駒落ち百景

第44回                 将棋精選

 

昔の雑誌(昭和40年代の将棋世界、近代将棋)を読むと青春時代が よみがえってくるというのはウソで何も読んでいなかったのが判る。何も覚えて いないというのが本当の所だ。
将棋世界昭和44年6月号に『将棋精選』の記事が二つ載っている。
一つは「飛車落定跡をたずねて」七段富沢幹雄著である。
第四章飛車落早四間、△45歩早取△34歩▲76歩△44歩▲46歩△32金▲48銀 △42銀▲47銀△54歩▲56銀△43銀▲48飛△52金(A図)。

A図


『精選』に記載されている「桂留変化」の定跡は第三章までで全部終わりました。 なおこの外に「桂留持久戦」の駒組がありますがこれはすでに『歩式』『絹篩』『早指南』 その他の著書に出ているので『精選』では省いています。(中略)早四間は宗英、柳雪が 好んで用いた駒組です。そして下手方を悩ましたものです。しかし、嘉永六年(1853年)に『精選』 が発表されてからは、この駒組も次第にすたれてしまいました。A図以下▲45歩△53金 ▲36歩△62玉▲37桂△45歩▲22角成△同金▲77角△33角▲45桂△77角成▲同桂△32金 ▲65桂△44歩▲53桂右成△同金▲同桂成△同玉▲31角(図面省略)で下手方完勝です。






二つ目は「なつかしの思い出」名誉九段金易二郎著です。
明治44年1月23日、万朝報、勝ち継ぎ戦、角落△六段蓑太七郎▲二段金易二郎、
「金時計を夢にまでみた私の作戦は実力十一段をうたわれている天野宗歩の名著『将棋精選』 を参考とし、先輩諸氏の実戦譜を日夜研究した末に選んだ、振り飛車の「本定跡」で現在とは まるっきり異って、当時「矢倉」はほとんどかえり見られず、この戦法が全盛を誇っていた。」

A図


B図以下△73桂▲26歩△81飛▲27銀△31飛▲59角△14歩▲16歩△33金▲77桂 △24金▲85桂△35歩▲86歩(図面省略)。
この二つを読んで判るように『将棋精選』の与えた影響が如何に大きかったかということです。
いたる所に宗歩翁のすぐれた着想がみられます。


(文責 藤田)











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第43回                 通天閣

 

私は時代劇が好きでよくみる。テレビの「大岡越前」や「鬼平犯科帳」にも よく将棋の対局シーンがでてくるが、三寸の盤に四寸の駒台が使われていたり (註.駒台は明治40年代の発明)、カドが直角のカヤ盤だったりするので、 少しは『ショウギ』を考えてほしいと思う。囲碁のシーンもよくでてくるが 「銀が泣いている」のような名セリフは少ない。
@「将棋の駒をヨットにおきかえたら、今のボクの心境にぴったりだ」
 映画『太平洋ひとりぼっち』より
A「将棋の駒みたいにボロボロになって死にたいのか」
 映画『零戦燃ゆ』より
B「将棋と同じく指し直しはきかん」
 映画『十三人の刺客』より
C「これは将棋でいう所のバカ詰めです」
 映画『相棒』第一作より。

 映画『王将』のラストシーンを覚えてみえるだろうか。
小高い丘の上の長屋から遠景に通天閣のイルミネーションが浮かび、 夜汽車の汽笛と共に白煙が舞い上りあたりをつつみこんでいくという、 感動の演出だったように思う。
 関根金次郎 明治元年(1868年)生まれ。
 阪田三吉 明治3年生まれ。「芸人たちの芸能史」永六輔著、番町書房、昭和44年発行より。
初対局は明治27年。アマ阪田の1勝2敗だったが、映画では関根がプロだったと知り、 遺恨を抱きプロを目指すことになる。
 パリのエッフェル塔を模したといわれるこの通天閣は「天に通ずる塔」を意味し、 百万ドルの夜景と共に大阪を代表する建物である。高さは103メートルで塔の所有者は 通天閣観光。創立は明治45年(現在は2代目)。通天閣の命名者は藤澤南岳である。藤澤南岳は藤澤桓夫の祖父である。
残念乍らこの映画に描かれた時代にはまだ作られていなかった。
つまり作者(北條秀司)の勘違いなのだが、私は作者承知の上だったように思うがいかがでしょうか。


(文責 藤田)





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第42回                 ハメ手入門

 

「”はめ手”という言葉は感じが悪い印象を受けますが、相手がこれにかかるのですから、 勝負を争う者にとって気にする必要はない筈です。”待ち駒”を卑怯な手と言う人のあるのと同じで、 だいたい悪く解釈するのが不思議と思う。
ある辞書によれば”はめ手”とは『囲碁、将棋などで相手を自分の術中に落し入れようとする手段』 と説明しています。
考え方によっては自分の得意の戦法に局面を導くのも一つのはめ手戦法といえましょう。
(中略)やる人にとっては痛快でも、やられる側はつらい限りです。特に駒落ち将棋は 私の得意とするもので、稽古将棋では下手を大いに悩ましているので、面白味のあるのを取り入れてみます。」 将棋世界昭和47年4月号、「ハメ手教えます」花村元司八段より。

A図


A図は飛香落戦にしばしば生じる局面。ここから三つの手段が考えられます。
@▲45銀△22角▲54銀△同金▲41飛成△43銀▲73歩(図面省略)で難解だが下手よし。
A▲12歩△43歩▲11歩成△同角▲12銀△44角▲21銀生(図面省略)で定跡によく似た手順にもどる。
B▲44同飛△同金▲53角△84銀▲44角成△74飛(B図)









B図


「上手は△84銀とソッポに引くのが気の付かない一手で、しめたとばかり▲44角成と金を只取りしたとき、 △74飛(B図)の王手馬取りをくい、思わず”ギョッ”としたがもう後の祭りで見事にはまってしまった。 よく考えればB図以下▲76歩△44飛▲55角となり難解ですが、 飛香落の差があっては、心理的にも下手勝つことは無理でしょう。」同誌より。
たしかに馬を取られては戦意喪失してB図では気の早い人は投了してしまうかもしれない。 しかし▲55角以下△49飛成▲91角成△82銀▲92馬△73銀引▲56香(図面省略)ともうひとふんばりしてはどうだろうか。
「よく王手飛車などにかかって”アッ”と声を出している人を見ますが、読み筋が甘いからで、それも実力の内です。 強くなってくれば、相手の読み筋が手に取るように分かるので、そのようなことはありません。」同誌より。


(文責 藤田)





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第41回                 銀多伝(2)

 

将棋世界昭和44年6月号に「読者招待指導将棋」として加藤一二三十段(当時)の対局がといたあきお氏の 観戦記で掲載されている。(A図)までが駒組みで「銀多伝」の形。

A図



「下手の第一目標は上手の53銀と、46銀を交換することです。▲55歩から▲44歩はその意味で 55で銀を交換し手順に▲59飛と形を直して下手は目的を達しました。つづいて▲45銀と打った のも良い攻め方。」A図以下▲55歩△同歩▲44歩△同銀▲55銀△同銀▲同飛△54歩 ▲59飛△23銀▲45銀△53銀▲55歩△同歩▲54歩△64銀(B図)。










B図


「一二三さんは、局後に46銀をさかんにほめました。”私はこの形をよく指すのですが、 46銀と出る人はめったにいませんね。形が乱れるので指し難いのでしょうか。 ここではこの一手です。これで負かされるような気がしました。”B図以下の指し手、 ▲46銀△42金▲55銀△同銀▲同角△64銀▲同角△同金▲53銀(図面省略)で受けがなくなりました。」
「昔、碁の名人秀和は”素人衆には花をもたせてやるものじゃ”と常々門人にいいきかせていたそうです。 味のある言葉で達人でなければいえません。本局、一二三さんの負けっぷりを見ていてそれを思い出しました (中略)花をもたせる云々はわざと負けてやれ、という意味ではありません。 相手の良いところを引き出してやれという意味です。 勝つためには相手の技を殺さねばなりません。しかし、指導する場合、逆に相手の技を活かしてやる、 というのも立派な芸の一つだと思うのです。」同書より。
仲々凄い言葉でこれも一つの見識だと思います。最善を求めてきびしく指導するのも良し。 相手の思いを受け取めてやるのも良し。ということでいかがでしょう。


(文責 藤田)




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第40回                 銀多伝(1)

 

『女の長考』毎日コミュニケーションズ・昭和61年で知られる湯川恵子さん。
自称”将キチおばさん”の行動はユニークで大変面白かった。
銀ジイとの将棋行脚。女流アマ名人戦を勇退するほどの棋力をもっているのに二枚落(銀多伝)しか指さなかった。
小池重明、夢枕獏氏との関わりも何か持っていると思われた。
好漢湯川博士氏も将棋関連書を多数書かれている。
将棋おばさんの行動は破天荒だったが、孫悟空を操れるのはやはりお釈迦さまである(失礼)。
同じく二枚落の銀多伝しか指さなかった石垣純二さん。 近代将棋昭和48年1月号に原田泰夫八段との新春二枚落対局を「底知れぬ上手の力」と題して書かれている。
「わたしはアマはもっとプロ棋士と二枚落を指すべきだと考えている。先だっての中原名人就位式での名人対林海峯二枚落戦を観ていてつくづくそう考えた。(中略) それでいて一手のミスで忽ち逆転するから二枚落だって真剣に読まないと容易には勝てない。」

