旅のページ
2012年8月,中九州をめぐる

今回の旅は,旅立つまでの1週間ほど,夢の中に出て来続けた
「海景色」「タコの干したのがずらっと並ぶ景色」「島影のない夕焼け」「イルカの群れ」
この景色を見に来いよと言われているような気がして,
何の計画も立てず,準備もほとんど無いままに出発した
「行き当たりばっ旅」です。

豪雨 のち 宮崎県真幸再訪・・・     

 お盆休み,明け方は雷雨で目が覚めるほどの大荒れな天候。・・・でしたが,明け方のTVにうつる天気予報で明日からは晴れマークが並びそうな様子だったので,今日は移動,明日以降をお楽しみにすればいいや,それぐらいの気持ちで,そそくさと旅支度をして,霧雨残る中を最寄りの小橋電停駅まで歩き,朝一番の市電に飛び乗り,岡山駅へ。
 駅に着くまでの間も,東西南(北は思い浮かびませんでした)どちら方面に行こうか・・・悩んでるうちに岡山駅前電停に到着。雨上がりの薄暗い岡山駅に入ると,ざわつく声の中でアナウンスが繰り返されていました。
「大雨と雷による安全確認のため,ただいま東京方面に向かうのぞみ号は岡山駅構内で待機中です。新大阪までは,次のこだま号が先に到着の予定です。この後も,東京方面に向かう のぞみ号ひかり号は,遅れや運転中止が予想されます。駅構内の電光掲示板にてご確認ください。・・・」
このアナウンスを受けて,東方面に向かうのは却下。じゃぁ・・・九州方面に向かおう! と決めて,みどりの窓口へ。
 30分後,わたしは新幹線「さくら」号に乗車していました。

 新山口までは,景色が見えないほどの豪雨が窓を横切り,この先大丈夫かな?と思うほどでしたが,九州に入ると まだ時々雨も降っていましたが,雲の切れ間から明るい日差しも時折見られるようになり,熊本に到着。
この「さくら号」の中で,こんな天候だけど さてどこへ行こうかと考えていましたら,あの夢のお告げには全く出てこなかった場所が頭の中を独占していました。
「ここまで来たのなら,『真幸』を再訪問してみようよ」

真幸とは,宮崎県の山間部,肥薩線の中で宮崎県唯一の駅 がある集落です。29年前の冬に,この駅を訪れ,山間部ですから寒い待合室かと思いきや,駅長さんと地元の方が白いストーブに当たりながら語らわれていて,そこに私も加わらせていただくと,駅長自ら温かい飲み物を作ってくださり,たった一人の旅人の私をもてなしてくださったという,そんな思い出のある駅・・・・

よし,天気もよくなさそうだし,そこへもう一度行ってみよう,ということで,最寄り駅である八代(新八代)には「さくら号」は止まらないので,一つ手前の熊本駅で下車。在来線で八代まで下り,そこから肥薩線にて人吉を抜けて真幸まで行こうと決めました。

熊本駅構内では,その行く先である人吉まで向かうSLが待っていました。これに乗っていけばちょうどいいなぁと思ったのですが,残念ながら「全席満席」で立ち乗りも不可とのアナウンスが。
仕方なくこのSLを見送り,次の八代行きに乗車し,続いて肥薩線のワンマン列車で球磨川をさかのぼることにしました。

これまた29年ぶりの球磨川沿いの景色,車窓から見える家々は,山間で涼しいのか,窓やら扉やら開けっ放して過ごしている家が数多く見られ,一昔前の日本を思い起こさせてくれるようでうれしかったです。
 
 


  到着した人吉駅では,先ほどのSLが帰りの運転に向け整備すべく車庫入りするところに遭遇。

少し時間があったので,駅前の温泉にひとっ風呂浴びに。薄汚れた風情がまた,時間の経過を無視したかのようで,素敵でした。
 
でもそんな感覚は私ぐらいのものなのでしょうか,この時,広々とした大浴場にほぼ私一人,貸し切り状態でした。

ホームには立ち売りの駅弁屋さんもいて,これまた時代を何十年もさかのぼったかのよう。こういうスタイルの駅弁売りはほとんど見かけなくなりました。思わず駅弁「栗ご飯」を購入しましたが・・・しまった,写真を撮り忘れてる!! しかも,栗の季節には少々早かった・・・ でも,それなりの味で,まぁ満足。
 


ここからの肥薩線は,山岳鉄道のようになる部分。スイッチバックあり,大きなループを描くルートあり,で景色も雄大だったのが印象に残っていました。(ホントのことを言えば,ここよりも少し南西の部分にかつてあった山麓鉄道のルートが,阿蘇や豊後森エリアと並んで,景色のよい鉄路だったと思いますけどね。)今回は夏ですからもっと緑濃く,素敵ではと思ったのですが,あいにく山間部は曇天のまま・・・それでも当時味わえなかったことが今回はできました。それは,途中下車。
ここは超がいくつつくか分からないほどのローカル線。そんな場所に,たった4駅区間しか走らない観光列車を走らせていて,名前も「いさぶろう」「しんぺい」。自由席は7人分ほどしかない,このエリアには似あわないような豪華な列車が人吉駅に入ってきました。

