旅のページ
2007年12月23日〜
vol.1 旅はやっぱり○○との出会い・再会

出発時間は迫っているのに
・・・職務忠実なカウンター,走れや走れ・・・


 前日に取れた格安チケット・・・だったのに・・・
 昨年度「出発空港」である岡山でだけ申しつけられた「荷物の重量オーバー」による課金(他の空港では同じ荷物なのに課金なし・・・何で?)を考慮して,「去年は25kgまでならOKだったよな」と記憶をたどって荷造りをしました。いろいろあって出発25分前に空港に着いて,時間はぎりぎりなのですが今年は荷物重すぎで超過料金なんて取られないはず,これで間に合ったスンナリ乗れる,と思って問題の手荷物預け所へ。今年は大丈夫,と思っていたのでしたが,この出発時間が迫っている時にまさにカウンターパンチ,にっこり微笑まれて「お預かりいたします荷物は重量オーバーです」! たずねると,今年は20kgまで無料お預かり,とのこと。(ちなみに,同じ重量にもかかわらず,帰りの釧路空港では『問題ございません』・・・同じJALで,何で?)
 制度?だから仕方ないとしても,もっと辛かったのは,このあと。超過料金を払う手続きをしている間に,出発時刻が迫り,早くチェックインしろと名指しで空港内に放送が流れる・・・でもまだ保安検査場だって通っていないのに,あいかわらずカウンターの方はこの放送なんて素知らぬ顔で,実にゆっくりとした対応・・・私を急がせたいの?それとも・・・?

 地元だから特に書かなきゃいられないです・・・いろいろな旅先で旅人に対するその対応の温かさ・親切な対応・素早さ・手際よさを,これまで何百回と各地で感じてきただけに,それでなくても「もてなす心」の不足を感じることが多いこの岡山を,この空の玄関口でも感じさせられてしまったことを残念に思ってしまいます・・・

 1階でのこんなやりとりが終わって,時刻はもう出発時刻を過ぎていました。2階の保安検査場までの約50mをダッシュし,その入り口で「急いでください」と言われ,苛立ちながらその足でチェックインゲートも走り抜け,肩で息をしながらたどり着いた飛行機,は私を乗せたとたん扉を閉め,席に着くかつかないかでもう動き始めていました。あまりの暑さにTシャツ1枚になったけど,そんな格好は私のみ(当然。だって今は冬。)。なんともばたばたした今回の旅のスタート・・・少々悪い予感・・・


 旭川空港到着・・・
 例によって無事つくことだけを願いながらのフライト(相変わらず飛んでいる時の飛行機は苦手です)も終わり,今回の北海道上陸地は旭川。「旭川到着のパターンでチケットをとれば,今年は5万円で往復の飛行機を押さえられるよ。」というレッドバルーン社のカウンター嬢に言われるがままコースを決めたのでしたが,この年末年始の季節なら間違いなく雪深いはずの旭川空港にして,地面の雪はちらほら。到着時の気温もプラス6℃。天気も良好過ぎるほど快晴。こんな条件が整ってしまっていたので,空港を出てバスやタクシーへの行列を尻目に,JR富良野線の最寄り駅をめざして「岡山だけの重量オーバー32kgの荷物」をしょって歩き始めました。・・・この時点では,いろんな不可解なことがあってもまだすこぶる元気だった私です。

 本当に「うっすら」しか積もっていない雪の畑をながめながら,空港からの下り道をテクテク・・・西聖和駅まで1時間ほどの距離(またしても地図なんて確認しないで歩いたので,もっと近い道があったかも)。駅が見えてきましたが,その彼方に旭川方面から汽車が・・・ダッシュ! 無事美瑛までの車中の人となった・・・はずだったのですが,座ったとたんに,なぜか猛烈な睡魔が・・・ 結局は富良野まで乗ってしまい(熟睡),再び乗り直して美瑛まで行くはずが,かんじんの美瑛に居を構えたはずの同級生かーたんさん不在(この時間においでって朝は言ってくれたのに・・・?)で連絡もつかず,そのまま旭川へ行ってしまうことになりました。

