中国旅行


その一

 2000年秋から冬にかけて、思わぬ所から臨時の収入が約15万円ほど手に入った。これといって使い道が決まらないまま、夜な夜な母校のコンピュータルームにいた。当時は家賃が24,000円のアパート(その名は文明コーポ、でも文明から最もかけ離れているところであったのは言うに及ぶまい。)に住んでいて、一月の寒空の下では寝られない思いをしていたので、いつも近所にあった24時間開いているコンピュータルームで暖をとりながら、無駄にネットを見ていた。母校のHPを何となくながめていたら、短期留学のプログラムがあるじゃないですか。でも、フランスは30万、アメリカは20数万が必要であり、風呂無しアパートの住人としては無縁である。しかし、そこには中国北京大学があり、なんと10万円があるのであるのではないか(安さの原因は後に判明することになる)。しかも、私は個人的に中国関係の勉強をしていたので、これは丁度良いと思って、早速申し込んだ。

 その後、何日が経ってからプログラムに参加する人達でオリエンテーションをすることとなったが、色々注意事項や規則、そんれに、周到な準備や書類が必要だろうなと考えていたが。当日、参加したところ、なんと「あっちは寒いから気を付けてねぇ」これぐらいしか説明らしいものはなく(後に特にトラブルは無かったので、これで良かったのであろう。それに、安い理由の一つでもある)、取り敢えず現地に行ったら迎えが来ることがわかったが、その他の手続き後は自己責任というわけで、一応来ていた旅行会社の人に航空チケット(46,000円)を頼みあとは、ビザを取りに行けば、とりあえず日本より出られることとなった。

 さて、大使館にビザを取りに行くこととなった。短期のものとは違い、数種類の書類があるし、しかも、そのコピーも必要で、それなのに、大使館の職員はただあれが必要、これが必要と、そのたびに言うのだから(いっぺんに必要なものを全部言ってくれよ)、三回もコピー取り直すことになり、おかげで三回も受付の列に並ばされた。そうこうしている内に、二月の下旬になり、ついに、成田より飛び立って北京に到着した。この間に使用した金額は、チケット代と合わせても50,000円位でリーズナブルなものである。以前は業者にビザを頼んでいたが、自分でやると3000円ですむ。

 北京に到着したのは夜の11時。いよいよバスにのって、北京市内に向った。その間感じたのは、基本的に暗いのである。街灯やネオンもかなりあったが、日本の新宿区で独り暮らししている人間からすると「暗い、暗いぞ、天帝様がお怒りだ」という『北斗の拳』のセリフを思い出しつつ、なんとか宿舎に到着した。宿舎は二人部屋、ひとり一日10ドル(約1100円)で、作りは普通のビジネスホテルと同じであり、無論掃除もしてくれる。ただ、ホテルと違うのは、勉強机があり、冷蔵庫がない。でも、外は異常なほど寒いので、飲み物は窓の外に置いておけば、ギンギンに冷える。次の日は朝8:00から早速中国語のテストであったが、とりあえずお上りさんらしくルームメート(当時院生であった某氏)と散策に出かけた。勺園の亭にて因みに留学生寮は勺園という公園だったところである。北京大学も日本の某T大と同じように、元は庭園である。やはり、同じように赤門(赤い門だが、当地でそう呼んでいるかどうかは不明である)が存在していた。でも、異なるのは学校の中にレストランがあり、イスラム食堂、韓国料理、薬膳料理、串焼き屋、バー、など日本では全く無いような施設も存在する。因みに、短期の留学生は一般の学食に入ることができず、留学生専用の学食か、そういったレストランを利用することになる。物価は非常に安く、学食では肉まん一個でなんと5角(約8円)色々なおかずを付けておなかいっぱい食べても7・8元(約120円)程度であった。私たちはいつも一番近いイスラム食堂で食事していた。ここは、人も少ないし料理もスパイシーでうまい。しかも、なぜかしっかりビールが出るのである。値段も一本が4元(60円)程度。カラオケも入っているが、アラビア風の音楽が入っていた。北京に限らず、中国ではイスラム教徒が多いので、このような店も多いし、日本ではまず目にかかることがない、ハラルマーク入りのカップラーメン(メンではなく実際は小さいブロック。だしは羊味)もある。薬膳料理ではアリが食えるので、行くことがある人は是非試して下さい。

 さて、翌日は午前中にテストを受けて、午後より天壇公園い遠足みたいに行くことになった。全くの集団行動である。天壇とは1420年に建設された施設であり、北京の南に位置している。ここはかつて皇天壇にて無駄に大ハシャギする帝が五穀豊穣を天に祈る所であり、同時に歴代皇帝の位牌も安置だれていた。
 天壇公園に到着してからはやはり「お上りさん宜しく」といった感じで公園の中でハシャギまくった。 この公園のメインは五穀豊穣をいのる祈年殿と、位牌が安置されている皇穹宇である。祈念殿は写真で見るような建物であり、特に説明するまでもないが、ただ、その周囲には確か、かつて隕石が置かれていたらしい。これは後付けの知識であり、当時見たかどうかは残念ながら記憶に無い。この他に、皇帝が天に祈るためのウテナ(台)があって、この中心で声を出すと反響してエコーになるというのもポイントで、同じように、周辺が円形の壁になっているところがあり、ここでは壁に声を発すると、反対側の壁から聞こえてくるという所もある。まぁ、天に祈る施設なだけに神秘的な音響効果を狙ったのでしょう。以上のスッポト以外にも広いい庭園などがあり、北京城の数ブロックをしめる巨大な庭園である。 私はここで、友人達と一通りハシャいた後に、最後に位牌安置コーナに来た。ここでは、1時間ごとにガイドが説明している(内容は良くわからなかったが、恐らく、天壇関係の話であったはず)。説明まで、まだ40分ぐらいあったので、キッチリ時間を潰してから聞きに行った。良くわからなかったが、まぁ、一応満喫してところで、さぁ帰ろうと集合場所である広場に行った。しかし、ようやくここで気づいたのですが、まるまるバス一台に乗ってきた留学生たちがほとんど見えないのである。しばらく待ったが、某大学の男子全員は集まってたが、それ以外は某大学の女の子含めて誰もいないのである。取り敢えず駐車所に行ってみたところ、“バスがねぇ”なんと、まだ一日目で、お金すら両替していなにの、公園の真ん中に置いて行かれたのである。ここで、慌てて手分けし、北京大学の小旗をもったガイドを捜すこと30分、やっと見つけたのである。そこからタクシーで乗ってやっとバスに追いついたのである。他の人に聞いたところ、集合時間もチャンと言われていたようなのですが、結局某大学の男子学生だけ来ないので、先に行ったということであったらしい。私を含めたものはだれもこれには気が付かなかった。_| ̄|○
これ以後、集団行動をするときにはしばしば某大学だけがマイクロバスを使用したのは言うまでもない






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