悪くて景色はイマイチ(-_-;)。作並温泉で一泊、翌日はシアワセな結婚式を見てから牛タンの町、仙台へ!
         

せっかく東北に来たのだから、できるだけいろんな所を見てきたい・・(つーかいろんな電車に乗りたい・・・)、ということで山形・山寺へ。松尾芭蕉の膝に寄り添い、記念撮影を・・・。
         


さーて、次の「鉄道の旅」は、いったいいつ行けるのでしょう・・・。


-END-

  テ ツ