A図


短評としてA図までの手順、型、すべてよし。と原田八段。
▲55歩△同歩▲同飛△54歩▲59飛△84歩▲48金△85歩▲98香△75金(B図)。













B図


△75金が上手らしい一手。中央に働かせようとしている。以下▲55歩△同歩▲44歩△65金▲55銀△同金▲同飛△54歩▲59飛△44歩▲45歩△25歩▲44歩△26歩▲45桂△62銀▲22歩(図面省略)と熱戦が続く。
短評に「▲55歩△同歩▲44歩はこの型の攻め筋。もう一つは▲55歩では▲77金から▲66金と金交換して打開するのも下手として有力。」とあるように実戦では78金がとり残されている。 ここが大事な所で、定跡本には解説されていない重要な変化である。 B図以下▲77金△65金▲66金△同金▲同角△76金▲84角△67金▲55歩△同歩▲同銀△54歩▲同銀△同銀▲73角成△同玉▲54飛(図面省略) となれば新たな局面がみえてきます。
「終盤の二十九手詰がよめていたら原田先生はきっと100点を下さったに違いない。(中略) 実戦でこんな手が読めたら、わたしも飛香落に進級できるだろう。」

(文責 藤田)




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第39回                 定跡地獄(2)

 

前回からの続き。同じく近代将棋「将棋の公式」より。

C図


B図よりC図に至る指し手。△45同歩▲同桂△55歩▲同銀△同銀▲同角△45桂▲同飛△54銀打(C図)。
「数ある駒落定跡の中で、飛車落定跡は大差のハンディにもかかわらず相当難解といわれている。 たった一手間違えただけで下手良しが、たちまち上手良しに急変してしまうような定跡が多いから である。飛車落定跡は中盤のさばきと、終盤戦の寄せを学ぶ定跡である。(中略)前述の 引き角(42角)戦法も実はきわどい定跡の一つであり、下手にとっては危険極まりない定跡 といえる。そしてこの種定跡は駒組みから開戦し最後の寄せまで全部おぼえなければならない からはなはだ厄介である。」頭の痛い一文でもって瞑すべし。
「C図の△54銀打のところは△54銀と出る変化もある。実際はどっちを指されたか いまではもう記憶がない。が、このあとの定跡を知らない悲しさ、以下の指し手は しどろもどろとなり、完敗したことだけははっきりおぼえている。」同誌より。
C図までが実戦譜であり、又、定跡通りの進行である。C図以下の定跡は次の通りです。



D図


C図よりD図に至る指し手。
▲44歩△45銀▲43歩成△同金▲44歩△53金寄▲74桂△61金▲82銀△64歩 ▲81銀生△63玉▲43歩成△同金▲22角成△33角▲55桂△54玉▲43桂成△22角▲53金△55玉 ▲47金△65玉イ▲66歩△同角▲77桂△76玉▲67金△75玉▲76銀△84玉▲66金 △38飛▲68銀△74歩▲82角△73桂▲86歩(D図)まで下手の勝ち。
「D図となれば、もはや上手の玉に受けはない。仮に△93桂なら▲85歩△同桂右▲同銀△同桂▲76桂まで の即詰みとなる。C図からD図までの指し手は39手。随分と長い定跡である。 しかも、この39手は一本道ではなく、至るところに変化が潜在している。」
同誌より。一つ一つの定跡も難解だがその変化も多多ありまさに「定跡地獄」といえる。
板谷進九段著『駒落戦法』には(イ)以下の変化が載っている。
▲62桂成△99角成▲61成桂△98飛 ▲69玉△76玉▲86金△65玉▲77桂△同馬▲同金△58角▲59玉(E図)まで下手の勝ち。



E図


「下手は▲47金と上がり、玉の上部脱出を阻止します。一見線の細い寄せのようですが、 ▲62桂成から▲61成桂と金を取る順があって、きわどいながらも、指し切りとはなりません。 上手の△98飛は最後の反撃ですが、譜のように逃げ、ぎりぎりの一手勝ちです。 指し手が少々長くなりましたが、ぜひ一度盤に並べて、肉を切らせて骨を切る飛車落の 終盤を味わってみて下さい。」


(文責 藤田)










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第38回                 定跡地獄(1)

 

”駒がそろえば詰手順もみえてくるものよ”。鬼平得意のセリフです。
「鬼平犯科帳」には将棋を指すシーンがよく出てくるが、池波さんはどのくらい 将棋を指されたのだろうか。
近代将棋昭和45年2月号「将棋の公式」加藤治郎八段P68より。
飛車落戦。加藤さんが18才アマ五級(註、当時の段級は今と違って辛かった)の頃 の話で下手番である。
「筆者が五級になったばかりのころだから、昭和三年の秋だった。 (中略)、三年ほど前に(中学三年のとき)、天野宗歩、大橋宗英、福島順喜の三著=精選、歩式、 絹篩をひととおり読んでいたからである。」
当時は今と違って定跡本も少なく、出版事情も悪く、新しい本はなかなか手に入らなかったと思われる。
うがった見方をすれば、研究するには上記のような古典定跡を参考にするしかなかったのだろう。
それにしても、中学三年生でこれらの定跡本を読んでいたというのは、流石である。

A図


△34歩▲76歩△44歩▲48銀△32金▲46歩△42銀▲47銀△43銀▲56銀△54歩 ▲48飛△33桂▲36歩△31角▲65銀 △42角▲37桂△12香(A図)。
「上手の採った作戦は引き角戦法。42角戦法ともいう。飛車落定跡を多少学ばれた読者なら ご存じの戦法である。」A図よりB図に至る指し手。
▲68玉△62玉▲78玉△72玉▲58金右△62銀▲68金直△94歩▲96歩△53銀 ▲56銀△64銀▲26歩△62金▲45歩(B図)。








B図


「だが精読したわけではなく、はっきり下手良しとなるまでの指し手や変化手順は全然 知らなかったのである。ただ前述のようにB図以下下手良しということだけを知っていたに 過ぎなかった。これは明らかに知ったかぶりである。」
よく指導対局の観戦記などにうろ覚えの罪であるとか、もっと定跡を研究するようにとか書かれているが 定跡の全てを覚えるなどどだい無理な話である。完璧な答案などないのである。
(文責 藤田)








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第37回                 宗歩の強さ

 

棋聖とよばれた天野宗歩の強さについての一文をM氏が将棋世界、 昭和48年3月号P177に次のように寄稿されている。
「ところで連盟機関紙『将棋』14号の『近ごろ感心した好手』の中で、内藤王位が宗歩の強さについて一寸 ふれていますが、王位の奨励会時代『宗歩は四段位やるのではないか』と話しあった とのこと。その後『七段くらいは指す』と変わり、最近では『A級上位は固い』となり、 升田九段によると『天野君は十三段』との事である。そして内藤王位はいう。『自分に 力がつくに従って宗歩が強く感じられてくるという私自身の体験から考えても 宗歩の評価は、すなわち自分の評価ではないか。宗歩を量ったつもりで実は己が 宗歩に量られているのではないかといった気がしてきます」云々とある。
この話によって私が第一に感じたことは、下手は上手の力を正確に判定できない ということ。上手の力に対して甘い幻想を抱き勝ちになるということです。
40年たった今でも宗歩の評価は変わっていない。『将棋精選』も色あせしていない。
しかし……。同誌P34に医事評論家の石垣純二氏が「プロを苦しめる愉しさ」 として随筆を寄せている。「銀多伝に組み上がりさえすればもう八割ぐらい 勝った気分になる。何しろ玉の構えが精選定跡とはまるでちがう。(中略)」 これには宗歩翁も苦笑されているだろう。(銀多伝いのち)の石垣氏にかかってはかたなしである。

A図


カニ囲いも銀多伝(A図)と同じように固い囲いである。 どんな囲いでも一長一短があり万全ではない。穴グマは固い囲いの最たるもの だが「強い」囲いには感じられない。












B図


私の好きな囲いは(B図)である。これは囲いではなく二枚落上手の理想形の「駒組み」なのだが 、私の中の一番強くて固い囲いだ。
(文責 藤田)













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第36回                 続・血涙十番勝負

 

第一番 八段有吉道夫    ×
第二番 八段加藤一二三  ×
第三番 七段板谷 進    ×
第四番 王位内藤国雄    ×
第五番 八段大内延介    ×
第六番 四段真部一男    ×
第七番 九段塚田正夫    ×
第八番 六段石田和雄    ×
第九番 八段大野源一    ×
第十番 十四世名人木村義雄 ○

※勝敗は下手からみて(肩書は当時)
 1勝9敗1分け 角落戦

「将棋をこよなく愛する人に、勝負の世界に魅かれる人に、男の人生を考える人に、 山口瞳の愛読者に、この1冊の滋味を贈ります。当代第一線棋士に角落ちで挑戦する十番勝負。 面白うて哀しき待望の続編。」
表紙帯より

A図


 A図は第一番対有吉戦の一局面。
さて、上手の△14歩にどう挨拶するか。













B図


 B図は第4番対内藤戦の一局面。
奇妙に長く感ぜられる1分間だった。初手を指す前に、内藤さんは目を閉じ、 時に窓外を見るなどして気持ちを静めておられたようだ。
内藤さんの細く長く白い指が飛車をつまんで、パチッと横へ△22飛。これは誤植ではない。
 B図をよく見ていただきたい。この図面は書き誤りではない。飛落ち戦の正に角のいる場所へ 飛車を持って行ったのだった。「これが阪田三吉流ですか?」「そうです。藤内先生が、 今日はお前に阪田流の極意を伝授すると言って指したのが、この△22飛だったんです。」
同書より。






 山口瞳著『続・山口瞳血涙十番勝負』講談社、昭和49年より。
「将棋における角落とはどういうものであるかを説明するならば、全国で 一番強い素人の将棋指しが角落でプロに挑戦するときに、まず絶対に勝てないという 手合いなのである。時のアマ名人が角落では勝てない。飛車落では時の学生名人が 大山名人に挑戦するときに、まず勝てない。それが角落になると全国で一番という人が 勝てなくなる。それほどの違いがある。(中略)
『角落のココロ』とは何だろうか。 僕はキビシサにあると思う。角落では、それ以下の手合いと違って、下手からの一方的な 攻撃というものが通じない。すなわち攻めあいとなり、そこにキビシサが 生ずるのである。従って角落では、中盤から『平手になってしまう』のである。」

