沖縄2011

2011.8.15〜20



慶良間諸島

 旅のプロローグなんて,いつもバタバタしてる私。今回は新幹線代を払っても,岡山から沖縄まで往復する正規料金の半額で行けるからということで,神戸空港発の沖縄便を直前に手に入れて,出発しました。神戸空港は三宮からのアクセスも楽で,これはよかったなぁと・・・(そう思ったのですが,帰る際にはなかなかな事件も・・・最後に書きますが,すんなりといかないのが,やはり私の旅のようです。)

 巨大になった那覇空港に到着。前回訪れたときにはまだ,離島行のJTAが別の那覇空港だった時代ですから,正直とまどうばかり。それでも大きな行き先表示に助けられて,すんなりと「ゆいレール(日本最南端最西端の電車・・・モノレールですが)」に乗ることができ,見栄橋という慶良間行きの船が出る泊港にほど近い駅で降りて,そこから徒歩5分・・・

 人混みと雑多なバス自動車類の喧噪の中に,海の匂いが,波の音が,聞こえはじめると,もういてもたってもいられない・・・かけだしていました。港のターミナルは巨大な建物「とまりん」という複合施設になっていましたが,離島航路のそばには,懐かしい建物がまだあって,

「帰ってきたよぉ!」と言いたくなるような気分でした。

 前回は乗れなかった高速船に乗って,一路西へ。すでに彼方には渡嘉敷島が見えています。距離およそ40km,1時間ほどで到着です。
 最後に訪れてから数えると,実に17年ぶりの慶良間諸島訪問です。しかも,前回訪れた座間味島が,今回もベースアイランドになります。とはいえ,きっといろいろなことが変わってしまっているはずです。

 当時の思い出で動いていたら浦島太郎状態になるであろう事は十分に考えながら,船のデッキで風に吹かれながら(時には2階部分まで飛んでくる潮しぶきを浴びながら)過ごしていました。左のような景色を見ているうちに,日が西に傾きかけた17時前,ようやく懐かしい島影が見えてきました。

 座間味島,到着。桟橋にあふれる,折り返しで帰る人々の波の中を抜けると,今は使われていなさそうな懐かしい建物(旧 港の待合室?)が見えてきました。今はコミュニティの施設になっているそうで,この夜も9時半頃までエイサーの練習や,その関係かどうか分からないけど歌声も,ここで響き渡っていました。

 前回この島に来たときには,宿も決めずに降り立って,不安な思いの中で,仲村旅館の女将さんと出会ったっけなぁ・・・桟橋から今回お世話になる宿まで歩く間,そんなことを思い出していました。荷物を置いたら,あの仲村旅館を探してみよう・・・・
 でもそれは,やらなきゃよかった行為でした。17年前に,私に素敵な思い出を残してくれた仲村旅館は影も形もありません。跡であろうその場所は,更地。そしてそのそばには,なかったはずの小さな小さな遊園地・・・・
ちょっと肩を落として,帰りかけましたが,すぐに宿に帰る気にならず,もう一つの思い出の商店「105」を探しました。
これは,健在。当時食べるのもちょっと考えてから,口にしたパンなどの食材が,少〜し改善されてる! いや他の食材や生活雑貨はなかなかに充実してる! 明日のために,オリオン1個と,冗談メニューの「慶良間鹿の運知」を買って帰りました。

 夕食を食べて,でもまだ空に明かりが残る夕方,海岸を東に向けて散歩しました。道路はすぐになくなり,あとはずっと珊瑚のかけらで埋め尽くされた白い海岸線。その途中で足元を走り回るヤドカリたち。その数の多いことと言ったら・・・写真は,引っ越そうかなと思案中?のヤドカリ君。帰り道でもう一度同じ場所を通ると,この大きな貝殻がのっそりのっそり歩いていました。どうやら,もっと大きなヤドカリ君がこの貝をいゲットして歩いていたようでした。
 この小さいヤドカリ君,その後どうしたのでしょうね・・・・

