ふじ大山道巡り 2


  先回の「ふじ大山道」巡りで見落としたいくつかの寺院を、改めて探訪しようと思い立ちました。
 まずは、環八通りを下練馬道沿いに「金乗院」(先回探訪しました) の脇の道を、東南にだらだらと下る感じで歩を進めると田柄川
 に出ます。


 田柄川に面して「
慧日山円明院西光寺」がありました。
 山門前の青面金剛像の庚申塔と馬頭観音像は、移設されたものです。
 特に馬頭観音像は、左側面に「西ふじみち」「北とだわたし道」と陰刻があり、元はふじ大山道沿いで富士街道と戸田橋へ向かう
 道しるべになっていたようです。
 また、「血之道地蔵 (別名いぼ地蔵) 」「合掌地蔵 (別名なで地蔵) 」など 名前の通りの霊験あらたかな石仏にも触れることが出来
 ました。

    
    文化七年(1810) 造立        (右) 昭和五十七年 造立   
       山門                  寺院名碑 
                      (左) 享保七年(1722) 造立
                         青面金剛像の庚申塔

             
   山門の右側に並ぶ石造群      (右) 天明五年(1785) 造立  (右) 寛政六年(1794) 造立       拡大画像
                       延命地蔵           三面六馬頭観音   
                    (左) 大正二年(1913) 造立  (左) 元禄十二年(1699)造立   
                       馬頭観音碑
          阿弥陀如来像   
       
    山門の左側に並ぶ石造群       (右) 享保三年(1718) 造立        拡大画像      (右) 安永五年(1776) 造立 
                            延命地蔵                      弘法大師碑_
                      (左) 明治二十五年 造立                   (左) 明和元年(1764) 造立
                         血之道地蔵(いぼ地蔵)                  延命地蔵

 円明院内には、もと弁財天社があったそうで、寺宝の「弁財天像の板碑」が本堂裏手に安置されていました。
 うっかり見落す所でしたが、霊場に入る前に見つけてラッキーでした。
 天女形八像の板碑は、線彫が見事でとても1501年の作とは思えません。
 

 
    文化七年(1810) 造立      (右) 明治十八年(1885) 造立    (右) 昭和四十三年 造立
       本堂              弘法大師_
            九重塔
    右側に九重塔など        (左) 昭和五十年(1975) 造立    (左) 昭和五十七年 造立
    左側に弘法大師像など         水子地蔵像            弘法大師(青銅)像

       
  本堂の左側 墓地入口       墓地入口に時代が新しい六地蔵像       墓地内 三界萬霊の        墓地内 三界萬霊の
  合掌地蔵 (なで地蔵)                             左側 無縁仏群          右側 無縁仏群
        
 本堂裏手にまわる途中に         本堂裏手に七福神像          七福神 弁財天の左側    七福神の中央に 弁財天
   四国霊場入口碑
                           恵比寿・寿老人・毘沙門天   後ろの祠に 寺宝の板碑
     
   文亀元年(1501) 造立        七福神 弁財天の左側  
    弁財天像線彫の板碑 
          大黒天・福禄寿・布袋     

 先ほどの、四国八十八ヶ所霊場入口の細い階段を上ると、中段に「宝篋印塔」が立っていました。
 霊場には、「88枚の霊場写し碑」が整然と立ち並んでいました。
 「三宝寺」の石碑と異なり、全て横45cm・90cmに規格化されているのが特徴的です。
 霊場内には幾つかの石仏が点在し、中央には2mもの本尊「不動明王」が聳え立っているのが印象的です。
 不動明王像は、時代が新しいようでしたが 2mもある火炎光背立像で見事でした。


      
 宝暦十三年(1763) 造立          昭和59年〜63年 造立      霊場寺院名・本尊仏名など    元文三年(1738) 造立    
    宝篋印塔              四国霊場写し碑
        石碑の形式が規格化        聖観音像像
                    
   如意輪観音像             地蔵像             霊場内の中央に本尊 不動明王像      拡大画像

 新旧数多くの石造物を鑑賞でき、予定時間をはるかにオーバーしましたが、充実した気持ちで次の「本寿院」に向かいます。


 営団有楽町線平和台駅を、環八通り沿いに450m進んだ所に「
久遠山本寿院」がありました。
 門柱が脇道に向いていた為、先回の「ふじ大山道」探訪の折には見落しました。
 よくよく見ると、環八通り沿いに大谷石の塀が続いており、直ぐにわかりそうなものでした。
 石造物には、見るべきものが少なかったが、唯一法衣をまとい馬の顔をした「僧形馬頭観音」は珍しかったです。
 ただ、剥落が進んでいるのが気がかりです。
 参道の両側には、十数本の梅の木が並び、ふくよかな香りが印象的でした。
 
   
    環八通りの脇道沿いの      昭和十三年(1938) 造立     参道を左に入ると
      門柱と題目塔          参道に和風の獅子型狛犬        阿弥陀如来像
          
      題目塔           嘉永五年(1852) 造立        昭和四十七年に再建      本堂の右手寿観音像
                      百度石               本堂            (青銅)
         
   寿観音(青銅)像の右隣         文政六年(1823) 造立        聖観音像 (寿観世音 )     卒塔婆の陰に隠れて聖観音像
     僧形馬頭観音像            僧形馬頭観音像



 環八通りを、富士街道との分岐点で北へ約200m入ると、一見豪農の家かと思うほど寺院に見えない一角に当たります。
 「
臥龍山南松寺」です。
 社務所が一般住宅風で、居住空間が全面参道に向いており、実に生活感が溢れたお寺のようでした。
 元々は、下谷稲荷町にあったものが関東大震災後、当地へ移ったものらしいです。
 参道に、様々な歌碑・句碑が配置されていたのが印象的でした。

    
       門柱             自然石の寺院名碑       可愛らしい案内石柱        道祖神の石柱
            
    昭和六十年 造立           昭和十五年 造立              本堂
     親鸞聖人像               十三重塔 




  ふじ大山道巡り

  ☆ 旧川越街道〜所沢道交差地点     ☆ 円明院〜本寿院〜南松寺