「日劇友の会」会報目次と表紙ライブラリ−

T:「日劇友の会」会報目次(現在手持ちの会報)

 NO  発行年月日 表紙 主な内容 公開日
昭和34年10月28日 昭和33年12月「日劇ビックパレ−ド」の日劇全景 思い出の舞台 ・日劇ダンシングチ−ムについて・「日劇友の会」誕生!・日劇クイズ '14/07/20
昭和34年11月28日 昭和34年秋のおどりのジェットコミック 秋のおどり舞台写真・日劇レビュ−賞・人気スタ−達を囲んで・ 会員のペ−ジ
26 昭和37年1月10日 寿(清水秀男・和歌みつる) MS台北より特派員報!(「日劇友の会」会報 NO26号  '14/08/01
42 昭和40年1月20日 三島明子(水藻麗子)(19前) MS日劇友の会」会報 NO42 ←海外公演アルバム  
43 昭和40年11月10日 立川真理(13)・英 由美(12) 日劇ダンシングチ―ム舞台ALBUM昭和40年-V   
57 昭和42年8月17日 横山正子(14) 夏のおどり特集  '15/08/20
 66 昭和43年8月1日  上条美佐保(10)皇居お濠端     
 67 昭和43年9月1日  大堀早苗(23)西銀座公園     
 68 昭和43年10月5日  橘 田紀(15)日比谷公園   
 69 昭和43年11月1日  桜井節子(11):秋のおどり特集   
 70 昭和43年12月1日  横田米子(11   
73 昭和44年3月7日 英 由美(12)西銀座の鋪道   
 74 昭和44年4月13日  三浦恭子(22)日劇屋上   
75 昭和44年5月15日  藤井輝子(12)帝劇前   
76 昭和44年6月15日 内田繁子(25) 詳細写真ぺージ    '14/07/20
78 昭和44年8月15日 秋本京子(26)・横瀬美枝子(谷さゆり)    
82 昭和44年12月 美山とも子(25)・水谷良子(12    


U:表紙ライブラリ−

 表紙の上部のNOをクリックして下さい。

NO-01(昭和34年10月28日発行)

日劇全景(昭和33年12月)
NO-02(昭和34年11月28日発行)

昭和34年秋のおどりのジェットコミック
藤村俊二(12)・金子薫子(08)・能見英俊(11)
NO-03(昭和34年12月)
NO-04(昭和35年1/2月)

和歌みつる(03)・北秋昇平
NO-05(昭和35年3月)

スリ-・ラッツの横田米子(11)・佐久間悦子(13)・森田靖子(11)
NO-06(昭和35年4月)

上条美佐保(10)
NO-07(昭和35年5月)

内海安江(11)・山口滋(10)
NO-08(昭和35年6月)
.
内海安江(11)




NO-09(昭和35年7月)
.
若松久代(11)・林八重子(11)
NO-10(昭和35年8月)

英由美(12)・西条章子(12)・小林紀子(12)・宮前敏子(12)
NO-11(昭和35年9月)

.桜井節子(11)
NO-12(昭和35年10月)

川戸美代子(10)
NO-13(昭和35年11月)

須藤圭子(12)・藤井輝子(12)
NO-14(昭和35年12月)

12月3日東南アジア公演出発(昭和35年12月参照

田口久子・佐久間悦子・金子薫子・桜井節子
西条章子・重山規子・吉野克子・内海安江
片山奈加子・佐藤孝子・須藤圭子
千尋洋子・・・・総員12名
NO-15(昭和36年1/2月)

NO-16(昭和36年3月)

NO-17(昭和36年4月)
NO-18(昭和36年5月)

フォア・キュ-ティズ
渡辺洋子(14)・横山正子(14)・竹内玉枝(14)・三橋恵美子(14)
NO-19(昭和36年6月)
NO-20(昭和36年7月)
NO-21(昭和36年8月)
.
NO-22(昭和36年9月)
NO-23(昭和36年10月)

千尋洋子(12)・田島法子(12)
NO-24(昭和36年11月)

上田妙子(14)・佐藤セツ子(14)・亀谷静子(16)
NO-25(昭和36年12月)

