2003年


[哲 学]

1 以下の文章を読み、錯覚についてあなたの意見を述べなさい。(60点)



学者たちは早くから知っていたんだ。人間の五官は、けっして機械のようにははたらかないということを。たしかに、人間の目はビデオカメラとおなじようなしかたで光をとらえるし、 耳は単純な集音マイクを思わせる。でも、類似性はそこまでだ。きみの目が光をとらえ、きみの耳が音をとらえると、それらは弱い電気信号となってきみの脳に送られる。そして、そ れらの信号が脳のなかの特定の場所にとどくと、そこで加工されて、映像と音声として認識される。つまり、きみの目と耳がとらえたものは、この過程を経てはじめて、きみの脳のな かに音をともなった映像をつくりだすわけだ。
そこで問題なのは、きみ自身も、そのおなじ脳を使ってものを考え、感じ、想像をめぐらせているということだ。人間の脳は、じつにいきいきとしたファンタジー映像をつくりだすこ とができる。それは寝ているあいだに見る夢が、どれだけ真実味をおびているかを考えてみればわかるだろう。そこで、こんな疑問がでてくる。
Century;mso-hansi-font-family:Century'>いったい脳は、ぼくたちのまわりの世界でほんとうに起きていることと、ぼくたちのファンタジーがつくりだした想像上のできごととを、ど うやって区別できるんだろうか? そして、脳のなかにまわりの世界が映しだされるとき、そこにファンタジーによる映像が混じっていないと、はたしていいきれるんだろうか? 科学 哲学者たちは、このあとの疑問に対しては、はっきりと答えている。すなわち、ぼくたちはそのことを確信することはできないと。

(アイリック・ニュート『世界のたね真理をおいもとめる科学の物語』NHK出版1999)





2 「うそも方便」とか「うそから出たまこと」といったことわざもありますが、われわれが生活していく上で「うそ」がどうしても必要だという理由を考えてみてください





[倫理学]

問 毎日新聞のサイト「インターネット事件を追う」の昨年12月分項目である。これに目を通し、以下の問に答えなさい。


12月25日:セキュリティー10>大ニュース、ウイルスが上位占めru.
12月25日:年末へ向け詐欺メール急増 米社調査
12月25日:「ヤフー」に中傷メール開示命令 東京地裁
12月25日:文科省のHP書き換え 小泉首相らを批判
12月25日:総務省、全自治体にセキュリティー監査ガイドライン
12月24日:警察庁など年末年始のセキュリテイー対策呼びかけ
12月22日:模倣バッテリーに注意! アジアなどで急拡大
12月22日:いたずら110番急増、半数以上は携帯から 大阪府警
12月22日:音楽交換のソフト自体は合法 オランダ最高裁
12月>22日:国土地理院の数値地図に誤り CD-ROM無償交換へ
12月18日:静寂ぶち壊す、携帯電話と私語 春日大社の遷幸の儀
12月17日:ネット音楽交換サービスに賠償命令 東京地裁 著作権の侵害にあたると再度認定
12月17日:関東運輸局のPCが「ナチ」に感染
12月17日:ブラスターが大流行 今年のウイルス被害 トレンドマイクロ
12月17日:パソコン不正購入 ウイルス感染調査で発覚 東京・世田谷区
12月16日:組み込みウィンドウズ採用増で、ATMへウイルス感染の危険
12月15日:公取委の排除勧告拒否、独禁法改正に反発も NTT東
12月15日:「丸投げ先」社員が出向 IT立国事業受託の公益法人
12月12日:ウイルス被害は個人ユーザーにも拡大 まだまだ脅威は去らず、迫られる防衛策
12月12日:ソニーのデジカメ「QUALIA(クオリア)016」に不具合
12月12日:110番通報、メールでも可能に 福島県警
12月10日:NTTデータの不動産サイト、顧客データ4312人分入りPC紛失
12月10日:ネット・カフェなどで知り合った17人殺害の男に死刑判決 中国
12月09日:「スーパーで女児暴行」 ネットでデマ不安拡大
12月09日:殺害外交官の遺体写真がネット流出、削除要請 法相
12月08日:JR東海運転士のメール送信問題、中部運輸局が監査
12月08日:ネット取引の「なりすまし」被害防止へ カード会社
12月05日:NECプリンターに発火のおそれ
12月05日:バッテリー模造品に注意呼びかけ ニコン
12月05日:宿泊拒否ホテルの紹介HP削除 黒川温泉の組合
12月04日:名前かたるウイルスが流行 ブラスターも沈静化せず
12月04日:ネットに無差別殺人予告 高1逮捕
12月04日:東武鉄道の会員情報流出、60人に架空請求書
12月03日:ネットで銃を密売買 長崎で男2人逮捕
12月03日:ウィンドウズUpdateに不具合 
12月02日:auの「CDMA 1X WIN」用機種に不具合
12月02日:大手検索エンジン、トラブル相次ぐ
12月02日:警察庁、ブラスターなどの注意呼びかけ
(http://www.mainichi.co.jp/digital/netfile/index.html)

問1 これを参考に、インターネット上で現在どのような問題が起こっているのかを整理し、それについてあなたの考えを述べなさい。(60点)


