《 備前焼》
備前焼は、暮らしに自然の息吹を届ける。
大地や海の恵みとみごとに調和する食の器…。
ついつい一献傾けたくなる温かみある徳利(とっくり)やぐい呑(の)み…。
岡山県備前市伊部。
ここが備前焼のふるさと。
備前焼は、千年近くの歴史を持ち、現在、窯の数は四百以上ある。
これまで、五人の人間国宝を生みだした。(金重陶陽、藤原 啓、山本陶秀、藤原 雄、伊勢崎淳)
備前焼最初の人間国宝=金重陶陽の作品。
一見素朴な造形ですが、よく見るとその表情は、実に変化に富んでいる。(下画像)
備前焼のルーツは、これ!
須恵器(すえき)と呼ばれる焼き物だ。 (下画像)
古墳時代に朝鮮半島から伝わり、各地に広まった。
須恵器は「焼締め」という方法で作られている。
釉薬(うわぐすり)を使わず、高い温度で時間をかけて焼き上げることで、粘土が
堅く締まる
備前焼は、須恵器から「焼締め」の技法を受け継いだ。
このような焼き物は、現在では、世界でも、たいへん珍しいもの。
釉薬を使わないからこそ生まれた土の柔らかな質感と赤茶色の肌。
古代の記憶を今に伝える。(下画像)
壱のツボ 炎の足跡を見よ
備前焼の表情を決めるもの… それは炎。
窯たき。備前焼独特の表情を生み出すためには、薪(まき)を使う昔ながらの窯で
なければならない。
桃山時代の大徳利。
まるで炎が躍るような、不思議な模様です。
釉薬も絵の具も使わずに、どうやって描くのだろう?(下画像)
「桟切(さんぎり)」と呼ばれる窯変が現れました。「桟切(さんぎり)」とは、
上になって炎が直接当たった部分は、粘土に含まれる鉄分が酸化し、赤茶色に…
灰に埋もれて酸素が不足したところは、黒っぽい発色になる。 (下画像)
薪は赤松に限る。
含まれる松脂(まつやに)が火力を強め、窯の奥まで炎が届くからだ。
この薪が燃えたあとの灰も、窯変に影響を与える。
灰のかかりやすい場所に置かれたものには、独特の風合いが現れる。
中央の色が変わっている部分、「胡麻(ごま)」と呼ばれます。
高温で溶けた灰が、冷えるときにガラスのように固まったもの。(下画像)
「緋襷(ひだすき)」を作るためには、窯に入れる前に藁(わら)を巻きます。緋
襷は、器を運ぶ時に使った藁を取り忘れたことから、偶然生まれたと考えられてい
る。
緋色の模様は、藁に含まれるアルカリ分と、粘土の鉄分が反応して、浮かび上がっ
たもの。
まさに、炎の足跡のようだ。(下画像)
桃山時代の徳利。「かぶせ焼き」だ。
焼くときに器を重ねた部分だけ、質感が変わる。
茶色い所が、器を被せた部分。
一方、炎が直接当たった部分には、胡麻が現れ、豊かな表情を現す。
炎が描き出す変化に富んだ窯変…
自然の力を巧みに生かす備前焼ならでは味わいだ。(下画像)
弐のツボ 「強さ」「荒さ」に命あり
備前焼の粘土は、伊部の北にある山々から雨水に流され、数億年もかけてたい積し
た土だ。
この土は、ヒヨセと呼ばれ、地下三メートルほどのところから掘り出す。
ヒヨセには、植物性の有機物が含まれている。
黒い部分には有機物が特に多く、多彩な窯変を生みだす。
水を加えて練り上げるとき、目の荒い土や小石をあえて残すのが備前の特徴。
備前焼に「美」が見いだされたのは、室町から桃山時代にかけて。
千利休をはじめとする茶人たちが、独特のたたずまいを好み、茶道具に見立てた。
「見立て」とは、あえて違う使い方をすることで、風雅を味わうこと。
酒を運ぶために作られた徳利は、花入に見立てられた。
茶人たちは、茶室に「土の香り」や「野の風」を呼び込もうとした。
桃山時代、水差しに見立てられた種壷(たねつぼ)。
茶人たちが注目したのは、下の方にある傷… (下画像)
高温で焼き上げるときに、粘土に含まれていた小石が弾けた跡だ。
武骨な土味に息づく美しさ。
お分かりいただけたかな?
参のツボ 土の声を聴け
備前焼鑑賞、最後のツボは
「土の声を聴け」
桃山時代、窯の中で器を積み重ねるために用いた「陶板」が、昭和になって、料理
の器に見立てられ、備前焼が食の器として使われるきっかけになった。
瀬戸内の恵みをざっくりと盛りつける。
備前焼に料理を盛るとき、余計な飾りは禁物。
あるがままの姿で、すべての食材が主役になる。
備前焼と長く付き合うためのコツ。
料理を盛りつける前に、十分から十五分、水につける。
土の味わいが増すだけでなく、油やにおいが染み込みにくなる。
備前焼の器は、使い込むほどに表面の細かい角が取れ、色合いも柔らに…
太古の記憶をとどめる土で焼き上げた備前焼。
心静かに耳を傾けれてみよう。
きっと、土の声が聞こえてくるはずだ。 (下画像)
NHK「美の壷」ファイル82「備前焼」から