 今宵は,波の音を遠くに聞きながら,予想以上に涼しい風に包まれながら,眠りにつく・・・はずでしたが,私の部屋の下は「ゆんたく」状態でとってもにぎやか・・・もちろん目が冴えてしまいました。ひとしきり泡盛でいい気分になって,さていつ眠りについたのやら・・・・



和山海雲さんと慶良間の内海

 2日目。風は少々西よりに吹いているものの,快晴です。3日間の海中散歩を楽しむべく,船を出していただく和山海雲さんのお店へ。今日のお客は4名。ご夫婦で参加されているなじみの方と,さすらいのスキンダイバーさん(女性)と,私で,10時過ぎに港東側から出発。途中から乗って来るという2名の女子大生さんたちのことも聞きながら,今日の最初のポイント「阿真」へ。

 ここは,満ち潮の時ならば「ウミガメ」に会えるポイント。前回持参のフィルムカメラでは追いかけられなかったウミガメを,今度は撮影するぞと気合いを入れて,エントリー・・・うーこれが沖縄の海か?水が冷たい! と思いつつ,でもウミガメの姿を探して,水深2〜4mの部分を漂うこと3分・・・いました!

 「やまちゃん,次のポイントに移動するよ」と言われるまで,もう夢中になって,水深12mまでOKというコンパクトデジカメを酷使していました。ウミカメと一緒になって海中散歩することおよそ20分・・・でも,私にとっては一瞬だったように感じられるほどの時間でした。沖合に遠ざかっていくウミガメを見送りながら,次のポイント安慶名敷西へ。

 さすらいのスキンダイバーさんの向こう側には,慶良間諸島西側の島影と,海面上からも確認できるほどの珊瑚の海・・・と思って潜ったのですが,ここは,珊瑚の壊滅的な状態を見せられました。確かここには17年前に,当時この座間味でお世話になったダイビングショップ「オイコス」さんたちがスキンダイブの私もつれてきてくれたポイント。当時の,花畑のように海中を彩る色とりどりの枝珊瑚は,どこにも見あたりませんでした。

 かわりに,珊瑚の子どもたちを移植し,再生させようと試みる様子を見せていただきました。一つ一つ,潜っては手植している姿を想像するだけで,破壊は一瞬,でも再生には長い道のり・・・
 ちなみに,この場所の枝珊瑚が壊滅的な状況になったのは,自然破壊ではなく,オニヒトデの爆発的発生と,台風によって海水を攪拌した結果,だそうです。

 次は,無人島の嘉比島南側の「ブツブツサンゴ」ポイント。小ぶりながら,まさに「ブツブツ」と生息している珊瑚たちの海でした。でも,私的には,このエリアは「小魚の楽園」というか,「小魚の大群に取り囲まれる場所」と言うべきかと・・・ 右のような状況に何度も遭遇し,取り囲まれてしまうこともしばしばでした。

 船長さんに「餌付けでもしていたんですか?」とたずねてしまいました。答えは「NO」。そもそも,餌付けは生態系や環境破壊につながるので,ここではやらない(やってはいけない)のだそうです。

 嘉比島の,今度は東側に少しだけポイントを移動して,ここもおすすめだよと言われて潜ったのですが・・・本当にほんの少しだけ移動しただけなのに,海の中の景色はまるで別世界でした。下の欄にも載せていますが,ここもウミガメポイントと同じぐらい,写真をパカスカと撮ってしまいました。

 この日どこも8月の沖縄とは思えないような「ひんやりした」海水温だったのに,この日ここだけは少し心地よい海域でもありました。それも関係があったのかなと思いましたが「珊瑚にはあの少しひんやりした海水温が一番生育しやすいんだ」と聞かされて,自分が心地よいからというモノサシだけで計ってはいけないよなと,はっとさせられました。

 次に訪れたのが,これまたほんの少し船を移動させただけの場所で,「海底砂漠」というポイント。写真ではうまく写っていないのですが,確かにほんの少しの珊瑚の周り,というか見渡す限りと言ってもいいぐらい,真っ白な海底でした。海底まで行くと水深10mを越えそうなので,ここでは写真は断念。自分だけで潜って眺めるにとどめました。

 かわりに,浅瀬のエリアを探して,この場所の珊瑚たちを探してみました。
 ほんの少しではありましたが,
このポイントでも,かわいい珊瑚たちに
出会うことができました。