 その通りであると思う。飛車落戦3勝6敗1分け(うち平手一局)、角落戦 1勝9敗がこの2冊の成績であるがファンにとって勝ち敗けは関係のない 話であるが、指し手に一喜一憂する下手の心理を描いて絶妙である。
(文責 藤田)


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第35回                 血涙十番勝負

 

第一番 八段二上達也    ×
第二番 八段山田道美    指しかけ
第三番 二段蛸島彰子(平手)×
第四番 七段米長邦雄    ○
第五番 十段中原 誠    ×
第六番 八段芹沢博文    ×
第七番 六段桐山清澄    ×
第八番 名人大山康晴    ×
第九番 八段原田泰夫    ○
第十番 五段山口英夫    ○

※勝敗は下手からみて(肩書は当時)
3勝6敗1分け(うち平手一局)
飛車落戦

 直木賞作家山口瞳は将棋を愛していた。同じく作家で五段の団鬼六も別の意味で将棋を愛していた。 この二人のおかげで将棋界は面白くなった。
『山口瞳血涙十番勝負』講談社、昭和47年。「将棋の世界に観る人間の魅力。当代第一線棋士との対局十番の中に、男の人生の哀歓を描く」。
同誌帯より。

A図


「A図は山口瞳先生が多用した位取り戦法である。この新戦法は 研究熱心な学生名人などが時たま指すのを見受ける程度で、未完成定跡であった。 それをほぼ一本化した定跡の原形を造ったところにも、本書の意義がある。」
同書米長八段の解説より。











B図


「山田さんは僕との一戦をもとにして『6五歩位取り戦法』の理想形を定跡化しようと 試みたのである。その理想形の一つがB図である。(中略)山田さんは この定跡を完成しないままに急死したのである。」同書より。
漠然とした駒組みだが▲65歩の位が大きく、上手手詰まり模様である。 下手のネライは以下▲67銀、▲56歩、▲55歩、▲56銀として▲55銀左からの中央突破という遠大なる構想。 実戦譜がある。原田八段対四日市の森久米夫三段の飛落戦。 40年前の将棋とは思えない森三段の快心譜。

(文責 藤田)






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第34回                 愈究而愈遠

 

「バザールの中央に煉瓦で組んだ焼肉屋があり、ドンゴロスの布を屋根にした 野菜、雑穀物、日常雑貨売り場があり、(中略)、女子供が 食器を洗い、洗濯している。側の巨大なアカシアの樹木の下で人々が憩い、 ラクダの糞を駒にして将棋を指している。(中略)古いゲーム台が一台あり二人の 黒人が遊んでいる。低いテーブルの上で一組が将棋を指し、一人がカウンター で酔っている。」「サハラ横断砂の巡礼」前島幹雄著、彩流社(1989年)より。
これだけではどんな将棋かわからないが、多分チェスなのだろう。中学時代夏休みに友人と 庭先で朝から晩まで将棋を指していたのを思い出した。50年以上も昔の話だがその頃は将棋が 楽しくて面白くてたまらなかった。

A図

A図より▲15歩△同歩▲13歩△75歩▲15香△14歩▲同香△13香▲同香成 △同銀▲28香△22香▲24歩△同歩▲23歩△76歩▲22歩成△42玉(B図)。















B図

△42玉の早逃げが妙手。
B図以後、下手の攻撃の全主力(飛角銀桂香)はまるで盤面に凍りついた ように終局まで全然動かなくなってしまうのである。近代将棋「将棋の公式」 加藤治郎八段(昭和43年3月号)より。上手大山名人―下手佐藤芳彦六段(41年度アマ名人) の角落ち戦。A図以下下手の端攻めで断然優勢にみえる。しかし名人評によると ”▲15歩ではいま一手▲68角と待つべきである”という。これがわからない。
プロの底知れぬ力、奥の深さというべきか。
※「愈究而愈遠」…(ユウキュウシコウシテユウエン) 木村義雄十四世名人書。読み方は「いよいよ極めればいよいよ遠し」意味は不明。『棋士と扇子』山田史生著 平成14年より。
(文責 藤田)




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第33回                 下手泣かせ(4)

 

 よい将棋を負けるのが弱い人
 負け将棋を勝つのが強い人
 よい将棋を勝つのが一番強い人
 負け将棋を負けるのが一番弱い人

 さてあなたはどのタイプでしょうか。60年前の雑誌より。

A図


 A図は二枚落の基本図。初級者には△12香▲35銀△14歩と様子を見ることにしている。上級者には△75歩▲同歩△同金▲35銀△66歩▲同歩△86歩▲同歩△95歩▲同歩△97歩▲同香△86金▲87歩△85金▲67銀△96歩▲同香△同金(図面省略)。下手は右金の動きにまどわせられ本筋をつかみにくい形勢となる。











B図


 B図は飛香落より。以下▲45歩△同歩▲同銀△88角成▲同銀△33桂▲44銀△47歩▲同飛△38角▲48飛△29角成▲53銀成△同銀引▲41角で下手よし。
 小中学生に将棋を指導するようになって30数年になる。しかし未だに下手の心理は読めない。
 駒落ちの指導で心掛ける大事なことは何か。
一、定跡通り指してキレイに負ける。
一、下手のネライを甘受する。
一、詰むように詰むように逃げる。
他にもあるが、しかし、私は六枚落でも全力で下手を負かしにいく。 
(文責 藤田)




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第32回                 下手泣かせ(3)

 

 上手と下手の間には「力の差」があり、それを補なうのが駒落戦だ。
定跡通り指せば下手が勝てる。ハンディをつけることによってその「力の差」を極力無くす。しかし「ゼロ」にはならない。上手には無言の圧力があり、下手有利のハンディにも関わらず、重圧に負けてしまう。負ける筈がないのに負けるのは、下手の過信と上手の影の力なのだろうか。
 将棋の定跡は古今の名人、上手が苦心の末実戦と理論において明確にしたもので、強くなりたい人は是非おぼえる必要があります。我流ではある程度までしか強くはなりませんし、将棋の真の面白さはやはり定跡をいかに応用して勝利に導くかにあると思います。
 六枚落から。初手より△42玉▲76歩△72金▲66角△82銀▲96歩△74歩▲95歩△64歩▲56歩△73金▲94歩△同歩▲同香△84金▲98飛△95歩▲84角△同歩▲95飛△34歩(A図)。

A図


 △34歩が好手で32銀33玉型は結構弾力があり、下手大変である。A図以下▲93香成△同銀▲同飛成△33玉▲53竜△42銀(図面省略)の変化が「駒落ちのはなし」先崎学著に載っている。私は▲53竜に△35角と打ち馬を作って下手を悩ませている。









B図


 四枚落から。(B図)以下△62金▲14銀△13歩▲23銀成△同銀▲11歩成△73桂▲21と△14歩▲13歩△34銀▲12歩成△45銀左▲22と寄△42金▲31と寄(図面省略)。
B図は定跡手順で、と金を作り飛車を成りこんで必勝と思いきやすでに上手のワナにかかっている。省略図となっては上手最強の布陣で仲々勝てない。二枚のと金は働きそうにないがここからがふんばりどころだ。以下△65桂▲32と右△53金左▲22飛成△57桂生▲41と寄△49桂成▲同玉△56銀▲38玉△35銀▲42と引△26歩▲39桂△57銀成▲33と(図面省略)以下下手勝ち。▲38玉▲39桂が力強い受けで下手が見事に勝ち切った。
(文責 藤田)






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第31回                 はね違い定跡

 

 「しまった」と思った。K君が「はね違い定跡」を覚えてきたのだ。
これまで順調に延びてきたK君が飛車落になって悩んでいたので『飛落精妙』鬼頭孝生著を勉強するように貸してあげた。その時はっきりと持久戦型を覚えるようにと指示を出すべきだったと思ったが後の祭りだ。はね違いはまだ早いと思ったが7〜8局指すうちに上手が勝てなくなり卒業していった。数年後、全国高校竜王になったと聞いても別に驚かなかった。一つの定跡を研究する内に「棋力」いわゆる本当の力がついたのだろう。優勝したのは勿論本人の努力によるものだが秘かに上手の教え方がよかったのだと自負している。

A図


 A図が基本で▲26歩と突けばはね違いを拒否できる。
A図以下▲45歩△同歩▲同桂△25桂▲22角成△同金▲33角△44角▲同角成△同銀▲33角△同金▲同桂成△43歩▲34成桂△37桂成▲46飛△71角▲35歩△同銀▲同成桂△同角▲45飛△71角▲44歩△同角▲同飛△同歩▲34角△61角▲41銀△43金▲23角成△42金▲43歩△同角▲33金△同金▲同馬△25角▲26歩△36角▲52銀成△49飛▲51馬△48成桂▲同金△同飛成▲62成銀△82玉▲61馬△69金▲71馬△92玉▲77玉(B図)まで下手の勝ち。








A図


B図は第19回「飛車落の風格」の次の一手の正解図でもある。
(文責 藤田)













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第30回                 角落本定跡

 

