『日和下駄』
茲にかく起稿の年月を明にしたるは此書板成りて世に出づる頃には、篇中記する所の市内の勝景にして、既に破壊せられて跡方もなきところ尠からざらん事を思へばなり。(略)昨日の淵今日の瀬となる夢の世の形見を傅へて、拙きこの小著、幸に後の日のかたり草の種ともならばなれかし。
『日和下駄』目次
「序」「第一 日和下駄」「第二 淫祠」「第三 樹」「第四 地図」「第五 寺」「第六 水 附 渡船」「第七 路地」「第八 閑地」「第九 崖」「第十 坂」「第十一 夕陽 附 富士眺望」。
『日和下駄』「第十 坂」
前回記する処の崖といさゝか重複する嫌ひがあるが、市中の坂について少しく述べたい。坂は即ち平地に生じた波瀾である。平坦なる大通は歩いて滑らず躓かず、車を走らせて安全無事、荷物を運ばせて賃銀安しと雖、無聊に苦しむ閑人の散歩には余りに単調に過る。
若し夫れ明月皎々たる夜、牛込神楽坂浄瑠璃坂左内坂また逢坂なぞのほとりに佇んで御濠の土手のつゞく限り老松の婆娑たる影静なる水に映ずるさまを眺めなば、誰しも東京中に此の如き絶景あるかと驚かざるを得まい。
振袖火事で有名な本郷本妙寺向側の坂も亦其の麓を流るゝ下水と小橋との為めに私の記憶する處である。
東京の都市いかに醜く汚しと云ふとも、こゝに住みこゝに朝夕を送るかぎり、醜き中にも幾分の美を捜り汚き中にもまた何かの趣を見出し、以て気は心とやら、無理やりにも少しは居心地住心地のよいやうに自ら思ひなす處がなければならぬ。
『日和下駄』「路地」
川添ひの町の路地は折々忍遥しをつけた其の出口から遥に河岸通のみならず、併せて橋の欄干や過行く荷船の帆の一部分を望み得させる事がある。此の如き光景は蓋し逸品中の逸品である。(P.238)
こうした対照は、両者の間に数限りなく認めることが出来るものである。。