 この日の海中散歩は,これで終了。すでに船を出航させてから5時間以上が経過しています。もともとは「4時間の海中散歩」ということでしたが,この日は少しサービスしてくれたのかもしれません。

 で,翌日もう1日,この船長さんにお願いして,船に乗せてもらうことに。いい場所を知っておけば,次に行くときに「ここはこんな素敵なところだよ」といろいろな人に言えるので,お勉強・・・・

船から下りて
 さすがに船に乗っていた時間も多かったとはいえ,長時間泳いでいましたから,身体は「ばてたぁ」と訴えてきました。もう1ポイント,ビーチからのエントリーで潜りに行ってみようかと思っていましたが,こんな状態なので自重。シャワーを浴びてシュノーケル3点セットやカメラを洗って干した後,夕暮れまでの時間を,港付近をぶらぶらすることに。換えのTシャツを持って来忘れていたので,港の観光案内所で購入し,すぐに着て過ごしました。たくさんのデザインがありましたが,今日の思い出に,ウミガメがデザインされたものを選んで。

 さて,夕暮れ。昨日もなかなかのサンセットだったのですが,この日は快晴の中の日暮れ,しかも月の出も遅くなるとあって,昨日以上の星空を期待し,でもコンパクトデジカメしかありませんから,星空モードで試行錯誤して撮影を楽しみました。私は,せっかく南の島に来たのだからと,南天の空を写すことに。蠍座がきれいに浮かび上がる頃,ぱちり。

 天の川もきれいに見えたこの日,午後10時前まで,星空を仰ぎながら,また波の音に包まれながら,座間味港にあるクジラのモニュメントの一角や,また少し西の真っ暗な浜で過ごしました。真っ暗と言っても,星明かりが照らしてくれているので,波の音を聞きながら寝っ転がれるエリアを探すことができ,そこでは静かに語らいながらひとときをwith泡盛・・・・



和山海雲さんと慶良間の外海

 「今日は西風が吹いていないよ・・・」船長さん,何を話し始めたかなと思っていましたが,どうやら波が穏やかだから昨日行けなかったいろいろなポイントに行けそうだよということらしい。それはうれしいので,即座に賛成。でも今日は同行する方々の中にシュノーケリングビギナーの方もおられる。最初の2ポイントでは先導役を頼まれ,海好きエンジニアさんと今日は5ポイント潜りました。

 まずは,昨日も行った「ウミガメポイント」。昨日よりも見えやすい形の大きなウミガメが泳いでいたので,やっぱり写真撮りまくり・・・でも昨日のようにはいかず,いいショットが少なかったです。有頂天になるとロクな事がない・・・・
 ウミガメ初心者の私には,見分けがつかない。
でも,昨日のよりも大きな,別のウミガメとか。
なんにしても,これで3匹目のウミガメと出会えて
単純の喜んでる私でした。

 同行のエンジニアさんも,これは大満足。
このポイントは浜からのエントリーも可能だから
又来ようかな,とまで言われていました。

ですが,ビーチから見に行けると言うことは,大勢来ている海水浴のお客様にも手軽に見ることができるわけで,だから,浜辺にやってくるウミガメを大勢で追いかけ回すこともあるとか。だから
「最近は大きなウミガメがなかなかここまでやって来なくなってきてるんだ。残念だけど。」
と,船を次のポイントに移動させながら船長さんがお話されました。

 もうひと潜りして,次はいよいよ座間味島の西側,つまり外海に出ました。ニタ浜ポイントと呼ばれる,東シナ海の海流が押し寄せる場所。ですから,当然島に囲まれた内海よりも波があって,当然難しい(特に初心者シュノーケラーさんにとっては)のですが,この日は写真のように波もおだやかで・・・

