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中山道 寺院巡り(2) |
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「中山道巡り」六十八次百三十四里の道程です。 とてもではないが廻り切れる筈がありません。 せめて東京都内の中山道だけでもと、NPO法人新現役ネットの同好会「歴史を訪ねる旅の会」主催の中山道巡り (巣鴨駅前から 志村一里塚) に参加しました。 ガイドの堀江英雄さんに色々と話を伺い要領が分かりましたので、今回は自分でルートを調査し、日本橋から巣鴨まで約8Kmの 行程を計画しました。 マップを作成するに当たっては、「中山道を歩く」横山吉男著 を参考にさせて頂きました。 街道巡りは暑い日を避けてと思っていましたので、本日の薄曇の予報を信じて一躍準備をし朝早くから出かけました。 暫し遠のいていた通勤ラッシュの洗礼にあい、早くも疲れの見え始めた身を東京駅に下り立ったのが8時30分でした。 喫茶店で一息つき、改めて「日本橋」を目指したのですが、暫らくぶりのビル街に戸惑い、目的地に着いたのは9時30分でした。 ![]() 国指定重要文化財の 日本橋 青銅の照明灯 麒麟像 橋の先頭の柱に獅子像 日本橋記念碑 (高札場跡) ![]() 日本国道路元標 解説プレート 鹿児島まで1,469km 札幌まで1,156Km 五街道の里程の原点 暫し、首都高速道路が架かる日本橋の風景を目に焼き付け、日本国道路元標を起点にスタートしました。 三越日本橋館の前に「越後屋の役職ランク」の解説プレートがありました。 ![]() 日本橋に架かる首都高速道路 直ぐ前に三越本店 越後屋の役職ランク 日本一長い一般国道 国道4号線を北へ進むと、直ぐに旧中山道 (国道17号線) に変わります。 旧中山道は、室町の交差点を右折します)。 中央線のガード手前の交通博物館を左に入り、右折左折を繰り返すうちに「東京都選定歴史的建造物」が集まる一角にでました。 ここ須田町一丁目の路地には、趣きある建物の老舗が今も元気のようです。 板塀が端正な「藪蕎麦」、粋な二階建て甘味どころ「竹邑」、天保創業のアンコウ鍋「いせ源」、"手打そば"の提灯が自慢げな 「神田まつや」など。 この辺一帯は、神田青物市場で賑っていた場所でもあったようです。 日本橋から、丁度 1000mほど来たことになります。 ![]() 「以せ源」昭和7年築 「竹むら」昭和5年築 「ぼ多ん」昭和4年築 100mほど今の路を戻り、中央線のガードを潜ると直ぐ万世橋です。 万世橋から秋葉原方面を眺めれば、あたかも香港の風景に似たケバケバしいビルと広告塔の群でした。 ![]() 万世橋の上 万世橋から秋葉原方面 万世橋から神田明神下まで400mの路は、右折左折の連続で分かり難いものでした。 区画の関係でこのように複雑になったのでしょうか。 昌平坂を下り、神田明神下の交差点を左折すると「神田明神」です。 ![]() 立派な明神型一之鳥居 豪華な隋神門 昭和9年造立の御社殿 日本一大きな石造りの大国尊像 ![]() 2頭の親獅子と1頭の子獅子がいる獅子山 同 右より 昭和8年造立 和風の獅子型狛犬 神田明神の向い20m先が、林羅山による幕府学問所「湯島聖堂」です。 ![]() 昌平坂沿いの門 入徳門 奥は杏壇門 杏壇門 奥は大成殿 大成殿 ![]() 大成殿(孔子廟) 付属学寮 大成殿の左側 付属学寮 大成殿の右側 更に600m往くと、丸ノ内線本郷三丁目駅近くの 「本郷薬師」に出ます。 真光寺は移転していましたが「薬師堂」は残っていて、お堂を右に往くと、青銅の「十一面観世音菩薩像」がありました。 ![]() 本郷薬師 薬師堂 同 薬師如来像 十一面観世音菩薩像 本郷薬師の直ぐ裏が「桜木神社」でした。 ![]() 春日通り沿いの神社名碑 神明型鳥居 社殿 本郷薬師の裏から 本郷薬師を中山道に戻り直ぐの脇道が、江戸を所払いなった罪人はここで追放になったと云われる「見送り坂/見返り坂」です。 案内プレートがあり、初めて気が付きました。 ![]() 案内プレート 見送り坂/見返り坂 「湯島不動尊」と言う響きに引かれ、やっと探し当てたのが普通の住宅でした。 塀の向こう側に、微かに読める寺院名板が立てかけられていました。 ![]() よく読めないが寺院名板 ここが本堂か? そうこうして200m、憧れの東大に到着しました。 鮮やかな朱塗りの「東大赤門」は、常時補修されているのでしょうか・・・大変目に焼きつきました。 赤レンガ塀が続く中程に、「日本橋から4Km」の標識がありました。 。 ![]() 旧加賀屋敷御守殿門 銀杏並木と赤レンガ塀 赤門正面のほんの10m先に、樋口一葉ゆかりの寺「法真寺」があります。 ![]() 寺院名碑と参道 本堂と一葉塚 本堂入口に一対の仁王像 小さが由緒ある山門 ![]() 山門前の石仏塚 本堂左脇に腰衣観世音菩薩像と石碑 菩薩像正面下の石仏群 菩薩像左側面の石仏群 ![]() 可愛い青面金剛像 本堂の裏手に地蔵像1 本堂の裏手に地蔵像2 墓地傍に石仏塚 100mほど進むと、久保田万太郎の墓がある「喜福寺」の朱書きの寺院名碑が目を引きます。 参道の奥に、コンクリート2階建ての美術館のような階段がありました。 なぜか、建物の前の駐輪場に石造物が安置 (?) されていました。 寺院名碑と参道 本堂の入り口 駐輪場に石仏・石碑が 東大に沿って300m往くと、二又路に出会います。 「本郷追分」です。 左手やや小さい路が中山道 (国道17号線) 、直進の大きい路が岩槻街道 (本郷通り、都道445号線) です。 日本橋からここまでは、二つの街道が一本の路を共用していたわけです。 正面の角の酒屋の場所が、一里塚跡になります。 本郷追分で暫らく中山道を離れ、寺院が多い岩槻街道に歩を進めます。 ![]() 本郷追分 東大農学部の角を右に往くと、豪華な門構えの「西教寺」があります。 ![]() 酒井雅楽頭屋敷の表門 区指定有形文化財の説明板 そのお隣が「既成山願行寺」です。 「出世不動明王の石碑」に惹かれて、山門を潜りました。 境内では、「四国札所観音霊場仏塔」「に組の石塔」など珍しい石仏に出会えてラッキーでした。 ![]() 山門 出世不動明王の石碑 朱塗りの不動堂 宝篋印塔 ![]() お堂右手に 上3段が十三仏像 拡大画像 不動明王像 墓地の前の聖観音立像と坐像 四国札所観音霊場仏塔 下2段が三十三観音像 ![]() 庚申塔とに組の石塔 拡大画像 青面金剛像の庚申塔 本堂 木造のご本尊 ![]() 釈迦地蔵像を中心に石仏 左手の石仏群 裏側の石仏群 岩槻街道脇の通りを300m進み、日本医大前の交差点を右に折れると直ぐに「根津神社」が見えます。 根津神社には、「乙女稲荷神社」「駒込稲荷神社」等が回遊路のように配置されています。 社殿の周りに巡らされた透塀 駒込稲荷神社 明神型鳥居 社殿前 左右の石造狐 乙女稲荷神社への途中に「6基の庚申塔」などの石造物が配置されていました。 ![]() 6基の庚申塔 古いものは寛永九年(1632) 造立 文京区内で最古の庚申塔 塞 (さえい) の大神碑 ![]() 六代将軍家宣 胞衣塚 五十貫余りの力石 朱塗りの鳥居の稲荷道 乙女稲荷神社 明神型鳥居 各神社を参拝し終えた先には、国宝の「本殿」「拝殿」「幣殿」「唐門」が配置され、豪華且つ神秘的な雰囲気を醸し出しています。 ![]() 右大臣・左大臣を祀る楼門 唐破風屋根の唐門(重要文化財) 社殿・拝殿(重要文化財) 社殿前 和風の獅子型狛犬 根津神社を300m西へ進み、岩槻街道の直ぐ斜め前に「正行寺」があります。 咳どめ祈願の「とうがらし地蔵」が祀られています。 ![]() 参道 本堂 百度石と剥落した地蔵像 墓の入り口に片面剥れた観音像 ![]() 名家のお墓 お稲荷のある地蔵堂 拡大画像 岩槻街道を北に80mほど進むと、右手に朱が目立つ布袋像と 江戸三十三所観音第十番札所「湯オ山常光院浄心寺」が見えます。 ![]() 目印の布袋像 寺院名石塔 狭く込み入った境内 中曽根康弘氏寄贈の鐘 桜の名所 本堂 地蔵菩薩像 モダンなお堂に入った慈母観音 岩槻街道沿いには、方々に「お寺マップ」が掲示されている程寺院が多いようです。 ![]() お寺マップ 浄心寺から150m、「一向山専西寺」の門柱を見かけました。 この辺りのお寺は、敷地が狭く 山門・鐘楼もなくあまりお寺という感じがしません。 寺院名碑 門脇の子育地蔵堂 すぐ向かいに「福壽山大林寺」があり、その門構えは期待を持たせてくれました。 ![]() 寺院名碑 門前の延命地蔵菩薩像 門構え 魚藍観音像と宝篋印塔 だんだん中山道から遠ざかっていくと思い、西へ200mの 江戸三十三所観音第十番札所「金龍山大円寺」に方向を変えました。 