私がこの区間を以前訪れた29年前,当時はおんぼろなキハ単行でがっちゃんがっちゃんと,重たい音を響かせながらあえぐように登ったこの区間を,この列車は3両編成で,あえぐようなディーゼル音も出さずに・・・
 
さらにこの列車は,お客様へのサービスで,各駅や途中のポイントでは列車を停止させ,周辺観光もちょっとだけできます・・・ 

    まず人吉の次の大畑(おこば)の駅では10分停車。みなさん車外に出て,無人になってしまっている古い作りの駅や,かつての遺構を興味深げに眺めていました。

私も,左の「ホームにある巨大な手洗い場」がなんとも懐かしくて・・・こんな景色がいくつもあり,わずか10分間では足りないほど。ついつい見入ってしまっていました。 
 
  このあと,スイッチバックとループルートを通って,標高差300m近くを一気に駆け上り,次の駅の矢岳(やたけ)へ。写真はそのループの上から見た,先ほどまでいた駅です。こんな場所にも,列車の外には熱心な鉄女さんたちのグループが。

矢岳の駅では,当時ここを走っていたSLが保存されているので,皆さんその車庫へ。その車庫の中には自由に乗り降りできるSLとともに,地元食材を売る売店が出ていて,私も梨を一切れ,試食させていただきました。こんな高原で食べるからでしょう,おいしい!
 


この駅を過ぎると,熊本県から宮崎県へ。またまたスイッチバックでたどり着くのが,私の目的地の真幸です。当時の静けさはどこへ?というぐらいの地元の方の出店が立ち並ぶ駅からは「ようこそ」とお迎えする声であふれ,不思議さを感じずにはいられませんでした。この方々はというと,地域の老人会のメンバー!
     開駅100周年の真幸駅をそのままきれいに保存しようと活動されているとのことで,そのためのグッズ(地元産のおみやげや食材が主)販売だったようです。
私が下車して,この日の商売は終了したらしく,片付けタイムに。片付いた後は,確かに,あの29年前の真幸駅が。うれしくなって ぼんやりと待合室でくつろいでいると「こんなふうな駅が好きな方もおられるでね」(と言われたような気がしました)・・・そう,あの時もこの場所で,でも真ん中に白いストーブがあって,それを囲んで駅長とおじいさんと私がいたっけな・・・

 1段高いところにあるホームに出てみると,幸せの鐘なるものができてはいましたが,それ以外はまるで変わらず。
ホームの上に山津波で運ばれてきた大きな岩も変わらずにそこに。
   
ただ,当時は単なる大きな岩だった,山津波で運ばれてきた岩が,今はその表面から芽が出てかなり大きな枝葉も出てる姿を見て,これが29年の時間経過だなと,苦笑いしてしまいました。

  鹿児島県の吉松から引き返してきた列車に乗って,先ほど出発した人吉まで戻ることに。スイッチバックして上っていくルートで,もう一度 真幸駅の姿が見えました。売店を片付けてくつろがれていた皆さんが再び,お見送りに出てこられていて,旅人としてはうれしい瞬間をいただけました。
日に数本しかない列車だからこそ なのかもしれませんが,この方々の熱い思いは再び降り始めた雨も吹き飛ばしそうな気がして・・・眼下に遠のく真幸駅が ぼやけてみえて・・・・
 

人吉駅に戻る数分前,左手の緑の森に囲まれた中に,なんとも静かな球場を発見。「川上哲治記念球場」というプレートが見えました。「巨人大鵬卵焼き」という不思議な言葉ができるぐらい人気があったらしい「巨人」の選手で名監督だった方。その記念球場がこんな場所にあったんだ・・・にしては,また山奥にあるものだなぁ・・・
(どうしても列車からご覧になりたい方は,人吉側からなら進行方向右側,球磨川を渡って数分後に突然現れますので,どうぞ。)

人吉駅では,九州横断鉄道という名前の列車が待っていたので,これに乗ってみました。文字通り,人吉を出て熊本を経由し,阿蘇を抜けて大分まで行く,という九州を逆「つ」の字に走る列車です。そのはずなのですが,直近の夏の集中豪雨で阿蘇付近が現在運行できない状態とのことで,私が乗った時は熊本までの短い区間だけ走る列車でした。ですが,名前はそのまま・・・ 
この列車からも,球磨川の激流下りをしている船を何艘も見かけることができ,船頭さんもその乗客からも手を振られて・・・うーん,旅してるなぁ・・・

さて,このまま次の目的地,当初の目標だったあの景色を見に(人吉駅のポスターやパンフレットでイメージ通りの場所を見つけたその場所に)向かえばいいのに・・・ どうしても寄り道大好きな私は,ポスターで見た夕焼けやイルカたちの姿が出ていた「下天草」の向かいの島原半島が気になってしまい・・・ 熊本駅に着いたときにはもう真っ暗になってしまったこともあって,すぐに天草に行かず,予定もしていなかった場所「島原」へ向かってしまう私・・・・


next・・・島原半島西部をめぐる





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