しかもエントリーしてみると,不思議なことに,内海よりも海水温があたたかい! これは同行したみんなにとっても,とてもうれしかった事でした。

ただし,甘く見ていたツケは,この後きっちり払わされましたが・・・・
珊瑚たちもなかなかに美しかったのですが,ここではこのような光のきらめきが素敵でした。

 調子に乗って泳いだり潜ったりしていましたが,目の前をあまり見たくない生物が漂ってきました。
正体は「伊勢エビ」。正確には,その脱皮した後。写真に撮ってみるかね?と言われたのですが,さすがにこれは辞退。エビアレルギー持ちに,なかなかに厳しいシーンとなりました。
 そのせいでもないのでしょうけれども,この後,船酔いしてしまったビギナーさんを気遣うどころではなく,私も船に戻る前に・・・波に漂いすぎて酔ってしまうなんて・・・情けないなぁと思いながら,これで帰られる方を送るためにいったん港に戻ることになって,私はちょっとホッとしていました。

 ・・・いやいや,そんなんじゃ,いかん! 身体を鍛え直さねばと,思うばかりです・・・

 船長さんと目が合い,ニヤリとされていましたから,私の状態もバレバレだったのでしょう。次のポイントに行く前に,お昼ご飯タイム。
メニューは 
 ・もずくごはん(ジューシー風でした)
 ・もずくソーセージ
 ・煮豚

この日は嘉比島に上陸して,しばし休憩を取らせていただけました。
 この隣の安慶名敷島,安室島とともに,これで慶良間諸島無人島3つめの上陸となりました。でもこの島にはたくさんのパラソルの花が咲いていて,海水浴客とおぼしき親子連れなどがたくさんいて,にぎやかな無人島でした。エンジニアさんと2人で上陸したのですが,にぎやかすぎて・・・
「無人島らしくないけど,こんなところでのんびりするのも,いいね」
エンジニアさん,又来ようという表情いっぱいでした。そして「沖縄の他の離島も良かったけど,こんなに沖縄本島から近くて素敵なところ,もっと来てみたい。」さらに目が輝いていました。

船長さん,にやりと笑って
「次は『なんちゃって青の洞窟』に行くよ」
 そこって・・・イメージはなんとかわくのですが,本物は洞窟に船で入って,外からの光に洞窟内が照らされて青く輝いているというもの。でもここが?と正直 思ってしまいました。確かに,入り口だけ見たら,しょぼい・・・・
 でも,泳いで潜って中に入ってみたら・・・前言撤回!!
こんな写真じゃ語れないぐらいに,息をのむような(もっともそんなことシュノーケリング中したら,おぼれてしまいます)「ブルー」が,広がっていました。そんな中を魚たちが四次元の世界の中を泳いでいるかのように見えて・・・
最後までこの海中洞窟の中で,漂っていたくなった私でした。

 この日の最後のポイントが「ユヒナ」。もっとも案内してくれる人によっていろいろな名前がついているらしく,この夜,あるショップの人からは「そこは『ウチャカシ』と言うんじゃないかい?」・・・さて,本当のお名前は?
この日の最後を飾る場所ですし,実際それにかなう素敵なポイントでした。でも,かんじんのカメラが「休憩させてよぉ・・・」状態になってしまって,写真はわずかしか撮れませんでした。
 どこからともなく魚に取り囲まれたかと思うと,次の瞬間,周りには1匹もいない・・・珊瑚もきれいで,ここももっと時間を取って潜ってみたい場所でした。カメラさえ元気ならば,もっと撮ったのになぁ・・・・


 この日,ゆんたく会場では,船長さんのご紹介があったダイビングショップで,ほかの店の方々とご一緒して,飲めや
歌え(というほどではないのですが)の,ひとときを過ごしました。
 ゆったりした時間の中でお仕事をしながら生活されているお話をたくさん聞かせていただきましたが,
「でもね,僕(32歳)給料は5万円。最高で。」
「稼がないといけないから,ダイビングショップで働くかたわら,この慶良間諸島をつなぐ渡し船している村内航路の船の操縦もして暮らしてる人もいるよ。」
「今日のこのスタッフだけじゃなくて,ここのみんな,『なんくるないさ』(どうにかなるさ)で,にこにこしてるけど,必死に暮らしてるんでもあるよ・・・ヒック・・・」
・・・そろそろ酔いが回ってきた様子です・・・

