旅のページ
2004年12月25日〜元旦
Vol.1 25〜27日

出発前に手に入れたDVD・・・
 年末のあわただしい地元の某ビデオショップで,偶然に見つけた「池中玄太」。知る人ぞ知る?丹頂鶴のシーンが見ものの?名作(他にも「必殺」のエンディングでも山崎農園の鶴たちが優雅に舞いますが)。思わず「鶴よ舞え,妻の一周忌」はないかと探しました。ありました。今までビデオでの発売もなかっただけに,うれしくなって帰宅してすぐに正座して視聴してしまいました。23年ぶりの玄太の再会,幼かった三人娘,それよりも何よりも,釧路某所で撮影された鶴の登場シーンを繰り返し見てしまいました。東亜国内航空といい,美幌行きの懐かしい阿寒バスといい,そしてちらちらと写る釧路湿原・・・ もう思い切り北海道モードになってしまった私。
「いくぞー北海道!」・・・気がつけば,私はTisのカウンターに。にこやかに「今年も北海道の里帰りですか」と語りかけてくれるO本さんの前に座っていました。


 24日,仕事にけりをつけて(山のように残して),25日には北海道上陸。北海道に住まれる恩師たちもおいそがしいので,ごあいさつもせぬまま,気がつけばいつものように元国営の動くホテル「まりも」(寝台列車です)の車中にいました。偶然にも師匠であるSCP(SingerChariderPhotographer)福田様が寝台車両でお休みだったらしのですが,そのようなこととは知るよしもなく,26日早朝,釧路に到着しました。


とにかく最初は「タンチョウ」と対面? そして・・・
 冬場レンタカーが使いこなせない私にとって,頼みの綱は「バス」。阿寒バスの時刻が変わっていないことを確かめて乗り込んだが,何を勘違いしたか阿寒行き(山崎農園方面)ではなく鶴居川湯方面行きに乗ってしまっていた。まずいっ,昼ご飯の調達をせずに乗ってしまっていた! もう一つの方ならば,昼ご飯の心配はいらないが,鶴居方面では,昼ご飯の確保はまず無理。トメおばあさんのいる鶴見台なら1軒あるけど・・・
 と,思っているうちに鶴見台を通過し,やはり伊藤さんのサンクチュアリに向かうこととなった。この日の昼は,持っていたキャラメルでしのごう,そう決めてサンクチュアリまでの道を歩いていた。

 が,こんなにして来たサンクチュアリであったが,かんじんのタンチョウたちは,ほとんどやって来ず,風もないので遠くに飛来しては飛んで行くのみ。給餌の時間も午後2時から朝に変更になったようで,すでに飛んでいってしまっていたようだった。あーあと思い始めると,空腹のおなかが騒ぎ始め,たまにはきちんと食べようかと,数少ないバスに乗って鶴居市街の人通り少ない繁華街?を通り過ぎ,保養センターへ。

 ここで,不覚にも,昨夜の夜行の疲れからソファで熟睡・・・・そばに置いていた荷物が無事で何よりだったが何をしに来たのやらとなってしまった。急いで遅い昼ご飯をすませて,1時の便でサンクチュアリに戻った。
 相変わらずカメラマンの姿はほとんどなかったが,タンチョウたちは少しずつ来ていた。でも,やっぱり遠くに。仕方ないかなと思い始めたところで,数少ないカメラマンの方とは違う観光のドライバーさんと話を始めた。これがきっかけで,車に乗せてもらうことに。夕暮れぎりぎりまで撮影して,この方の車に便乗させてもらって,塘路方面に向かうこととなった。

 コッタロ湿原を越える道のことをよくご存じなかったので,説明し,音羽橋以外でタンチョウが川で遊ぶのを見られるポイントにも立ち寄って,ドライバーさんへの恩返し?もしながら,と寄り道をしたので,コッタロ湿原に入る頃にはすっかり日も暮れて,夕暮れの赤と,月の姿が他が確認できる頃,4時過ぎとなっていた。
 二人とも「あっ」と声を上げて,運転手さんも車を止めてしまった。道路脇に鹿の群れがいたのだ。
 車内から見つめていたが,運転手さんは暗くなっていく景色に早く出発したそうになっていた。私はというと,もう少し見ていたい,出来れば写真も撮りたい,そんな気分だった。だから,ここまでのお礼を言って,降ろしてもらうことに。「大丈夫?」と心配してくれる運転手さんに「ここから2時間ぐらいで塘路駅があるから,歩いていくよ」と告げて,お別れをした。何度も歩いた道ではあるが,この日は荷物がフル装備(25kg),若干お別れしたことを後悔したが,それよりも目の前にいる鹿たちの大群が私を興奮させてしまっていた。(写真はこちら)

