【160715 教室レポート 課題: 逍遥や荷風にとって文学の近代とは?】
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047101大石 桂
047102大石優貴 永井荷風が「私は何となく良心の苦痛に堪へられぬやうな気がした。わたしは自ら文學者たる事について甚しき羞恥を感じた。」と言っているけれど、荷風にとって近代というのは自分の色を求めることだったのではないでしょうか。しかし、ドレフュス事件のようなその理想にそうことが出来ずに羞恥心を感じたという気持ちも含め、命を懸けて正義を唱えることでなくても、自分のしようとしていることが貫ける「すまして春本や春畫をかいてゐた其の瞬間の胸中をば呆れるよりは寧ろ尊敬しようと思立つたのである。」 と思うことが近代であったと思います。
037104城 歩 坪内逍遥は、在学中に「春風情話」の翻訳を手がけるなど,西洋文学への関心をたかめていくうちに,東西の小説観の落差を自覚,85 年から 86 年にかけて「小説神髄」を発表して,写実主義小説の路線を設定するとともに,文学の自律性を説いた。一方、荷風は1903 年から 08 年におよぶアメリカ,フランスの外遊体験から帰国後、新帰朝者として明治社会の浅薄な文明を批判。しかし、反時代的であっても新風俗への好奇心はさかんであった。このように見ていくと、逍遥も荷風も西洋文学への関心が高く、明治文学への批判的な考えがあったようである。しかし、そのまま西洋文学に影響されるだけでなく、自分の小説体系というものを、確立していっている。このように、自分の考えなどは主張していきながら、それぞれの(明治文学、西洋文学)良さは、取り入れていくという荷風や逍遥の考え方が、近代的と言えるのか??
047414藤原由依 彼らによって、それまでの小説の意味が考え直されたと思います。鴎外同様、文明がより発達している西洋の考えに影響を受け、影響を受けたことにより小説はより人の心の内面を表現する方法として発展していったのだと思います。江戸時代よりももっとリアルにそのものを描き、思想すらも生々しく視覚的に表現する写実主義へと変化したのが特徴ではないでしょうか。
047102成嶋彩子 逍遥は人間は、内面に葛藤を持っていてそれをおさえながら生きている。そういう人情を書くのが大切であると考えていて、荷風は、大逆事件のときに、他の文学者と同様に何も自分の意見を言えなかったことを恥じたが、自分にはできないと思って江戸末代の戯作者のように世間の事件に惑わされず作品を作ることに没頭したことを尊敬するようになったのだと思います。
047103関本温子  ドレフュス事件時のゾラのように自らの意思に従って国外に逃亡しちゃうような事をすること?国の定めたことに自分が納得いかなければそれに反抗してしまうくらいの意思を持ってそれを文面に記すことじゃないのでしょうか?
 森鴎外の『舞姫』に望まない妊娠が書かれていることを考えると、当時は結婚前に子どもを作るなんてありえないことだし(現代の小説なんかにはあけっぴろげて書かれているけど)。そういった風潮や、荷風の「煙草入をさげ浮世絵を集め三味線をひきはじめた。」逍遥の「情欲」といった言葉が多くあるのを見ると当時らしからぬことをすることが近代と思えてなりません。
037103北川頼子 荷風は文学者として成功するということをあきらめることで、良心の苦痛をなんとなく感じたとある。こういう気持ちは文学者として大体の者が突き当たる壁だと思う。しかし、世間で起きている問題に対して「自分の知ったことではない」と思う気持ちを尊敬することが、この時代には表に出なかった。荷風がそう感じて表に出したことが、文学の近代性なのかと思った。逍遥は勧善懲悪式の物語を批判し、人間のありのままの感情を描いているところが近代的といわれている。これには限界あるという見方もある。確かに逍遥は「小説神髄」で批判している。逍遥はそこに文学の近代性を感じたのではないかと思う。
037105塚本範子 文学の中で人情を重んじることが近代・・
037101秋山彩佳 前期のレポートの中で近代的というのは、「時代が自分の判断で自分を主張してくということになっていくことが近代的であり、近代というのは辞書に特に市民社会と資本主義を特徴とする時代をいう。市民社会とは自由・平等な個人が、自立して対等な関係で構成することを原理とする社会。封建的な身分制度を打破した市民革命によって成立した社会。と書いてある。」と書いた。坪内逍遥の小説神髄のところに、「西洋におけるこうした小説の役割を基準に,日本の小説は改良されなければならないとして提唱されるのが,人情及び世態・風俗の模写,すなわち写実主義の理論である。とりわけ,〈外面 (うわべ) に見えざる衷情 (したごころ) をあらはに外面 (おもて) に見えしむべし〉とあるように,不可視の〈人情〉を心理学に即して視覚化する描写の意義に力点がおかれている。」このことから、個人の生活や心情など、いろいろな角度からいろいろな人を見て描いていくことが坪内逍遥にとっての文学の近代なのではないか。
047104相馬美奈子  坪内逍遥の、『小説神髄』は、近代小説の理論と方法論の書で、文学の自律と芸術性について述べ写実を主張している。また逍遥は、江戸時代の怪奇風で勧善懲悪式の物語作法を批判し、人間の感情や物事をありのままに描写する小説を提唱した。
 『小説神髄』の中に、「小説の主脳ハ人情なり」、「彼また有情の人たるからにハなどて情欲のなからざるべき哀みても乱るゝことなく」など人間の情について述べていることから考えて、逍遥にとっての近代という物は、『人間の心』すなわち『生きる』ということだと思います。
047417保田早織 逍遥は江戸時代の勧善懲悪的な作品とかを少年期に読みあさって育ったから、本当はそういう江戸の文学への思い入れは強い。でも近代の新しい文学の世界を切り開くために、あえてその思いを捨てて、次の時代に進もうとした。だから、人が恋しい故郷を離れて、修行の旅に出るみたいな気持ち。
037102金田裕美子
047105内藤 千香 逍遥の文学の近代性とは。それは、逍遥が「小説真髄」の中でと唱えているように、写実主義つまり、現象の模写を重視することではないだろうか?そしてそのことを言文一致の精神でもって伝える。それこそが逍遥の考えた”近代”だった。自分のいいたいことを自由に表現し、皆に伝えることがこの時代・・・・・・・

ごめんなさい。またあとでおくります〜〜〜〜〜〜>。<