 「角落の定跡には『本定跡』と呼ばれるA図のような下手が振り飛車にしてゆうゆうと玉を安全地帯に囲い、上手の動きを見ながら小味な攻めをねらう指し方がある。大正時代までは名称の通りこれが本流で居飛車戦法はめったに現われなかった。
 しかし『本定跡』は上手に徹底的に待たれると、かなり無理をしなければ攻勢をとることができない。
攻め過ぎて入玉、持将棋に持ち込まれる例も多い。そこで即戦即決型の『矢倉』が詳しく研究され、現代ではこれが代表的な定跡となっている。他にも中飛車とか、それぞれ特色のある力戦法を見ることはあるが、やはり私は矢倉戦法が最も合理的ですぐれていると思う。」近代将棋、昭和47年3月号、加藤一二三八段 角落定跡の周辺をさぐる(上)より。
 余談だがA図の上手の囲いを『銀象眼(ぎんぞうがん)』という。意味不明。象の眼に似ているのだろうか。象嵌(ぞうがん)と書けば分かり易い。金属に模様をきざんで金銀などをはめこんだもの。つまり玉を眼に例えたようだ。
 目に水晶を嵌める玉眼は目の濡れて光る様子を写すために考えられた技法で、鎌倉時代以降の仏像に広く見られる。

 角落本定跡(三間飛車)A図
 角落裏定跡(矢倉戦法)前回B図 ―実戦譜参照(対北村先生)
 角落   (中飛車)B図 ―実戦譜参照(対北村先生) B図 ―実戦譜参照(対池田猛五段)

A図

 A図以下▲48角△83金▲75歩△同歩▲同飛△74歩▲78飛△21飛▲76銀△25歩▲同桂△同桂▲同歩△同飛▲26歩△21飛▲67桂(図面省略)が想定される。














B図

 B図は北村文男先生との角落指導対局。先生は桑名に転居されたが鈴鹿市寺家の出身。澤田真吾五段も鈴鹿市出身なので何かしら縁を感じる。先生は囲碁、将棋共プロという唯一の存在。三重県棋界も先生のおかげで今日があるといえる。
 松阪の池田先生はアマ名人戦西地区大会準優勝。松阪の重鎮。指してもらったのはこの一局だけ。思い出は同じ松阪の安田初段に負けた時”藤田君二枚だよ”と暖かい目でおっしゃった。先生と安田さんは二枚落でやっているのでしっかり頑張りなさいということなのだろう。
(文責 藤田)









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第29回                 なんでも矢倉

 

「飛車落定跡には『右四間飛車定跡』と『居飛車引き角定跡』とがあります。なぜ全く異質の定跡が二つあるのか、それは古来から伝わる『右四間』があまりに難解なので自然発生的に『居飛車』が考え出されたと推察されます(中略)。ねらい筋にやや不明確さはあるものの手厚さと安全度という点から見るなら『居飛車』が優ります。」『将棋入門』内藤国雄著より。

A図

A図以下▲14歩△同歩▲21角△13香▲12角成△31角 ▲24歩△同歩▲同飛(図面省略)でつぶれる。上手△31角の所△53金なら▲12歩△22金▲11歩成△21金▲同と(図面省略)でやはり下手よし。
 二枚落、飛車落、角落を矢倉に組んで戦う指し方があり、「なんでも矢倉」といってそうした定跡書もあります。矢倉の得意な人、好きな方にオススメです。












 「プロの一流(A級棋士)に対し角落で互角に戦えればアマ名人ないしアマ名人と同等の棋力の持ち主と見て差し支えありません。角落というのは、非常に大差のようでいて実は見た目ほどではないというところもあります。(中略)とに角大駒一枚違うのだから、といった安易な気持ちでいては危ないのです。」(同書より)。
角落で有名な定跡の一つを紹介します。

A図

 B図以下▲35歩△同歩▲45歩△同歩▲35角△34歩▲26角△42銀上 ▲37桂△33桂 ▲36銀△65歩▲48飛△66歩▲同金△65桂▲同金 △同金▲57桂△56金▲45桂左△同桂▲44歩△同銀 ▲45銀△同銀▲44歩△同金▲同角△36銀▲45桂△33桂▲43歩 △同玉▲71角成△47歩▲44金(図面省略)にて下手必勝。
▲37桂とはねず▲45歩と仕掛けるのは升田九段創案の仕掛けとされている。
▲57桂が次の一手にしたいような好手。以下流れるような手順と手筋で下手必勝となる。
(文責 藤田)









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第28回                 定跡の功罪(2)

 

A図

 A図は二枚落の「木村定跡」と呼んでもいいような鮮やかな決め手として、駒落ちの本には必ず載っている局面です。しかし残念乍ら実戦ではまだ一度もお目にかかったことがない。二枚落は飛車落と共に数百局以上対局しているがこの手を指されたことがない。奇手、妙手の類ならそれもあるかもしれないが、ごく普通の手であるから余計にそう思う。私にとっての「七不思議」の一つです。













A図

 B図は飛香落から定跡通りに仕掛け、上手74歩型なので▲66歩とついたところ。
定跡では△55歩▲67銀△36歩▲同歩△46歩▲18飛△45桂▲11歩成△37歩 ▲48歩△38角▲21と△29角成▲13飛成△38歩成 ▲12竜△48と▲同金△47歩成▲31と△11歩 ▲同竜△42金▲41と△52金寄▲51と△62金▲61角△82玉▲22竜△52桂▲44歩(図面省略)以下下手必勝となっている。
 しかし私はB図以下△55歩▲67銀△75歩▲同歩△同銀イ▲76歩△64銀と下手の様子をみる。▲11歩成(悪手)ならすかさず△74角▲18飛△46歩▲13飛成△47歩成(図面省略)で決まる。
 ものの本によるとこのイ▲76歩も悪手だという。単騎銀なので恐れる必要はないということか。▲73歩のタタキも残り、△74角にも▲65角の切り返しがある。しかしこんな下手とは指したくないなあ。
(文責 藤田)





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第27回                 定跡の功罪(1)

 

「定跡というのは何か。辞典には『将棋で古来の研究によって攻守ともに最善とされている一定の型のさし方』とあり、平手の落ち着くところは優劣不明。駒落ちでは下手必勝までが解明されています。
 将棋の上達にはこの駒落ち定跡から入るのが順序です。将棋は理の世界です。その理を手取り早く理解するには駒落ち定跡が一番適材です。(中略)使いなれた定跡が突然くつがえされたとなると、誰だって驚くでしょう。しかし定跡は人がつくった駒組みです。やはり、そのどこかにスキがあることを頭の片隅においておく必要があります。」『将棋入門』内藤国雄著、昭和50年、日東書院より。

A図

 A図は六枚落から。以下▲98飛△95歩▲84角△同歩▲95飛△34歩 ▲92香成(悪手)△73銀▲93飛成△62銀▲82竜△52金▲75歩△同歩 ▲74歩(図面省略)。
 下手は定跡通り指していると思っているのでしょう。と金を作って必勝と教わったのでしょう。これでは92成香が泣いています。うろ覚えの罪です。












A図

 B図は四枚落から。下手のと金攻めを想定した上手自慢の最強の布陣。図となっては下手の力では勝ちきれない。以下△65桂とはねて総攻撃をかけて攻めつぶしていたのだが、ある時▲66角に気がついた。角成が受からない(銀は使いたくない)。この手はいつでもある訳で81の桂を動かしてはいけないのだった。しかし上手たるもの、これぐらいでひるんでいては情けないのでそれからも△65桂とはねて下手の顔色をうかがっている。
(文責 藤田)










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第26回                 一丁半の右香落

 

A図

 右香落の新しい資料がみつかった(提供、森 美憲氏)『象戯六要』福島万兵衛著 安永2年(1773年)に飛車香落の右香落(A図)が載っている。原文のまま記す。

飛車香落三十番
 三四フ 七六フ 四ゝフ 九六フ 七二へ 九五フ 八四フ 四六フ 三二へ 四八ヒ 四二ヨ 三八ヨ 四三ヨ 四七ヨ 五四フ 五六ヨ 三ゝ圭 三六フ 六二ヨ 五八へ右 五三ヨ 六八王 一四フ 一六フ 二四フ 二六フ 五二王 七八王 七四フ 六八へ 六四フ 三八ヒ 八三へ 三五フ 同フ 同ヒ 三四フ打 三八ヒ 七三圭 四七へ

 現代風に直すと△34歩▲76歩△44歩▲96歩△72金▲95歩△84歩 ▲46歩△32金▲48飛△42銀▲38銀△43銀▲47銀△54歩 ▲56銀△33桂▲36歩△62銀▲58金右△53銀▲68玉△14歩 ▲16歩△24歩▲26歩△52玉▲78玉△74歩▲68金直△64歩 ▲38飛△83金▲35歩△同歩▲同飛△34歩▲38飛△73桂▲47金(B図)






A図


 この資料で判るのは略字が使われていることと、前回紹介した『将棊歩式』では 上手が先手方の記号になっていたのが今回は現代風の記述になっていることである。
これらの古棋書をみていて感じるのは少しずつ改良されて淘汰されたのが「現代将棋」であるというのが良く判る。将棋はインドで起こり、奈良時代に日本に伝わった。当初駒を三百五十四枚も使う「泰将棋」などが指されていたが、次第に簡略化され、中将棋(九十二枚)を経て、 室町時代ごろ現在の小将棋(四十枚)が出来たとされている。
いつ頃か不明だが日本独特のルール(取った駒を使う)や禁じ手の制定を経て、 より複雑なゲームへと昇華されていったのだろう。
(文責 藤田)





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第25回                 銀じいとの対局(2)

 

A図


 A図は飛車落右四間飛車定跡の中のもっとも基本的な駒組である。A図で9筋の突きあいがある場合仕掛けるのは不可とされている。
 従って上手△53銀は危険な手で△94歩▲96歩の交換をしてから△53銀と上がるのが正しい。古典定跡が素晴らしいと思うのはA図から仕掛ける変化がきちんと説明されているのである。以下▲45歩△同歩▲同桂△同桂▲22角成△同金▲45銀△44歩▲65桂△45歩▲53桂成△同金▲31角△44角▲45飛△32金▲53角成△同角▲43飛成△同金▲52銀(B図)。