山崎盾子・村田大・藤恵子
NO-26(昭和37年1月10日発行

清水秀男・和歌みつる
NO-27(昭和37年2月)

安藤矩子・藤井輝子・川瀬哲代・.内海安江
NO-28(昭和37年3月)

川瀬哲代・羽鳥雅一
.NO-29(昭和37年4/5月)

島みゆき(11)

NO-30(昭和37年6/7月)

桜井節子(11)
NO-31(昭和37年8/9月)

立川真理(13)
NO-32(昭和37年10/11月)

渡辺洋子(14)
NO-33(昭和38年1月)

重山規子(06)
NO-34(昭和38年4月)

竹内玉枝(14)
NO-35(昭和38年7月)

NO-36(昭和38年10月)

NO-37(昭和39年1/2月)

NO-38(昭和39年3/4月)

横田米子(11)
NO-39(昭和39年5/6月)

河本芳子(19前)
NO-40(昭和39年7月)

重山規子(06)
NO-41(昭和39年11月)
NO-42(昭和40年1月20日発行

三島明子(水藻麗子)
NO-43(昭和40年11月10日発行

立川真理・英 由美
NO-44(昭和41年12月)-5周年記念号
NO-45(昭和41年1/2月)
NO-46(昭和41年3月)
NO-47(昭和41年5月)
NO-48(昭和41年7月)
NO-49(昭和41年9月) NO-50(昭和41年11月) NO-51(昭和41年12月)-6周年記念号

西川純代(20)
NO-52(昭和42年1/2月)

藤井輝子&エイトポピ―ズ
NO-53(昭和42年3/4月)

大堀早苗(23)
NO-54(昭和42年5月)
NO-55(昭和42年6月)

近江ツヤ子(22)
NO-56(昭和42年7月)

星野和子(19前)
NO-57(昭和42年8月17日発行)

横山正子(14)
NO-58(昭和42年9/10月)

藤井輝子(12)
NO-59(昭和42年11/12月)

NO-60(昭和43年1/2月)

横山正子(14)
NO-61(昭和43年3月)
NO-62(昭和43年4月)
NO-63(昭和43年5月)

重山規子(06)
NO-64(昭和43年6月)
NO-65(昭和43年7月)
NO-66(昭和43年8月1日発行)

上条美佐保(10皇居お濠端
NO-67(昭和43年9月1日発行

大堀早苗(23)西銀座公園
NO-68(昭和43年10月5日発行)

橘 田紀(15)日比谷公園
NO-69(昭和43年11月1日発行)

桜井節子(11):秋のおどり特集
NO-70(昭和43年12月1日発行)

横田米子(11)
NO-71(昭和44年1月)
NO-72(昭和44年2月)
NO-73(昭和44年3月7日発行)

英 由美(12)西銀座の鋪道
NO-74(昭和44年4月13日発行)

三浦恭子(19前)日劇屋上
NO-75(昭和44年5月15日発行

藤井輝子(12)帝劇前
NO-76(昭和44年6月15日発行)

内田繁子
NO-77(昭和44年7月15日発行)

新倉まり子
NO-78(昭和44年8月15日発行)赤坂プリンスホテル

秋本京子(26)・横瀬美枝子(谷さゆり-26)赤坂プリンスホテルプ―ル
NO-79(昭和44年9月)

町田和子・沖長偉子
NO-80(昭和44年10月)
NO-81(昭和44年11月)

?・渚 香織(26)
NO-82(昭和44年12月)

美山とも子・水谷良子
NO-83(昭和45年1月)

神崎一人・森田敏子
NO-42〜NO-82「日劇友の会」・「日劇」の裏表紙

  裏表紙集
 
 