 旭川の某ホテルに1泊宿泊する約束で5万円になっている今回のディスカウント旅費設定,当然?宿泊しない場合は帰りの飛行機はキャンセルとみなす,というレッドバルーン社からの厳しい条件提示を承諾しての旅でしたから,さっそくそのホテルまで歩きました。私のいでたちでは入りにくいようなそのホテル(何でこんな立派なホテルに泊まって逆に飛行機代が抑えられるのか不思議・・・)にチェックイン。私には滅多に味わえないような荷物を運んでくれる方がいるようなホテル,でもその荷物係さん(女性)が私の荷物を持とうとしてよろけたので,あわてて他の荷物係さんがヘルプ,何だか申し訳なく思ってしまうほどでした。何となくフロントのマネージャーらしき人の視線が・・・荷物係は部屋へ向かうエレベーターへ急いだような気がしたのは,気のせい?

 少し硬い表情がエレベーターに乗って少し溶けた荷物係さんたちとともに部屋へ。豪華すぎ!やっぱり,私にはどうにも居心地が・・・で,部屋に荷物を置き,すぐさまホテルを出発。まだ日暮れ(3時過ぎにはもう薄暗くなる旭川でしたが)までもう少し時間があったので,街歩きを楽しむことにしました。
 ねずみ色の空になっていたけれど,温かな風(マイナス1℃という表示でしたが)に誘われて,何も決めていなかったのだけど,気の向くままこの時は東に向かって歩き始めました。旭川空港からみたいに気張って歩いたりせず,のんびりと歩くこと約20分,不思議なお店?を通りの向こうに発見。何ともにぎやかなディスプレイに,何屋さん? 行ってみたくなり通りを渡って入ってみようと思ったけれど,残念ながら入口は閉まっていました・・・さてここは何屋さんなのだろう・・・(ご存じの方,教えて頂ければ幸いです)


 上川にて,田中さんとの再会
 さすがに北の都は日暮れも早く,夕暮れ時の4時に,次なる再会の相手に連絡を入れると,大忙しの様子。日曜日なのがかえって災いしたのかと思ったので,その方の居住地である上川へ向かい,現地で会うことにしました。で,列車出発には早い時間でしたが旭川駅に行ったら,クリスマスコンサートが構内で催されていて,こういうのに速攻で捕まりやすい私は案の定すわって聴いてしまいました。そんなことをしている間に,数少ない石北本線下り便が出発してしまいました・・・「しまった!」あわてましたが,でも次の便の方が先に着くんです。特急料金は必要になり,またまたいらぬ出費をすることになるのですが。

 上川駅到着17時31分。実に24年ぶりにこの駅の改札を出ました。24年前,その当時はすぐに駅前からバスに乗り,層雲峡をめざしました(その翌年はこの付近を自転車で走りました。もちろん,冬ではありません。)。それ以前も何度もこの駅にはお世話になっています。今期でついになくなってしまった,当時は大雪という夜行列車の乗り換えで・・・

 今回は,この駅で待ち合わせ。約束の時間まで間があってしばらく暇なので駅前をぶらぶらしようかと思い,ほとんど真っ暗な中を駅前に出てみると・・・ない! 覚えている風景が,きれいさっぱりとなくなっていました。駅前の細い道にバスが止まり,店先すれすれを走りながら,という光景だったように記憶していたのが,同じ駅前が,ただただ「だだっ広い」。記憶とのギャップに,思わず駅の中に戻ってしまいました。駅の中も心なしか狭く感じましたが,もっともそれは,この時期無謀としか思えない(書いてて自分にツッコミ!お前も真冬の北海道で駅寝したくせに!),駅待合室に何本か横たわっていたシュラフのせいかもしれませんが・・・
 唯一,変わりなく残っていたモノを発見。改札口の上に飾られた銀河の滝を撮影?した古い写真看板。まだ舗装もされていない道から見た滝(後から田中さんに聞くと「こんなふうに道路から滝を見ることはもう出来ない。今は崩れてここは全部トンネルになってしまったから。」とのこと。)。記憶違いでなければ当時見たそのままだったから,ちょっとホッとし,そんな時に駅前に近づいてくるヘッドライト。2年ぶりの再会,でしたがせっかくの機会なのにカメラを忘れてきたことに気づき,あーあ・・・