B図


 「上手が雁木でがっちり堅めているところを攻めていくのだから、現代の感覚ではちょっと考えられない仕掛けである。これが古典定跡のもつ感覚であり味であろう。一見単調であり、無理筋のきらいがあるが、これが決まれば一刀両断のさわやかさがある。
 B図以下△42金▲61銀△82玉▲63銀成△94歩▲53成銀△同金▲71角△92玉▲72銀成にて下手勝ちなり。A図で△94歩▲96歩の突きあいがあると△42金▲61銀打△82玉▲63銀成△44角▲72銀成△92玉▲81成銀△85桂(図面省略)で下手の負けになる。つまり△94歩が突いてあると▲63銀成が詰めろにならないのである。△85桂以下▲66桂と受けても△65桂▲88銀△81玉で△77銀以下の詰めろを見られて下手の負け。」
近代将棋(昭和45年2月号)飛車落定跡の再検討、山田道美八段(当時)より。

 何故今回この変化をとりあげたかもうおわかりであろう。前回とよく似た局面B図(全然違うといわれそうだが)になったから。
 伝説の真剣師、銀じいとの対局では下手の攻めがまづく上手に逃げられてしまった。
 大田さんは今年生誕百年にあたる。
(文責 藤田)


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第24回                 銀じいとの対局(1)

 


 天王寺駅を降り、図書館前から動物園前を抜けジャンジャン横丁へ入っていった。
 賑やかな町で喧噪の中を通天閣へ向かった。昭和44年(当時20才)の頃で不安と期待で胸が一杯だった。途中三桂クラブへ寄り2、3局指したようだ。その中に桑名出身の人がいて同郷のよしみで”トビタの方は行くな”と忠告してくれた。
 この対局はそれから2年後だが金銀将棋クラブは確か新しく出来たばかりで実際は通天閣の地下道場だったかもしれない。
上手に△64銀と出られ▲56銀と引いているのは定跡をウロ覚えなのがバレバレである。
▲63銀成以下寄っているようないないような。私の力では判断できない。
 『飛落精妙』鬼頭孝生著△31角引落し戦法より。
「やっとの気持で飛車落右四間飛車のクライマックス、△31角に入ります。強烈な攻めの手筋、強引とも思える寄り身。どこをとっても素晴らしい将棋の醍醐味が味わえます。古来より幾多の棋士が取り組んだおもしろさを我々も正面から楽しんでみましょう。この定跡には飛車落の全てが入っていると言っても過言ではありません」。

A図


 A図は△42角、△12香型と呼ばれる型で下手方アマ5、6段でも仲々勝つことは容易ではない。板谷 進先生の得意型でもあり、上手の懐の深さはプロの芸のすごさを感じる。












A図


 板谷九段と東海地方の強豪との対局が『飛落精妙』の最後に「飛落十番 指導将棋」として掲載されている。改めてA級棋士の懐の深さやプロの読みの力を感じます。
 B図は実戦の途中図ですが定跡との違いは桂が交換されていないのと64銀が残っていることです。
 図では裏定跡の△61角が成立しそうです。以下▲41銀打△42金▲61銀生△同玉▲43金の攻めは△41金と銀をとられ53角がとれませんので失敗です。

昭和46年11月28日
飛落△上手 大田 学 五段
  ▲下手 藤田正夫 二段
 金銀将棋クラブ 於
 実戦譜参照

(文責 藤田)

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第23回                 新発見

 

A図


 旧定跡の変化を色々と調べていく内に飛車落上手△54歩と突かず△33桂留とする悪手のルーツがみつかった。『将棊歩式』九世名人六代大橋宗英著 文化七年(1810年)発行である。(33桂留自体は1700年頃にも存在する)
 原文のままを写す。
飛車落 上手方七七桂下手方飛車振替へ。
七六歩 三四歩 六六歩 六四歩 七八金 六二銀 六八銀 六三銀 六七銀 五四銀 イ七七桂 五五銀。イ七七桂の処五六歩 六二飛 七七桂 七四歩 四八玉 四二玉 三八玉 五二金右 四八銀 三二玉 一六歩 一四歩 五七銀 四二金直 五八金 七二飛以下略。
 現代図に直すと△34歩▲76歩△44歩▲46歩△32金▲48銀△42銀▲47銀△43銀▲56銀△イ33桂▲55銀。(A図)イ△33桂の処△54歩▲48飛△33桂▲36歩△62玉▲68玉△72玉▲58金右△62銀▲78玉△94歩▲96歩△53銀▲68金直△52金▲38飛(B図)と続く。


B図


発見者は森 美憲氏。全てはA図から始まった。『飛落精妙』初版の巻頭のあいさつにあるように板谷進九段の一言”つぶれとる”は大好きなエピソードの一つである。ここから「駒落ち百景」が生まれた。

 AKBは努力、ももクロは全力、モー娘。は実力と言われているが、あなたはどのタイプがお好きですか(笑い)。 実はこれはダンスの評価なのだが、なにごとにも「一所懸命」のキーワードが隠されている。
 古棋書の研究も日々の努力の積み重ねによるものである。
(文責 藤田)






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第22回                 旧定跡の改良型(2)

 

A図


 A図は前回解説の最終手▲74角に△52桂と受けた局面。
 以下▲48飛△29角成▲42桂成△同玉▲54銀△74馬▲53金△31玉▲43銀成(図面省略)で下手必勝と『飛落角落定跡篇』土居市太郎著(誠文堂 昭和5年)に載っている。
 アクロバティックな手順で如何にも解説用につくられた手順にみえる。











B図


△52歩の受けなら▲53金はない。よってこの定跡手順は失敗かというとそうではない。▲74角に代えて▲62角(B図)がある。以下△41玉▲42桂成△同玉▲64銀△52歩▲45飛△同歩▲44歩△32銀▲55桂(図面省略)でどうだろう。上手にも△65角成や△76桂といった反撃手段があるが残していそうだ。
 山田道美九段は定跡講座解説の最後に次のようにいっておられる。
 「以上の変化は、かなり難解だったと思う。これは私たちの研究会と山田教室の奨励会員の五十段近い知恵をしぼって、訂正に訂正を重ねてできた定跡である。あるいはまだ訂正しなければならないところがあるかも知れない。それは従来の定跡のルート(攻撃手順)に疑問があるのか、あるいは、駒組そのものに欠陥があるのか、難解すぎるきらいがある。この辺の解明は今後の研究をまつよりない。」『山田道美著作集』より。
 昭和の後年、飛車落右四間飛車は営業用に作られた定跡ではないかという人もいたが、私はそうは思わない。数ある駒落ち定跡の中でも、飛車落右四間飛車こそが最高の傑作だと思う。
(文責 藤田)


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第21回                 旧定跡の改良型(1)

 

A図

 今から30年程前、小中学生将棋教室でA図を前にいつも苦しんでいた。
 私は少年に聞いた。
「誰かに教わったの」
「自分で考えました」
 少年Hは涼しげな眼でそう答えた。基本図(省略)から▲75歩の仕掛けが早すぎると△42銀と引かれる裏定跡があり失敗する。
 これは「コロンブスの卵」だと思った。少年の仕掛けた手順は旧定跡の改良型なのだ。
 「山田道美著作集」に裏定跡のまぎれの中で上手つぶれの変化が紹介されている。これを改良型に あてはめてみる。
 基本図以下▲45歩△同歩▲同桂△同桂▲22角成△同金▲75歩(A図)△同歩▲74歩△44歩▲73歩成△同玉▲77桂△62玉▲65桂△42銀▲74歩△同金▲66桂△65金▲同銀△38角▲54桂△51玉▲74角(B図)で下手の勝ち。(筆者註、しかしB図で△52歩と受けられるとどう寄せるのだろう)



B図

 ▲65桂に△42銀のところ△64銀なら▲31角△32金▲64角成△同金▲53銀△63玉▲64銀成△同玉▲45銀△同歩▲56桂(図面省略)で下手勝ち。
 「上の変化は、この仕掛けのもっとも有名な定跡である。つまり、角を交換されて、▲74歩から▲31角をねらわれると、上手はささえきれないのである」同書より。
(文責 藤田)












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第20回                 三枚落

 

 香車はもともと攻撃性の強い駒であるが守りに強い駒でもある。動かない駒は注意をひかないせいかその働きも忘れられがちになる。四隅の香車がまったく動かない棋譜も珍しいことではない。
「右香落は現在まったく行われないコマ割である。しかし昔は左香落と同様、さかんに指されていた。いつ頃から右香落が廃止されたか詳しく知らないが、大正の中期に小野五平十二世名人と関根金次郎八段(当時)の対局に右香落があったと記憶している。なぜ右香落がすたれたか…(以下略)。」近代将棋(昭和43年3月号)名局スクリーンより。
 さて三枚落の香車のどちらを落とすかは上手の権利と何かで読んだように思うがはっきりしない。『将棋大観』には右を落とすとなっている。
 「従来の定跡本に三枚落は見受けません。将棋精選にも(三枚落は指方二枚へ近きもの故、二枚落の心持にて指す内に始終香なき方を狙う意味有べく)」『一手千金将棊虎の巻』八段阪田三吉著(大正2年)。とあり昭和3年発行の『将棋大観』木村義雄著には右香落の三枚落が載っている所から三枚落の定跡は大正期に整備されたのだろうか。

A図

 A図は前記の「一手千金」より。まだ定跡化されていないのが判る。
 実戦譜は43年前の将棋クラブのリーグ戦からで今となっては内容はともかく、珍らしい一局。
(文責 藤田)













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第19回                 飛車落の風格

 