問2 この中からインターネット時代の特色を表していていると思われる事件をひとつ選び、その問題点を詳細に論じなさい。(40点)






[学問論]

問1 小学1年生の作ったつぎの詩を読んで以下の問いに答えなさい。


あいじん

                こめはな まさこ
せんせいは
あのねちょうのおへんじに
こどもにならなくていいから
あいじんになってほしい
とかいたでしょう
せんせい
あいじんてどういういみですか
こんなことは
まだ がっこうで
ならっていないでしょう
そんなこと
せんせいが
いっていいんですか

(鹿島和夫『一年一組せんせいあのね いまも』理論社より)


問@ こめはなさんが、先生とのこのやりとりで学んだものは何でしょう?(30点)
問A あなたがこの先生だとしたら、こめはなさんのこの問いかけに何と答えますか?(30点)




問2 国語、算数、生活といった既存の科目とは別に、まったく新しい科目を小学1年生用に新設できるとしたらあなたならどんな科目を設置し ますか?
その科目の必要な理由とその結果期待できる効果についても述べてください。
(40点)





[欧米思想論]

1 以下の文章を読んで、人間にとって利己的とはどういうことか、あなたの考えを述べなさい。(60点)

自分の子ということは、いいかえれば「自分の遺伝子をもった子」ということである。つまり、自分の適応度を高めるということは、自分の遺伝子をもった子をできるだけたくさん後代 に残す、ということである。このことの必然的な帰結として、動物たちの行動は「利己的」なものにならざるをえない。
(略)
カマキリの場合はもっと利己的だ。オスが自分と交尾し、精子を自分の体内に入れてくれたらもうそれでよい。自分はちゃんと受精卵を産める。精子を受けとってしまったらもうオスは いらない。だったら食べてしまって、卵の栄養にしたほうがよい。オスにしてみても、もう精子を渡しのだから、自分の適応度増大は保証されている。そのうえはメスの栄養になって、 自分の遺伝子をもって生まれてくる卵が少しでも丈夫で、少しでも多くなってくれるのに役立ったほうがよいという考え方もできる。
このカマキリの話については、ある昆虫生理学者による有名な研究がある。それによると、ウスバカマキリというカマキリでは、カマキリ一般の例にもれず、メスは動くものはなんでも 餌と思って捕え、食べてしまう。そこでオスはメスに近づくとき、メスに気づかれて襲われたりしないようものすごく慎重に、そろりそろりと近寄ってゆく。そして最後にダッシュして メスの背に飛び乗るのだが、そのままでは交尾をはじめるに至らない。おそらく、それまでの緊張が解けていないので、性欲がおこってこないのだろう。そのときメスは、オスの頭にか みつき、オスの頭を食べはじめる。こうしてオスの脳が破壊され、食べられてしまうと、脳による抑制が解ける。そして、交尾行動を支配しているもっと下位の神経中枢が活性化され、 オスの交尾行動がはじまる、というのである。つまり、メスは自分の適応度を高めるためにオスの頭を食べて交尾を促すという、残酷な利己的行為を行うのであり、オスはオスで、頭を 食われ、結局殺されることになっても、それによってメスに自分の精子を送りこみ、自分の適応度を高めうるならば、それに甘んじるのである。メスは食べてしまいたいほどかわいいか らオスを食べるのでもないし、種族保存のため泣く泣くオスを食べるのでもない。オスもまた、自分は死んでも種が維持されてゆくのならと、覚悟を決めて食べられるわけでもないので ある。
彼らには「種の存続」ということなど、まったく念頭にない。それぞれの個体は、ひたすら自分自身の適応度を高めるべく、必死の努力をしているのだ。
したがって、彼らの行動はすべて利己的なものである。母親が子どもをかわいがり、ときには自分の身の危険もかえりみず、子を守り育てるさまは、昔から「母性愛」として称賛されて きた。けれど、今、この適応度増大という観点からみれば、母性愛などという概念は消滅してしまう。母親にとって自分の子は、自分の遺伝子をもった子どもであり、この子どもが無事 育って孫を産んでくれてこそ、自分の適応度が高まる。だからこそ母親は、それこそ必死になって子を育てるのである。母親の動機は、自分の適応度を高めようという、まったく母親の 利己にもとづくものであって、母性愛などというものではない。あえていうなら、かわいいのは子どもなのではなく、その子どもがもっている自分の遺伝子なのである。
だからこそ、場合によっては母親は子どもを見捨てるのだ。今、この状況で子を育てても、とうてい育てきる見通しはない、と母親が判断したら、母親はその子たちを捨てて、新たにや りなおす。それまで育てたコストを少しでも回収するために、子どもを食べてしまうことさえいとわない。もし、母親の行為がいわゆる「母性愛」によるものであっても、子どもそのも のがかわいいのであったら、こんなことはできないはずだ。
こうして、動物たちのやっていることは、昔からわれわれが思っていたのとはまったくちがって、すべて利己的な動機にもとづくものであることが、今や明らかになってきたのである。

(日高敏隆『利己としての死』弘文堂 1989年 p.122-129より)



2 進化論の考え方を人間社会にも当てはめることの妥当性についてあなたの意見を述べなさい。(40点)



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