会報の発行状況
 1:NO-01(昭和34年11月)〜NO-26(昭和36年12月)迄は毎月定期に発行されています。
 2:NO-27(昭和37年1月)〜NO-32(昭和37年11月)迄の間即ち昭和37年の一年間は2ヶ月に一回の発行です(2ヶ月合併号)。
 3:NO-33(昭和38年1月)〜NO-36(昭和38年10月)迄の間即ち昭和38年の一年間は3ヶ月に一回の発行です(3ヶ月合併号)。
 4:NO-37(昭和39年1月)〜NO-41(昭和39年9月)迄の間即ち昭和39年の一年間は2〜3ヶ月に一回の発行です。
 5:昭和40年には友の会会報が「日劇友の会」のタイトルで発行されたのは昭和40年1月のNO-42号迄でその後タイトルが「日劇43」に変わり発行されたのはその年の11月でこの間会報が9ヶ月間発行されて居なかった様子です。
 6:昭和41年〜昭和42年の間ではNO-45(昭和41年1月)〜NO-53(昭和42年3月)は2ヶ月に一回の発行です(2ヶ月合併号)、NO-54(昭和42年5月)〜NO-59(昭和42年10月)の半年間は毎月の発行です。
 7:NO-58(昭和42年10月)〜NO-60(昭和43年2月)間は再び2ヶ月に一回の発行です(2ヶ月合併号)。
 8:会報が再び必ず毎月一回発行される様になつたのはNO-61(昭和43年3月)以降です、NO-83(昭和45年1月)迄確認、友の会は何時頃迄続き会報は何号迄発行されたのでしょうか?。
 9:現在所有して居ます、「友の会」会報は発会時のNO1依り昭和39年春脱会時までのNO38号まで所有して居ましたが残念ながら引越し時にほ殆どを総て紛失して仕舞ました、01・02・26・42・43・57・66・67・68・69・70・73・74・75・76・78・82号は最近web上で手に入れたものです。

会報の発行状態とNDTの活動
 1: 「日劇友の会」が発足した昭和34年末から昭和36年末迄の2年間は毎月会報は発行され団員との座談会・撮影会が毎月行われリクリエ―ションのバスツア―等も年2〜3回あり「日劇友の会」の活動が一番活気に満ちていた時期でNDTの団員数も二百を越え10〜14期の優秀な若手がショ―毎に抜擢されNDT友の会共に黄金期でした。
 2:昭和37年の一年間は2ヶ月に一回の発行・昭和38年の一年間は3ヶ月に一回の発行・昭和39年の一年間は2〜3ヶ月に一回の発行と発行回数が減少します。
 3:昭和40年の一年間は上記の如く会報名が変更されそれに伴い会報はNO-42(昭和40年1月・・1/20発行)とNO-43(昭和40年11月・・11/10発行)の2回のみです、此れは前年東京オリンピックが終了し景気が悪化したした影響と「友の会」の幹事の変更等の内部事情か?。
 4:昭和41年と昭和42年は
2〜3ヶ月に1回の不定期の発行が続いていますが後半の5月からは毎月一回発行される様になります。
 5:昭和43年3月以降「日劇NO-63」からは毎月一回発行される様になりますがペ−ジ数は大おどり特集号を除き表紙を含めて8ペ−ジとなりました。


会報の名称と友の会の活動
 昭和40年には友の会会報が「日劇友の会」から「日劇」NO-43号よりに変更されています、この間2月から10月まで9ヶ月間発行されて居なかった様子です。
この名称の変更に伴い編集内容も変化しています、「日劇友の会」ではあくまでNDTの活動状況及びフアンとの交流(座談会・撮影会・リクリエ―ション等)の記事が中心でしたが「日劇」では発行の月にも依りますが「大おどり」以外の日劇で公演されるショ―(NDTは添え物扱い)の内容の紹介宣伝が可也の部分を占め様に成りました。
 此れは昭和40年頃に成ると戦後活躍した12期生位迄のスターが殆ど退団し又日劇友の会としての行事も少なくなりフアンとの交流行事(座談会・撮影会・リクリエ―ション等)も殆ど無くなり会員数も以前より減少した対策としてNDTフアンに限らず日劇に出演する芸能人のフアンを会員に取り込む為で有ったと思われます。

印以外の「友の会」会報の所有者にお願い
 現在yachanが所有して居る会報は上記印の17冊でこの内容は順次公開したいと思って居ます('15/08/25総て公開)UPので此れ以外の号をお持ちの方で当HPにご協力頂ける方の御一報をお待ちして居ます(メ―ル→miltuchan@hotmail.com)。


NO08号の一部内容

     

このぺ−ジのTOPに戻る

'10/09/25UP