A図

 A図は「次の一手」問題。上手玉は詰まず、下手玉は詰めろ。
 さあ、ここで、どう指す。
 山田八段(当時)は近代将棋(昭和45年2月号)から「飛車落定跡の再検討」と題して連載をされている。以下は同誌から。

 「飛車落は下手に三つの指し方がある。一つはこれから研究する右四間飛車である。もう一つは引角戦法でこれも古くから指されており『将棋独稽古』などにも載っている。いま一つは6筋位取りの作戦である。B図の指方は戦後に考え出された、もっとも現代的な手法である。(中略)、本稿で右四間飛車定跡をとりあげたのは、古典定跡の再認識ということもさることながら、この定跡はもっとも飛車落らしい風格をもっていると思うからだ。(中略)『33桂留、はね違い』とよばれる変化は飛車落定跡の中でも、もっとも難解とされているルートである。この定跡は研究熱心な人には興味ある変化であり、私も好きなルートの一つである」。





B図


「次の一手」正解は▲77玉。この手は金子金五郎先生が発見された名手で詰めろ逃れの詰めろである。上手は△79金と銀を取るぐらいだが▲84桂△同歩▲82金△93玉▲81金△83玉▲82馬△74玉▲66桂△85玉▲86歩の詰みがある。
A図ははね違い定跡の変化より引用。
 「61角の受けも裏定跡の一つである。この61角の変化は私のアマチュア時代に中京のアマ棋界で盛んに研究されていたのでなつかしい想い出がある。板谷四郎先生がアマチュアの人を相手にこの変化を熱心に検討されていた姿がいまでも目にうかぶ」。
 名古屋、栄の板谷教室に私が訪れた昭和55年前後は中田章道先生が「名人戦全集・大修館書店」を並べておられた。当時は高価すぎて手が出なかったのでうらやましく思ったものだ。
(文責 藤田)





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第18回                 丸田八段の新手

 

 古い雑誌に興味深い記事をみつけたので紹介したい。

A図

 近代将棋(昭和43年7月号)の飛香落指導対局で、「丸田八段(当時)が指した△24歩(A図)は定跡本に書いてない新手である。この手は本によれば@△74歩かA△84歩と上手が指すことになっている。@なら△74歩以下▲45歩△同歩▲33角成△同桂▲66歩と突いて下手よし。Aなら△84歩以下▲45歩△同歩▲11歩成△88角成▲同銀△33桂▲77桂(B図)にて下手よし。(註・Aの解説の▲11歩成では△55歩の紛れがあり▲33角成が正しい)中略。ことほど定跡というのは厄介なのである”定跡を覚えたら弱くなった”という声のあるのは当たり前だ。 これは天野宗歩のころから駒落ち定跡が進歩していないからだと思う。特に飛車落はひどい。よく定跡が進歩したから大駒は上手が指せなくなったという言葉を聞くが、これはウソだと思う。」








B図

 この記事を書いた記者の名前が無いのは残念だが”我が意を得たり”というのはこの事だ。第8回の疑問集にも書いたように駒落ち研究はこれから10年程待たなければならない。
 蛇足だが△24歩以下の攻め方は▲45歩△同歩▲33角成△同桂▲77桂△55歩▲65銀△同銀▲同桂△54金▲13香成△65金▲44歩△同銀▲21角△43銀▲23成香△42金▲54銀(図面省略)にて下手必勝。
(文責 藤田)











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第17回                 補遺

 

 偶然と偶然がかさなれば奇跡というが。裏の裏といえば”表でしょう”。人と人とのつながりは縁(えにし)という。その縁から新しい発見が生まれた。今回は第1回「上手33桂留」の補足と修正をさせて頂く。

A図

 A図は『将棋上手の泣きどころ』山本武雄著・昭和31年・大阪屋號書店、の第八十四題、飛車落、泣きどころ(一)より。ヒントとして「上手が△54歩突きを省略して△33桂と跳ねた局面。ここで下手に桂跳ねをとがめる順はないでしょうか。」正解手順は▲55銀△25桂▲38金△54歩▲66銀△(図面省略)。桂得必死で下手絶対優勢です。「次の一手」問題として57年前に既に発表されていたのも驚きだがそれを見つけてさらに資料を提供してくれた森 美憲氏に感謝。








B図

 B図は同じく第1回のその修正手順。前回△42銀は悪手。▲45歩で歩損になると説明したのだが、△43銀が悪く、代わりに△33銀があった。初手より△34歩▲76歩△44歩▲46歩△42銀▲45歩△33銀▲44歩△同銀▲48飛△43歩▲45歩△33銀(図面省略)が想定される。しかし歩損は解消されるが二手損(一手損+先後逆となる)となるのでやはり上手失敗といえる。
(文責 藤田)











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第16回                 上手泣かせ

 

 二枚落は二歩突切りと銀多伝に大別される。
 銀多伝を解説する人は「二枚落には銀多伝が紛れが少なく一番良いように思います。」といいます。しかし実際のところは石垣純二さんや湯川恵子さんが優秀な戦法として多用していましたが少数派に属します。
好き嫌い以外に何かあるのでしょうか。

A図

 A図△94歩のかわりに△65歩(悪手)は▲55歩△同歩▲同銀△54歩▲同銀△同銀▲55歩△53歩▲54歩△同歩▲55歩△同歩▲同角△54歩▲64銀△52玉▲46角(図面省略)にて下手必勝。















B図

 A図以下▲44歩△同銀に▲同角が上手泣かせの一手です。
 △同歩▲45歩△43金▲44歩△同金▲45銀打△43金▲55歩△同歩 ▲同銀△53歩▲54歩(B図)にて下手勝る。(将棋世界、昭和44年5月号)
 A図以下▲44歩△同銀に▲72歩が手筋で△同玉なら▲54飛で 決まるが手抜きされ、△86歩▲同歩△85歩と継歩攻めのいやな手があります。しかし▲44同角の手はあまり見たことがなく私の研究不足なのだろうか。
 銀多伝の実戦譜がある。伝説の男Sと大山名人の対戦。Sは当時高校生。県名人戦で「弱冠17才、ベスト4」の文字が紙上に踊る。大名人に臆することなく勝ちきったのは見事。(実戦譜参照)
(文責 藤田)





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第15回                 死番虫

 

   今、インターネットの世界がすごい(らしい)。アマゾンのジャングルには未知の開拓地ではなく、希望の新天地があるという。昭和のアナログ人間には縁のない世界だ。パソコン等の機械が苦手なのではなく、機械に嫌われているのだ。
 しかし、国会図書館に行かなくても本が見られる。検索するだけで全国の書店の在庫が判るというのは驚きである。便利すぎて恐ろしい位だという。
 現地に行って探すのが楽しみだと強がっていても、負け惜しみに聞こえる。古棋書にとり憑かれ、図書館、古書店を駆け巡り、資料探索の日々がなつかしい。

 近代将棋(昭和45年2月号)プロとアマの考え・山田道美八段(当時)より。
 「私はいま、木村名人の『将棋大観』、『最新将棋必勝法』、土居名誉名人の『飛落・角落定跡篇』、金子八段の『飛落講義』などを読んでいる。そして『大橋家秘伝記』、『将棋精選』、大橋宗英の『将棋歩式』、『将棋早指南』、福島順喜の『将棋絹篩』、『将棋独稽古』などの飛車落定跡を読むに至って、先人の叡智と汗の結晶であるいくつかのルートに畏敬の念を禁じえないのである。
 私がいまさらと思われる『飛車落定跡』を再検討しようとするのは先人が苦心の末発見した道を、もう一度散策したいと思いたったからである」。

 古書収集家にとって古棋書、特に和綴本の大敵なのが紙魚(シミ)であろう。本の代表的な害虫として有名だが誤解されている。シミは表紙の糊づけした部分の表面的な加害をするだけなのだ。本の内部、ページの奥深い所までトンネル状の食痕を残すのは鞘翅目(甲虫類)に属するシバンムシ(死番虫)の幼虫。このシバンムシ、わが国1の害虫で古い和書を初めとして木彫仏像にいたる文化財最大の害虫で、まさに本の悪役の代表にあげられる。本の雑誌傑作選(昭和60年)「おそろしい死番虫のはなし」より。
(文責 藤田)

将棋歩式

将棋精選

















『将棋歩式』大橋宗英著 文化7年(1810年)     『将棋精選』天野宗歩著 嘉永6年(1853年)

資料提供 森 美憲

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第14回                 64銀・53金型

 

   『飛落精妙』より「玉を金銀3枚で守り、攻撃の飛角銀桂が攻めの要所に配置されたら一気に切り込むのが良い。仕掛けたら終盤のつもりで休みなく攻めるのが急所。」

A図

 A図は下手▲26歩とはね違いをさけ上手△53金と4筋の補強。
 これをまって仕掛けるのが主題。今回も寄せまでの有名な定跡の紹介。
 ▲45歩△同歩▲同桂△同桂▲22角成△同金▲45銀△44歩▲同銀△同銀 ▲56桂△55銀打▲64桂△同銀▲42歩イ△45桂▲41歩成△37角 ▲51と△62玉▲42銀△43金▲52角△42金▲61角成△53玉▲43歩 △32金左▲42歩成△同玉▲45飛△同銀▲44桂△22金▲43金 △31玉▲52馬(図面省略)で下手必勝。
上手イ△45桂のところ△37角は▲41歩成△19角成▲51と△45香 ▲61角△82玉▲72銀△71桂▲45飛△同銀▲86香△84桂▲同香△同歩▲83桂(B図)で下手必勝。







B図

「激しい戦いながら一本道でここまで迫ってきた。寄せ切るか指し切るかのギリギリの終盤戦である。 飛車落で最短を目指すと必ず一手間違いを犯せば負けになる(指し切る)のが分かって頂けよう。激しい寄り身が必要である。」(同書より)
 定跡手順であるが判り易くするために一つ一つの変化は省略。
 詳細は同書を研究していただくとしていいたくないがやはり難解。
 しかし難解ゆえに頼もしい。
(文責 藤田)