 上川の道の駅で働かれている,26年来のおつきあいの田中さんとの再会でした。上川のおいしいお店(もう暗くて,看板の灯も落としていて,何屋か分からなかったけれど)にて,ジンギスカンをいただく。地元でも手に入りにくいというおかし「ジャガポックル」もいただく。この日,岡山を出て東京羽田空港内で朝兼昼ご飯を食べて以来の食事。だからたっぷり食べたので「元気そうでよかった」と言われてしまった。それは昼抜きだったから・・・とは言わずに,この田中さんとの会話を楽しむことに「集中」しました。何しろ今でこそ北海道在住の田中さんですが,元々は山形出身。もちろん,岡山出身の私には90%理解不能な山形弁がやっぱり出てくるわけで,よーく聞いていないと意味が分からなくなりやすいんです・・・

 一昨年の旭川編に続き,今回も田中さんの運転で真夜中の上川を車中より観光。上川といえばスキージャンプの元オリンピック金メダリスト(団体)原田雅彦の出身地。あそこが生家,と言われた先に灯りは・・・見えなかった。上川のメインストリートも走ってくださった。24年前に乗ったバスでも通った道,23年前の夏にもチャリンコで走った通り・・・だったよなあと,ほんの少し記憶がよみがえった。ちょっとだけ自分の記憶力をうれしく思う瞬間・・・でも,午後7時,開けている店はほとんどなく,通りの家やお店の灯りも本当にまばら・・・

 駅前で奇跡的にまだ開けていたお店に入り,一緒にコーヒーを飲みながら,午後8時20分の旭川方面最終列車を待ちました。コーヒーだけ注文したのに,このお店ではお菓子も当然のようしっかりついてきて,満腹で私的に腹具合は打ち止め寸前でしたが,いただきました。ここで長年の疑問〜田中さんの実年齢を知り,ちょっとびっくりさせてもらいました。

 駅へ戻ると,すでにシュラフに入って寝ている人もいて,次の最終列車が出た後はストーブの火も落ちるだろうに・・・と思いながら苦笑してしまった。シュラフすらない状態で冬の北海道の駅で夜明かししたのは誰だっけ,しかもここよりもっと寒い音威子府で,だったよなあ・・・今考えれば本当に当時無謀なことしていたなあと,あのころの自分自身を思い出していたら,駅待合室の古ぼけた写真を眺めていた田中さんが,上記のように銀河の滝の解説をしてくれたのでした。・・・そうこうしているうちに,少々遅れて旭川方面行き最終列車が到着。「またいつか」と,いつになるか分からない再会を口にして,再び車中の人に・・・・

 午後9時,旭川に帰って来て,2年前には光り輝くほどあったはずの駅前のイルミネーションが今年はあまり輝いていない歩行天の通りをのんびり歩いてホテルへ。部屋に着いたとたん,その温かさから睡魔再び一気に忍び寄り,そのままの格好で,爆睡・・・