 私も,クーラーいらずの心地よい南風が吹きそよぐ中で,ここで暮らせたらなぁという思いと,現実の壁を,いろいろ思いながら,聞いていました。そのあと,部屋に帰ったはずでしたが,この日もやっぱり,気がついたら,砂浜(サンゴの,ですが)で眠っていたようです。夜間巡視をしていた座間味小中学校の先生(多分そう言われたように記憶してますが)に起こされて,この方ともお話ししたかったなぁと思いつつ,ようやく今宵の部屋に戻って,そのまま再び,ごろん・・・・



阿嘉島慶留間島外地島

 うー痛い。仕事で外働きしていたから日焼けは大丈夫と思っていたのですが,むき出し部分はひりひり・・・
この日また別の方々と船で,という予定を変えて,陸地から海や島を眺めてみようということにしました。
 昨日お話くださった「村内航路」に乗船し,隣の阿嘉島に。昨日までのガイド船以上に揺れる揺れる・・・
というのもわずか10分で終わって,阿嘉島,ここも17年ぶりに上陸。
 阿嘉島と慶留間島をつなぐ300mもの巨大な橋がお出迎えをしてくれました。おもしろいことに,海の色を反射して,橋の裏面はグリーンにきらめき,港もその底が見えそうなほどに澄んだ海が,お出迎え。

 でも,当時全くなかった豪華な待合室ができていて,木製だった小さな観光案内看板も,左のように,豪華になっていました。

 5時間ほど自転車を借りて,ここからつながっている3島を巡ってみようと,快晴の空の下を出発。でも,すぐにあまりの暑さに,木陰で休みながら・・・

まずは慶留間島へ。
 ここには天然記念物のケラマ鹿が生息しています。もっともそんなに簡単に出会えるはずはない・・・ バイクで巡っていた女の子たちが,そのバイクで山道にまで分け入って,でも発見できなくて「(ケラマ鹿)いないね」・・・
なんてことしてるんだ! と思って苦言を言おうかと思ってるうちに,バイクは高らかなノイズとともに走り去ってしまいました。
 南端に1つだけ形成されている集落に向かいました。

 宿が1軒しかないこの島で,これまた1個しかない自販機も発見しましたが,これは全く動いている様子もなく,これこそ離島かも,と思ってしまいました。その集落の端に幼小中学校が。オーシャンビューのリゾートのような学校です。でも全校児童生徒一桁だとか。


次に,文化財にもなっている
古い家「高良家」へ。
 でも私にはを,生活の息吹が感じられるような家の方が,
素敵に感じるタイプなので,このような素晴らしい古い家を
見ても「ふぅん,よく手入れして残していますね」ぐらいの
感覚しか持てませんでした。申し訳ないけど。
よっぽど
 こんな家の方が,気になって仕方がない私。
思わず「こんにちは」と入り口へ向かうと,
真っ先に出迎えてくれたのは,なんと「ニワトリ」でした。

 そういえば,西表島の沖に浮かぶ鳩間島に
行ったときにも,その宿でお目覚め時の枕元に一番に
出迎えに来てくれたのが「ヤギ」だったっけ・・・
と,そんなことを思い出していました。


 このあと外地島にも向かおうと思いました。飛行場しかない無人島だよ,と知っていたのですが,とりあえず行ってみようか・・・ですがあまりの暑い日ざしと延々続きそうな急坂に巡る気力が萎えて・・・Uターン。元々外地島と慶留間島をつないでいたであろう,崩れた桟橋が残る瀬戸をながめながら,再び慶留間島へ。さあ,阿嘉島に戻ろう・・・
 そうして走っていると,道から見える場所いくつかに,こんなものを発見してしまいました。そう,沖縄と言えば,第2次世界大戦での本島での地上戦があまりにも有名で悲惨なものなのですが,実は沖縄に初めてアメリカ軍が上陸してきたのは,慶良間諸島のある ここ座間味村。座間味島の港そばにもそのことが書かれた,でも少し風化しつつある碑が残されています。
 島の長老たちに聞いても,慶良間海峡を戦艦やら何やらが埋め尽くした話,海の珊瑚が飛び散るほどの爆撃が行われた話,そして集団自決の話・・・ 27年前に石垣島北部を歩いたときにも,こんな穴の中に白く丸い遺骨を見つけ,仲間と驚いて腰を抜かした事を思い出しました。