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第13回                 64銀・52金型

 

   『飛落精妙』鬼頭孝生著の序文に「右四間は本当の研究主題で、一手のミスも許せぬ厳しさだが、全局にみなぎる奇手、妙手、強手の連発でギリギリの一手勝ちはこの戦法ならではのダイゴミであり進歩、上達には絶好の糧となろう。」とありまさしくその通りだと思う。
一言でいえば千変万化の面白さとなろうか。

A図

 A図は△64銀と出たところ。いつも思うのが▲26歩△24歩の間合いの難しさ。端歩の突きあいにも似て悩ましい。
 今回は仕掛けから寄せまでの有名な定跡から。
 ▲45歩△同桂▲同桂△55歩▲同銀△同銀▲同角△54銀打▲77角△45歩▲41銀△77角成▲同桂△42金右▲32銀成 △同金▲66桂△55銀▲45飛△44銀打▲55飛△同銀▲53角△62桂 ▲51銀△71角イ▲65桂△52歩▲62角成△同角▲同銀成△同玉 ▲54桂打△51玉▲42歩△44角▲53角(B図)で下手必勝(同書より。)











B図

 もしイ▲65桂の応援がきかない時は▲82金△同玉▲62銀不成△同角▲同角成△72金▲74桂打(将棋世界昭和46年4月号)と寄せる。
 定跡の手順というものは実にうまくできているものです。
一つ一つの変化については同書を参照して頂くとしてマラソンにもにてゴールした時の感動を味わって下さい。
(文責 藤田)










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第12回                 新定跡

 

   いままで殆んど定跡本に載っていない指し方を紹介したい。

A図

 A図は飛車落上手64銀、52金型といわれるモノ。
 定跡では@▲45歩△同歩▲同桂△25桂以下桂のハネ違いとして知られる。
 A▲26歩とハネ違いを拒否して上手の△24歩か△53金を見極める指し方がある。
 内藤八段(当時)が「奨励会に入る以前は、この手順をきらって下手を持つといつも▲66歩と指すことにしていた。以下△55歩▲65歩△56歩▲64歩と差し違え、一直線に走って勝つことが多かった。この後の手順としては、△64同歩に▲45歩と攻める。上手△64同歩のところ、△57歩成▲同金直△59銀は▲49飛△68銀成▲同銀で下手良形。」と書いている。(将棋世界昭和46年6月号)。
 しかし、これでみんなが勝てるのなら『新定跡誕生』となるがそれには内藤少年の「チカラ」がいる。
 板谷進六段(当時)との指導将棋が残っている。A図以下▲66歩△55歩▲65歩△56歩▲64歩△57歩成▲63歩成△同金▲57金直△35歩▲45歩△36歩▲44歩△54銀▲55歩△37歩成▲54歩△48と▲64歩△同金▲53歩成△45桂以下下手の負け。棋譜ノートに「▲57金直の局面では下手が指せると升田幸三著(将棋の勝ち方)に載っていると判ったのは後の話」と書いているのは今となってはご愛嬌。

 飛落 △六段 板谷進
    ▲二段 藤田正夫
 昭和45年5月24日(津)魚磯 於
(文責 藤田)

総譜は「実戦譜」の項目に掲載。

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第11回                 面白い戦法

 

   将棋の用語には面白くてユニークなネーミングが多数つけられている。意外なのは「動物系」が多いのが特徴でマムシのと金、雀刺し、穴熊、ネコ式タテ歩取り、千鳥銀、カニ囲い、アヒル戦法などです。
 ゲーム性の違いなのか囲碁と比べてもはるかに多く、駒落にも数多くみうけられる。
 余談ですが「カニ囲い」の手順はこれまで順番は好きなようにと説明してきましたが、一応@68銀A78金B69玉C58金が正式な囲い方だそうです。
 『二枚落下手オウム返し』
 初手より△62銀▲48銀△54歩▲56歩△53銀▲57銀というように上手の手をそっくり真似をする駒組で終盤自力で勝負する力戦法。囲碁でいうところの「マネ碁」にあたる。

A図

 『飛車落上手トンボ指し』
 初手より△34歩▲76歩△44角▲同角△同歩▲43角△33桂▲34角成△45桂▲48金△55角(A図)。
 △44角がトンボ指しと呼ばれる面白い戦法。
 A図で下手ハマったかというと差に非ず。▲98香がトンボ退治の秘手。
以下△99角成▲78銀△98馬▲44馬(図面省略)で上手シビレタ。











B図

 『香落上手ヒラメ戦法』
 手順は省略しますがB図は上手よし。17才の時初めて清水英貴五段(東海王将)と対戦。指導将棋だがこっぴどくやられた苦い思い出が残っている。47年たった今でもリアルに思い出すことができる。この戦法はなかなか優秀で阪田王将が実戦でこの指し方を用いた棋譜が残っているそうです。
(文責 藤田)

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第10回                 下手泣かせ2

 

A図

   二枚落から。▲35銀と攻勢にでた所。昔なら早急な一手といわれ▲56歩と指すように指導される。現在は上手の△55歩を誘っている意味がある。A図から△12香▲44歩△55歩▲46飛△54銀で紛らわしいとされるが以下▲43歩成△同金▲44銀△45歩▲43銀成△46歩▲53金△74玉▲97角でどうか。△75歩なら▲同角の要領だ。よく三枚の攻めは切れるといわれるがギリギリの攻防が続く。
 A図以下直ぐ△55歩は▲46銀△54銀(悪手)▲56歩△66歩▲同歩△56歩▲55歩△同銀▲65歩で狙いが決まる。
 △54銀では△54玉が最善で▲55銀△同金▲56歩△45金▲同桂△同玉▲47金△54玉(省略)で難しい。▲55銀を決行する前に▲47金とあがるが上手はそれに満足して△66歩▲同歩△63玉▲67銀△31銀▲56歩△同歩▲同金△42銀上▲65歩(省略)が予想される。
 もう一つ大事な変化としてA図以下△55歩に▲46飛は△54金または△54銀があり紛れるので下手得策ではない。
(文責 藤田)

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第9回                下手泣かせ1

 

 昔の雑誌にはよく「一頁講座」がみられた。ある局面での思いいれや研究が書かれていた。本を読んでいく中での息抜き的な存在でアクセントになっていた。この「下手泣かせ」もそういった読み物から印象に残っているモノを書いていく。

A図  六枚落から。初手より△42玉▲76歩△72金▲66角△82銀▲96歩△74歩▲95歩(A図)は定跡手順ですがここから上手は変化をみせる。△84歩▲同角△83金▲62角成△73金!▲94歩△同歩▲61馬△83歩▲94香△51金▲同馬△同玉▲92香成。下手冷静に指せば端を破って飛車が成りこんで必勝なのだが六枚落という手合いを考えるといい勝負か。実はこの変化を知ったのは30年程前でひとり悦にいっていたのだが、昨年『将棋大観』木村義雄著に載っているのをみつけてガッカリしたのだった。












B図

 B図は四枚落から。ここで▲11歩成と▲23銀成がある。
 ▲11歩成は古い定跡で以下△14歩▲21と△13銀▲12歩△24歩▲11歩成△23銀(省略)で難しいというので修正された。手順中▲12歩がわるく▲25桂なら△24銀▲13歩で下手指せる。
 B図以下▲23銀成と斬りこむのが次の一手ともいうべき好手。
 △同銀▲11歩成△24銀打▲21と△14歩▲36桂△33玉▲24桂△同銀▲25歩△13銀▲24銀△同銀▲同歩△55歩▲22銀(省略)以下下手必勝。
(文責 藤田)

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第8回                疑問集

 

 私は古い本が好きで昔の本をよく読む。一番好きなのは昭和30年代の近代将棋です。アマ強豪の動向や塚田賞等面白い読み物が満載です。
 しかし注意しなくてはいけないのが講座や研究で、当然現代では使えないモノが多い。定跡は日進月歩、常に変化していることを頭において参考程度にとどめたい。
 今回は昔の本からの飛車落の「疑問」です。

A図

その一. 
 A図から△23金は▲43歩成△同銀直(△同銀左なら▲41角成でつぶれ)▲63角成△同玉▲53金△64玉▲43金で寄りなので、△27角と反発します。以下▲39飛△28銀▲59飛△36角成▲34角成△46歩▲24馬△33歩▲34桂△同歩▲42馬△45馬▲43歩成で上手わるいと解説されている。しかし△33歩に代えて△33銀右▲同桂成△同銀と指せば上手がいいと思うのだがどうだろうか。








B図

その二. 
 B図は下手指し易いとされているが△52銀と引かれると難しいのではないかとズーっと思っていた。しかし今改めて考えてみると▲83角△62玉▲75歩△同歩▲74歩△64銀▲73歩成△同金▲65銀でやはり下手よしか。

その三. 
 B図から3手もどしてつまり▲85歩△同歩▲84歩をやめて▲75歩に△52銀と引く変化はどうか。以下、▲74歩△同金▲75歩△64金▲76桂△63金▲74歩△同金▲75歩△同金▲64桂△同銀▲31角でやはり下手良し。二枚落でよくみられる「ダンスの歩」。飛車落では初めてかも知れない。

 飛車落ちが難しいといわれる所以はこうした変化一つとってみてもおしはかれる。
 駒落の研究が一番進んだのはあくまで私見ですが昭和50年代だと思われます。山田道美、板谷進、内藤国雄各九段が心血注いで研究されているから。
(文責 藤田)

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第7回                独善手

 