 23年ぶりに,背中に激痛直撃!
  ・・・大ピンチ旭川→釧路・・・

 そのまま寝てしまったので翌朝,朝風呂に入り,体を目覚めさせて,少し早めに旭川駅へと向かいました。もちろんあの荷物係泣かせの?荷物をせおって。朝ご飯の調達が必須だったから急いで,この後悪夢を見るなんて夢にも思わなかった旭川駅に到着しました。着いてわずか30秒後のことです,荷物を背中から降ろした瞬間に
バキッと背中が叫んだ!
 思わず唸ろうとしましたが唸ることもできず,かといって座り込むこともできず,石像のようになってしまった私・・・手足がしびれて動けないのです。23年ぶりに聞いてしまったこの背中の叫び声。初めて沖縄に行く前の就職試験(実技試験)中に転落して背中に激痛がはしった時とまったく同じ音・・・
 あの時は夏で体も当然温かかったから,しばらく横になって休めたら,無理してでも沖縄行きの船に乗ることも出来たし,また,無理をして出かけて潜った沖縄西表の海で,水圧がかかっために骨格バランスが整えられて,腰を中心に背中に広がっていた体中の痛みがウソのように治ったのでしたが。今回はあの暑い時期と正反対の,寒い寒い北海道。痛くて荷物を背負うどころではないけれど,乗る予定にしていた列車の出発時間は迫ってくる。じっとしたまましばらく自分の体と相談・・・,どうやら右半身は大丈夫そう・・・のようだったから,右半身を頼りに荷物を背中に乗せて「行くしかない」と決め,駅の中へ。

 この時はまだ旭川駅は高架の工事中だったから見えなかったけど,昔から不思議なぐらい改札から離れて遠くにある富良野線のホーム。この日はアクシデントのおかげで一段と遠くに感じられました。ようやくホーム到着。幸い乗客がほとんどいないので,快速狩勝の最後部ロングシートに「横たわり」富良野まで痛めた背中から腰にかけてをめちゃくちゃ暖かいロングシート下の暖房を有効利用させてもらって温め続けました。普通列車なのにこんな寝っ転がった格好で最後まで乗らせてもらえて,少しは回復,朝ご飯を調達しに富良野で途中下車もでき,荷物なしなら支障なく歩けるまでに。もちろん左足を着くたびにズキンと背中から腰は少し痛みましたが。
・・・なので,この夜の旅の語らい場として選んでいた塘路ゆーすはキャンセル(行きたかったのですが,荷物を背負って宿までのわずかな距離の登り道を歩く自信がなかったので),釧路でしっかり体を休め病院にも行くことに。例年ならその過度な暖かさが辛いJR北海道ですが,今回は過度に温かな車内にしてくれていた(狩勝もおおぞらも)おかげで,帯広で乗り換えた後もひどい痛みにならずに釧路まで行くことが出来ました。

 釧路到着。すぐに治療に。高校時代救急車で運ばれたケガの一件から整形外科よりも整体の方に信頼の針が振れている私なので,その昔ここ釧路で倒れた際診て頂いた病院の近所の整体へ。旅先で仕方なく飛び込みお世話になった病院や診療所は10軒は超えている私ですが,不思議と今までただの1軒もハズレだったことがない私です。他にも病院や診療所もあるのに。・・・で,今回のこの整体診療所はというと,診療中は猛烈に痛かったけど,結果は◎でした。「寝る前に背中から太ももにかけて20分は温めて」「よーく温めてからストレッチを」等のアドバイスどおりにこの夜するとさらに痛みは薄らぎました。が「荷物を背負って歩けるように?・・・なら今は出来るだけ横になって休め。せめて2日は何も背負わずに歩くのもゆっくりにして,回復を待つこと。」と言い含められて,この日と翌日はおとなしく釧路で休養。もっとも,この時の釧路・釧路湿原には全く雪がなく,冬景色は望めず,絵になる風景も厳しかったので,写真撮影に出かける気力も湧かなかったのではありましたが。

 「何でこんなに暖かいんだ」とイライラするような陽気の,雪一つない釧路でしたが,今年の今回に限ってはこの暖かさが体の回復を早めてくれるかもしれないと,ありがたく思ったのでした。




 ・・・横になっていてもお腹はすくから,に続く・・・




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