 再び阿嘉島に渡ろうとした時,眼下に広がる海が素敵な色でお出迎えをしてくれました。
橋の最上部から西を眺めました。すぐにでも飛び込みたい衝動にかられるほどでした。あまりに暑かったから,というのもありますが,あの中に潜ってみたい思いもあって・・・・
 でも現実には,暑さに負けて してしまって,これ(かき氷)ほしくなって! というのも,食べている姿を橋の上から目撃してしまったから。橋を下りるやいなや,このお店に駆け込んで,オーダーしてしまいました。

 本当は「シークワサーかき氷」を食べたかったのですが,売り切れで,泣く泣く,このオレンジ味にしました。練乳をかけてくれたので,なかなか(私はですが)食べたことのない味,でした。

 先ほどの海を眺めながら,木陰で食べていると,しばしの間はリゾート気分・・・

 でもやはり海の景色を眺めたくて,いくつかある展望台のうち1つぐらいは行ってみようかと思い,借りた自転車で行けるところまで上ってみました。その途中・・・

・・・ミュゥン・・・ピー・・・
北海道でもしょっちゅう聞いている「ミュゥン」! シカの独特の声だ!

写真の真ん中やや左に,ケラマ鹿の顔が見えたのだけど,写真には写っていませんでした。でも,確かに,ケラマ鹿と会うことができました・・・・

 展望台からの眺めは,同じ海を橋から見たときとはまた趣が変わり,海の表情も変わって,なかなか・・・

 見る向きが変わればまた違った素敵さを教えられ,これも今後の仕事や何かの参考になったなと思わずにはいられませんでした。

・・・でもやっぱり,ただ見ているだけでは我慢しきれなくなって,ついついビーチエントリーをしてしまいました。でも,よく考えれば,泳いでしまったら遠くのビーチに行って有料シャワーを探さねばならない・・・じゃないと船にも乗れないし,今宵の沖縄本島を歩くこともできない・・・

 何とか着替えて,身体や機材を洗って,それらは強烈な太陽で乾かすことにしました。でも船に乗る頃にもまだ乾いていなくて,私は2時間あまりのフェリー乗船中に,3階のデッキで乾かすべく店開きしました・・・・ でも見ていると似たようなことをしてる人が何人かおられて,お互いに顔を見合わせて・・・苦笑い・・・
 阿嘉島を16時半に出航にフェリーは,左手に座間味島をながめながら慶良間諸島を抜けていきます。遠ざかる島影を振り返ってしまうと,もう一度戻りたい思いがぶり返してきて・・・

 北海道とともに,やっぱり私は沖縄離島が好きなんだと,再確認し,あとは遠くに見えている本島だけを見つめながら,約2時間かけて泊港へ・・・・


 つい4日前に歩いて離島航路を待った泊港。そんな場所なのに,大都会に帰らされたような気さえ・・・
 もう,あの島で味わえた ゆったりしたときの流れは,ありません。
 この大都会「那覇」に,この日来たのは,25年前に沖縄西表島で出会い,今でもやりとりをしていただけている友人と再会するため。彼とは,25年前に今回と同じスキンダイビングをするべくやってきた西表島で会い,一緒にバラス島や鳩間島沖を潜った3人の中の一人。この日はわざわざ沖縄中部の自宅からやってきてくださったのでした。(右写真は当時の)
 再会してすぐに,沖縄にしかないハンバーガー屋を紹介してくださり,そこで軽い夕食をとりました。その時,当時の懐かしい写真を見せてくれました。歳は重ねましたが,当時と変わらない笑顔が,目の前にありました。
そう思っていたら,意外な一言が返ってきました。
「実は,さっき顔を見ても『やまちゃんだ』とは分からなかったんだ。でもあなたの話し声を聞いて『間違いない』と思ったんだよ・・・」
初めてです,こんな事を言われたのは。
まさか私の「声」を覚えてくださっている人がいるなんて。

 その夜は,彼の息子さんが那覇で居合いを練習した帰りをピックアップする,ということで,一緒に私が今宵泊まる うるま市の1500円の宿まで送ってくださることになりました。遠回りなのに,ありがとう・・・・

・・・一人になって,宿に入り,部屋で一人っきりになった瞬間,この5日間のことがぶわぁっと目の前を流れていきました。そして,なぜか,涙が・・・・なんで?