入り組んだ路地に忽然と現れた朱の山門を潜ると、正面に 頭に土鍋の焙烙を載せた「ほうろく地蔵のお堂」がありました。 焙烙は、「給料の俸禄」にも通じるということで、私も俸禄が良くなる様にと沢山祈願いたしました。 ![]() 山門 八百屋お七供養のお堂 ほうろく地蔵尊 本堂 高島秋帆の墓は、50mほど戻った大円寺裏の「無量寿」に安置されていました。 ![]() 山門 入り口右手に六地蔵像 墓地の中央に延命地蔵像 墓地の傍に石仏群 ![]() 墓地の奥に高島秋汎の墓 この辺りから中山道に戻ります。 中山道に出て白山1の信号を右に、浄心寺坂 別名「お七坂」を白山通り方向に下った処に、お七地蔵尊の幟をみつけました。 大円寺からは、250mほどの距離でした。 この先の路地風参道を往くと、八百屋お七の墓所で有名な 江戸三十三所観音第十一番札所「南縁山圓乗寺」です。 参道 於七地蔵堂 地蔵菩薩尊 ![]() 真新しい六地蔵像 八百屋お七の供養覆堂 八百屋お七の三基の墓碑 奉納の地蔵菩薩像 ![]() 青面金剛像の庚申塔 白龍弁財天の龍塚 更に200m先の白山下交差点を右折し、白山通りに面する「浄雲院心光寺」に出ました。 安全祈願の「見送り地蔵」など、ゆっくりと石仏鑑賞が出来ました。 ![]() 寺院名碑と参道 立派な山門 本堂 苔生して味わいのある六地蔵像 ![]() 石仏群 釈迦如来と3体の観音像 千手観音と如意輪観音像 5体の地蔵像 1体は首なし ![]() 見送り地蔵のお堂 左脇に青面金剛像の庚申塔 釈迦如来立像と石仏塔 石仏群 150mほど進み、中山道 (国道17号線) との合流地点にある「医王山妙清寺」に立ち寄りました。 ![]() 門柱 階段脇の2体の地蔵像 階段を下りた所に本堂 遅い昼食を終えた後、150m先の儒学者の墓が多い「龍光寺」に向かいました。 東洋大学への通り道なのか、沢山の学生と出会いました。 ![]() 参道 本堂 参道に可愛い道祖神1 可愛い道祖神2 ![]() 2体の宝生如来像 本堂左手に釈迦如来像 本堂の巨大鬼瓦 石仏塔1 ![]() 石仏塔2 六地蔵像 墓地前の地蔵像2体 石門構えの宝篋印塔 石門構えの墓所 墓所内の大日如来像 江戸中期の儒学者の墓 450m進んだ都営三田線千石駅前で、大きな白山通りと合流します。 本郷追分を過ぎると道幅が狭くなり、交通量も一気に減りました。 ここ千石駅前で再び白山通りという名前がつくまでは、通りの名前が見当たらなくなっていました。 ![]() 左手が中山道、右手が白山通り 白山通りを巣鴨駅方向に400mほど進み、道中無事のお礼に「巣鴨大鳥神社」に参拝しました。 神明型の一之鳥居 子育稲荷神社 明神型鳥居 巣鴨大鳥神社 社殿 300mほど進むと、2005年7月に探訪した「徳川慶喜巣鴨屋敷跡地」に出会いました。 もう終着のJR山手線巣鴨駅が見えています。 徳川慶喜巣鴨屋敷跡地 終着のJR山手線巣鴨駅 本郷から白山にかけては、儒者の墓・著名人の墓が多いのに気付かされました。 長泉寺 (渋井太室など)・法真寺 (樋口一葉など)・喜福寺 (久保田万太郎など)・願行寺( 細木香以など)・西善寺 (近藤重蔵など)・ 大円寺 (高島秋帆など)・厳浄院 (山口素堂など)・本念寺 (大田南畝など)・心光寺 (依田竹雲など)・妙清寺 (屋代弘賢など)・ 高林寺 (緒方洪庵など)・龍光寺 (星野東里など)・洞泉寺 (原尚庵など)・・・・お伺いしたお寺・門札のみでパスしたお寺・体力の 関係で廻りきれなかったお寺など様々でしたが、意外と質素なお墓が多かったことが印象的です。 この時勢、ビルの中にある「円満寺」、社殿と住居が一体になっている「湯島不動」、マンションの駐輪場と石仏が同居している 「喜福寺」など思いがけないお寺もありました。 本来、国道として主幹道路のはずが、岩槻街道・白山道りなど関係する通りのほうが賑やかで大きい、という一面も見えて面白 かったと思います。 巣鴨駅に到着したのが14時30分でした。 32℃の炎天下、30分の昼食を除き4時間30分ものウォーキング&石仏巡りは過酷でした。 「中山道」都内残りの志村坂上から先戸田方面の巡行については、涼しくなってから計画したいと考えています。
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