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ハニココ奨学金の歩み

 

 1998年の開始以来、18年間にわたりインドネシアのNGOディアンタマを通じて、経済的な事情で学校に通うことが困難な生徒たちに奨学金を支給して来ました。左表に載っている生徒の他、大学生や専門学校生などハニココで勉強して上に進みたい生徒たちにも、日本側有志数人で協力して卒業まで学費や寮費を出して彼らの夢を支援してきました

 99年から04年まで
教師にも支援していたのは、せっかく学校に行っても教師が副業で忙しく、学校にいないことがよくあったためです。特に僻地では教師の給料は安く、副業しなければ生活していけないのです。しかし、彼らはあまりに僻地に住んでいたため、学校から奨学金受給のレポートが上がって来ず、日本側支援者に説明ができなくなり、05年からは支給をやめて生徒だけを対象に支援することとしました。

 現地での奨学金の支給法はかつては地区のコーディネーターが一軒一軒奨学生のいる家を回り,親に奨学金を渡していましたが、現在では奨学金を支給する生徒数が増えたため、校長に直接渡すことが多くなっています。奨学金の支給基準は、同じクラスでも公務員など給料が安定している子どもは除いて、基本的に成績がよくて学費が払えなくて困っている子に限っています。しかし
毎月の学費を全部支給せずに、学費の4〜8割程度にし、残りは親が学校に払うようにしています。全額支給してしまうと親がそれに依存するようになり、経済的自立の芽を摘んでしまうとの配慮からです。学費の何割を奨学金として支援するかは学校とディアンタマ側との話し合いで決めます。
 また、この奨学金を受け取ることで発奮して、学費以外に奨学金を使うことを決めた学校もあります。

 もともとはビジネスマンでありNGO 活動家でもあるジョニー
が長年、休みの度ごとにスラムを回って子供たちに学用品や教科書などをプレゼントし、能力のある子にはポケットマネーから学費も援助していたことが発端です。

 しかし、ジョニーがいくら有能なビジネスマンでも支援しなければならない、また、支援したくなる子供の数がどんどん増えていくのに財布が追いつかず、NGOで一緒に活動していた私にある日
この椰子砂糖を日本で売ってその収益をインドネシアの子供たちの奨学金に当てたいのだが・・・ともちかけてきたのでした。
 彼のそれまでの奉仕活動を見ていた私は「一度くらい協力してあげなきゃな」と思っていたので二つ返事で引き受けました。

 その時はこれほど続くとは思ってもみませんでした。ハニココに関係しているうちに、甘いものが大の苦手だった私が、今ではおまんじゅうも食べられるようになりました(笑)。これだけ続いたのはやはりハニココそのものの魅力でしょう。
2016年8月現在、ハニココの
取り扱い店は45店に達します。みなさん、ご協力ありがとうございます。

 と言っても、
インドネシアにはまだ800万人の学校に行けない子どもがいるとのこと。当会も教育支援の質と量双方を向上させるべく取り組んでまいります。みなさんのご支援をよろしくお願いします。

年度

生徒数

教師数

1998

175

---

1999

275

16

2000

331

18

2001

406

13

2002

430

18

2003

433

18

2004

594

23

2005

656

---

2006

750

---

2007

770

---

2008 721 --
2009 752 --
2010 914 --
2011 707 --
2012 772 --
2013 796 --
2014 872 --
2015 931 --

ハニココ奨学金支給実績


海を見たことがない山村の小学生を海岸へ遠足に連れて行ったジョニー(左)。学校から感謝の記念品を贈られる。


Jogjakarta州Seremo小学校の生徒と先生


Jogjakarta州Tegiri小学校の先生と生徒たち