 久しぶりの,ひとりぼっちの夜でした。うちに帰れば当たり前なのにね。


うるま市から那覇へ そしてなぜか空港寝・千鳥足

 すぐに眠れなかったので,夜の具志川の街へ。でも宿の周りで夜中に開けているのは,小さな飲み屋と,唄バーが数件。そんな中で,お弁当屋(?)のおじさんがこちらをじっと見つめていたので,私もそこに引き寄せられるように・・・弁当容器にカレーを入れてもらい,店のそばの縁台のような所に座って,食べました。「・・・・」おじさんが何やらしゃべってきたのですが,現地のおじいおばあがしゃべっているかのような,琉球言葉で全くもって理解不能・・・ 返事ができなかったのは,そのせいなんです。ごめんなさい。

翌朝。
 昨夜の散歩で,近くに食料品を置いているお店がないことは分かっていたのですが,朝何も食べずに那覇まで,バスに乗って1時間近く揺られるのは厳しい・・・ バスに少し揺られて,コンビニかモーニングのあるお店を発見したら降りて食べるのも考えましたが,それでなくてもバスを苦手にしてる私ですから,どうしようか・・・・でも,素泊まりした以上,覚悟してたことと思って改めてバス停の周囲を眺めると・・・もしや!
 朝7時半の段階では開いてなかったのだけど,このお店のそばに行ってみました。すると・・・ひしゃくを持った人が出てきた! 
「食べ物,ありますか?」
たずねると,ビックリされてしまいました。当然ですよね。でも,ありがたいことに「昨日のでよければ」と言って,売れ残り(だろうと思われる)パンを私に渡してくれました。80円。飲み物も合わせて200円で,この朝の「非常事態」を乗り切りました。
そんなの大したことないじゃないか,と思われるかもしれませんが,このあと乗ったバスから周囲を眺めていましたが,食料を手に入れられそうなお店はおろか,コンビニ,モーニングのありそうなお店も,このバス路線には全く見あたらず,30分ほど走った先でようやく「吉野屋」発見・・・・あそこで買っててよかった・・・・

 1時間ちょっとかかって,那覇バスターミナルに到着。その光景は,タイムスリップしたかと思うほど。一番最近でも,16年前にこの地に来たのが最後だったから,当然変化してると思っていたのだけど,ここは思い出そのまま。バスが到着した待合室のある側も,その色合いまで同じで,これには本当にびっくりしました。
 さてここから,国際通りや牧志の市場を歩いてもよいのですが,まず最初に「ゆいレール」のはしっこ「首里」まで行ってみることにしました。今回,那覇空港から美栄橋駅までは,慶良間に行く時に乗ったのですが,どうせなら最後まで行ってみようか・・・ 前回と違い,地元のおばあがたくさん乗っていて,言葉も少し分かりそうだったので,話してみると,おもしろい! 私なんか,若造。ただ,身体(なぜかHIPが多かった)をなぜられたり,持ってけとポケットに包み無しに入れてる飴をもらったり,不思議なことも多かったですが。

 それにしても,駅名案内の前には各駅にちなんだようなショートミュージックが車内に流れました。私でも分かったのは「安里駅」の唄。これ「安里やユンタ」だぁ! もっと民謡を知ってたら,もっと楽しめそうです。

 県庁前で降りて,これまた16年ぶりの国際通り。初めて三線を買ったお店は影も形もなく,またおみやげ物屋も,どこまかわりばえのしない品揃え。ただ,泡盛などの酒だけを扱っているお店は,かわりなくありました。どの店でも(といっても,私が立ち寄ったのは3件だけですが)試飲できるので,私が「白百合」を頼むと,3件ともとたんに私への接し方が変わって,じゃぁこんなのはどう?と勧めてくれました。誓って言いますが,私は下戸。ただ一口含む泡盛,中でも特に「白百合」が好きなだけ。当然わずか6杯おちょこのようなので口に含ませていただきましたが,それだけで十分酔心地になった私でした。