A図

 A図は飛香落(一丁半ともいう)の仕掛ける一手前の局面です。
 ここから上手の候補手は△74歩、△84歩、△24歩、△52金、△52銀、△42金でありこの中の一つを選択することになる。
 下手の注意すべき点は△74角の狙いを常に頭に入れておかなければならない。△74歩なら打てないと思われるが△75歩▲同歩△同銀となればやはり打てるのである。
 △52金と△52銀は4筋が手薄になるので当時の私は42金を多用していた。所がこの手は悪手だという。将棋世界の附録の次の一手に問題として出ていたのだ。
 正解は▲17香。次に▲18飛と回れば簡単に1筋が突破できる。「目からウロコ」というがナルホドなと思った。△42金は独善の一手なのだ。しかしほとんどの下手は▲45歩と仕掛けて上手のエジキとなった。
(文責 藤田)

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第6回                 指導者

 

A図

 A図は35年程前の六枚落の指導対局の断面図です。
 ここから下手は20分程動かなくなった。「どうしたの」と聞くと「どう指したらいいかわかりません」と泣きだしてしまった。流石に私も少し動揺して角は大事だからとか角を取られるから逃げておこうねととりなした思い出がある。
 強くなる子、才能のある子は極論すれば何も教えなくていい。自分でどんどん上達していくからだ。そうでない大部分の子に指導者として責任をとり、どう対応していくかが教える側の問題である。
 今の私なら「角を逃げる一手でしょ」と突き放す覚悟ができているが指導者としての資質を問われると自信がない。
(文責 藤田)

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第5回                 誌上対局

 

A図

飛落 昭和52年10月6日
  △八段 米長邦雄
  ▲四段 藤田正夫
  北村文男宅 於

 A図は米長邦雄八段(当時)の全国縦断アマチュア指南道場(週刊ポスト)昭和52年12月に掲載された一局面ですが飛車落ちの大きな分岐点で△64銀型は急戦指向、△64歩は持久戦を目指すことになる。
▲26歩△74歩▲49飛△24歩▲45歩△同歩▲同桂△44歩▲33桂成△同金▲45歩△53銀▲44歩△同銀右▲65銀△64歩(B図)。

B図

仕掛けたものの自信があった訳ではない。さらに上手の定跡外しにあってB図は長考となった。当初は全国誌に公開されるとあって緊張していたがその内に「盤上没我」に突入していった。以後はしぼりだした様な指し手だが自分らしさが出せたと思う。
 ▲97角△65歩▲64桂△62玉▲52桂成△同銀▲64角△73桂▲42角成△45歩▲86馬△46桂▲48金△53銀引▲21金(省略)以下下手の勝ち。
 B図以下▲64同銀△63歩▲45歩△同銀▲同飛△44歩▲63銀成△同金▲49飛(省略)では下手勝てないと思うがどうだろうか。
(文責 藤田)

総譜は「実戦譜」の項目に掲載。

指南道場

『米長邦雄の将棋指南道場 第2集』
  別冊週刊ポスト6月1日号 小学館 1983年


本局は左記の単行本に収録されました。


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第4回                 大山十段の指導対局

 

C図

飛落 昭和49年10月27日
  △十段 大山康晴
  ▲四段 藤田正夫
  東別院 於

 約40年振りに棋譜を並べていて驚いた。大山十段が62玉型を指していたのだ。
 調べた訳ではないが当時の主流になっていたのだろうか。結果論になるが直ぐ仕掛けるべきだった。(図)以下▲26歩△65歩▲45歩△同歩▲同銀△同桂▲22角成△同金▲45桂△42銀▲44歩△同銀▲56桂△43歩▲44桂△同歩▲33銀△同銀▲同桂成△同金▲22角△43金▲44角成△同金▲同飛△52銀▲42飛成△41銀打▲31竜△64角▲11竜△85歩▲75歩(図面省略)以下下手の負け。
 △64角の味が良すぎる。▲44飛と出た所では勝てるかなと思ったが甘かった。
 ▲33銀では▲53銀と打ちたいのだが△同銀▲同桂成△同金で続かない。これが△62玉の狙いである。▲82角があるが上手は承知の上。△38角▲79飛△27角成▲91角成△36馬以下相入玉が予想される。

総譜は「実戦譜」の項目に掲載。

B図

飛落 昭和45年12月20日
  △五段 S東海王将
  ▲二段 藤田正夫
  S宅 於

 再掲B図(前回参照)の棋譜はS東海王将との指導対局である。
 以下▲45歩△同歩▲同桂△44歩▲33桂成△同金▲45歩△24歩▲25歩△55桂▲24歩△同金▲44歩△同銀▲55銀△同歩▲56桂△43歩▲64桂△同金▲42歩△63桂▲41歩成(図面省略)以下下手の勝ち。
 S五段は四日市の若手七人衆の中でも頭ひとつ抜きん出ていて、飛車落で何度か教わっている。
 居飛車の本格派で同年齢のプロキラーK氏とは好対照で私たちはライバルとみていた。
 切れ負けが導入され将棋から離れていったのは残念でならない。
(文責 藤田)

総譜は「実戦譜」の項目に掲載。

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第3回                 上手の指法

 

基本図

基本図(再掲)からの下手の研究がすすみ対応を迫られた上手は変化をみせる。

A図

A図である。△65歩のかわりに△62玉と寄り中央を厚くするのが新しい指し方である。『飛落精妙』にも新戦法として紹介されている。
  今年小林健二九段の指導対局があり、A図となり、前回説明した@の攻め方を試みてみた。以下▲45歩△同歩▲25歩△同歩▲45桂△44銀右▲33桂成△同角▲45歩△55銀▲同銀△同歩▲44銀△同銀▲同歩△46歩▲同飛△24角▲45飛△54銀▲25飛△23歩▲66桂△65銀▲75歩△同歩▲74歩△76歩▲88角△75桂▲55飛△87桂成▲同玉△54銀打▲同桂以下、下手勝ち。(図面省略)
 思った通り@の手順にはならなかった。これが”実戦は生きている”ということなのだろう。

総譜は「実戦譜」の項目に掲載。


B図

 B図は△24歩のかわりに△64銀と出るのが昔からある上手の指し方である。いわゆる「古典定跡」といわれるもので以下▲45歩△同歩▲同銀△同桂▲22角成△同金▲45桂△44歩▲56桂△55角▲31角△32金▲64角成△同金▲53桂成△63金▲81銀△同玉▲63成桂にて下手良し。この手順は『将棋絹篩』福島順喜著に載っている。▲45歩と仕掛け▲同銀と取るのがこの定跡の骨子で▲同桂と攻めるのは△44歩▲33桂成△同角▲45歩△55歩▲同銀△66桂(図面省略)で紛れ形になる。
 この定跡も難解で仲々一筋縄ではいかない。
 参考文献 『飛落精妙』鬼頭孝生
       『山田道美著作集』第5巻
(文責 藤田)

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第2回                 飛車落必勝法

 

基本図

 難解な定跡として知られる右四間飛車戦法。しかし、これを避けていたのでは上達はおぼつかない。基本図からの下手の攻め方のあれこれを考えてみたい。
 @▲45歩△同歩▲25歩△同歩▲45桂△同桂▲22角成△同金▲45飛△44歩▲25飛△23歩▲75歩(図面省略)。
 A▲45歩△同歩▲同桂△同桂▲22角成△同金▲45銀△44歩▲同銀△同銀直▲56桂△55銀打▲44桂△同銀引▲42歩(図面省略)。
 B▲45歩△同歩▲同銀△同桂▲22角成△同金▲45桂△42銀▲44歩△同銀▲56桂△43歩▲44桂△同歩▲53銀△同銀▲同桂成△同金▲31角△62銀▲22角成△45桂▲42銀△43金▲33金(図面省略)。
 C▲45歩△同桂▲同銀△同歩▲22角成△同金▲45桂△42銀▲44歩△32銀▲52角△27角▲39飛△28銀▲59飛△23金▲53桂打△62金▲41角成△同銀▲同桂成△36角成▲42成桂△45馬▲43歩成△66桂▲78玉△58桂成▲同飛(図面省略)。
 D▲45歩△同歩▲同桂△同桂▲22角成△同金▲75歩△同歩▲74歩△44歩▲73歩成△同玉▲77桂(図面省略)。
 以上が主な手順ですが、勿論変化は多岐にわたり結論は簡単にはでませんが自信を持って仕掛けて下さい。失敗してもいいじゃないですか。何度でも挑戦して下さい。上手は易しく、時には厳しく対応してくれるでしょう。
 参考文献 『飛落精妙』鬼頭孝生
        『山田道美著作集』第5巻
(文責 藤田)

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第1回                 上手33桂留

 

A図

 △34歩▲76歩△44歩▲46歩△42銀▲48銀△32金▲47銀△43銀▲56銀△33桂▲48飛△54歩(A図)。
 飛車落右四間飛車戦法の序盤の数手ですが、既に3つの悪手が含まれています。
 その1.△42銀には▲45歩と仕掛けて下さい。△43銀▲48飛△32金▲44歩△52銀▲43歩成△同銀▲22角成△同金▲43飛成と早くも必勝です。
 その2.△33桂は形にとらわれた悪手で上手失格の一手です。
 その3.▲48飛は優勢になる手を見逃している。▲55銀が正解。△33桂をとがめた指し手で以下△45歩▲同歩△同桂▲58金右△54歩▲66銀△46歩▲48飛△44銀▲46飛△52金▲49飛△43金右▲46歩で桂得を目指す。
 定跡の正しい手順は初手より△34歩▲76歩△44歩▲46歩△32金▲48銀△42銀▲47銀△43銀▲56銀△54歩▲48飛△33桂で序盤といえどおろそかにできない。
 参考文献 『飛落精妙』鬼頭孝生
(文責 藤田)

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