 約30分間,この地につっ立って見ているうちに,ぞくん,寒気が。風はほとんどなかったけれど,ここは冬の北海道,しかも日の落ちたこの時間は,どんどん気温が下がっていく・・・ シャッターを切るたびに鹿たちは当然遠ざかっていくから,早いこときりつけて塘路駅へ,汽車に乗ろう,そう思って25kgの相棒(荷物&機材)を背に歩き始めた。昼間ならば初渡道以来30回ぐらいは行き来したことのあるこの道だったが,夜のこの道は初めて。昼間とは全く違って見える景色(当然夜だから・・・),低い木立の中から鹿や他の生き物たちから見つめられているのがびしびしと伝わってくる,この雰囲気は,初めての体験。最初はあんなに光り輝いていた月が雲間に隠れてしまったこともあって,荷物が肩に食い込んでえらいけれど,歩が早くなっている自分に気がつきました。二本松橋を渡り,サルボの方向に時折暗い空を照らす車のライトが確認できた時,ちょっとホッ,そして周りから生き物たちの気配が消えていることにも気づきました。
 重くなりつつあった足どりだったが,列車の時間も近づいているので(2時間に1本しかない),気持ちばかりせいていた。未舗装の道ではサクサクと歩きやすかったのだが,舗装の歩道になったとたんツルツルの凍った路面になり何度も滑りそうになって,ペースはさらにダウン。それでも2時間と数分歩ききって無事,終電1本前の釧路行きに乗ることが出来た。汗だくで暖かい車内に入ったにもかかわらず,ロングシートに座ってしまって涼しいデッキに行くことが出来ないでいる自分がいました・・・・


で,また翌日も鹿たちに会いに
 昨日のツルたちが無風の中で今ひとつの状況,そしてこの日の天気予報も風のほとんどない穏やかな天候ということで,鹿たちに会いに行くことにした。朝一番の列車(5時59分)で行くつもりだったが,昨日の疲れもあったのか見事に寝坊。第2便の9時(この間3時間も列車はありません)発の快速知床に乗って塘路についた。今年のこの付近の情報を,塘路駅の喫茶店「ノロッコ」のマスターであるM田さんから仕入れようと思ったが,あいにく本日休業。今年の野犬情報が聞きたかった(昨夜歩いている時にはすっかり忘れていたのだが,よくよく考えるとあのブッシュからの視線が野犬だったのかもと思うと,ゾッとしたのだった)が,仕方ない,出たとこ勝負かな,とりあえず出てきてもいいように身構えて,と言い聞かせてまず二本松まで向かった。

 が,思いのほか身体が動かない! 昨夜ぐらいのことで情けないなぁと思いつつ,この日二本松周辺で過ごすことに方針変更,ゆっくり準備に取りかかった。山肌が残雪のように雪を残すのみで,まるで春のような景色が,二本松の山には広がっていた。
 残雪と固い地面を蹴りながら二本松の丘を登っていくと,鹿たちが身構えて出迎えてくれた。昨夜はあれだけ気配を感じたのに「見える」という思いが勘を鈍らせているなと思った。所詮,自然から離れて日頃生きている自分は退化した生き物なのだな・・・と。そんな私を尻目に,鹿たちは(左写真のように)どんどん遠ざかって行くばかり。
 ならば,自然と一体になって待ってみればと,二本松の南の森の中にある凍湖(凍川)に向かい,倒木に腰掛けて約1時間ぼけーっとしていた。森の奥でごそごそしている鹿に気がついた。昨年の反省からお気に入りの場所とおぼしきゾーンへと反対側で待っていると,森の奥から何頭もの鹿たちが登場して,思い思いに楽しんでいったり,枝をかじったり。そして右の写真のように,親子で語り合うようなしぐさに見えるシーンにまで遭遇することが出来た。
 いろんな鹿たちが,凍湖の畔に下りてきては,私の存在に気づいたのかこちらを見つめていたが,二本松の丘でのように急いで遠のくことはなかった。ほのかに風がそよぎ始めていた。私が風下にいたのも幸いしたのであろう。
 今日ばかりは暗くなってから帰ることはさけたかったので,14時29分の列車で釧路へ向かった。えっと思われる向きもあるかもしれないが,この次の列車は17時56分,もうすっかり日が沈んでしまっているのである。


 
翌28日,国際タンチョウ保護センターへつづく・・・




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