 なので,立ち食いの店で「野菜そば」を注文。沖縄そばの肉抜き版で野菜が少し乗っています。400円で十分お腹いっぱいになりました。

 
 さて,再び「ゆいレール」に乗って,赤嶺駅へ。ここは日本最南端の駅。鉄道らしい鉄道で言えば,鹿児島の西大山駅(開聞岳がすぐそばに見えます)ですが,この赤嶺駅のことを「旅組」という番組で大阪MBS放送局アナウンサーうまのまさゆきさんが熱く語ったのを聞いて以来,気になっていました。

 でも,降りてみたけど,最南端らしいものは,これだけ。この写真も,一人でずーっとこのフロアを掃除しているというおばちゃんに撮ってもらいました。このおばちゃんいわく
「写真撮って,なんて初めて言われたよ」
 ゆいレール最後の駅が,那覇空港駅。ここには「日本最西端の駅」という仰々しいモニュメントがありました。加えてここはさすがに沖縄の空の玄関口でもあるので,にぎやかです。で,この駅の駅員さんが先に「写真撮ろうか」と言ってくれてパチリ。
 ちょっと寄り道をしましたが,これで今回の沖縄の旅もおしまい。あとは空路で遠回りだけど最安値を示してくれた関空経由で帰るのみ・・・だったのですが・・・

 那覇空港でチケットの交換をしようと,カウンターに並ぼうとすると・・・目を疑うようなこの言葉
「現在関東東海地方を襲った集中豪雨のため,折り返し便の飛行機の手配ができておりません」
まさか私の乗る便が・・・表示は「行先変更願います」!?

 じゃぁ他の便・他の空港に行く便に振り替えてもらおうと思ったのですが,これまた長蛇の列。しかもこれだと正規料金で帰らないといけない。乗れなくなった帰りの便もすでに支払っていますが,これに乗れないとなるともう手持ちのお金はわずかの私は・・・ 空港カウンターの一番はしっこだけ,人の数が少なかったので行ってみると,そこはスカイマーク。払い戻しは割引料金の便だったので,ほんの少ししか返金がなかった。だから安く買える(帰る)便はないか元々の料金が安めのこの会社にたずねたら「名古屋便なら,時間は遅いですがあります。」即決。購入しました。

 宵闇になって,飛行機に乗り込みました。それまで,空港で・・・実は一眠りしてしまっていました。そうです,あの試飲がこんな時になって効いてきて,荷物を抱えたままベンチでぐっすり眠っていたようです。目が覚めたときには見事なほど「お腹すいたぁ」!
 またしても空腹です。そんな状態で飛行機に乗るわけにはいかない・・・急いで何か食べよう。で目の前に「そば」。もずくそばもあったので食べてみると・・・おいしい! こうなると座間味島の和山さんのところで販売していた「もずくそば」を食べていなかったことを後悔・・・ 家に帰ってから注文できるものならしようと思いました。

 深夜23時をかなり回った頃,名古屋中部空港到着。まだ動いていた名鉄に乗って名古屋駅前まで。土曜の夜ということに加えて,こういうことになってしまった関東東海地方の豪雨のせいでしょう,ふだん名古屋に止まらないはずの深夜バスが,いくつかは停車して乗せてくれることになっていたので,乗せてもらうことができ,乗り継ぎ乗り継ぎで,岡山インターでおろしてもらったのが,夜明け前・・・・


 やはり,私の旅には,何かがあります。トラブルという名の,得体の知れない何かと,なかよしになれるという,豪華なオプションが,いつもサービスされています。ほしくないけど。


で,
 なんとこの帰った日の朝から,職員仲間と熊野古道を歩くというお仕事が・・・・ 岡山出発の団体バスの中で,皆さん山登りやハイキングに向かうような格好をされている中,私だけ「南国を旅してました」的な格好。浮きまくりでした。でもそんなことより何より,バスの中で私は,軽くいびきをかきながら爆睡(だったそうです)。







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