大空に帰ったピーちゃん

しらじらと夜が明けるころ、小鳥たちの賑やかなさえずりで 目を覚まします。 5月半ばも過ぎたのに朝の空気はひんやりと 心地よく肌に伝わってきます。今年もまた 高い唐松林の梢を見上げてピーちゃんと呼んでみました。ピーちゃんは 4,5年前の夏 13年ほど過ごした私の手元から 唐松のみどりに吸い込まれるように 飛び立って行ったのです。いつもは 博と2人だけの 静かな日々でしたが その時は 夏休みとあって 小さな孫と息子たちが訪れ いつになくざわめいていました。 ピーちゃんにとって 鳥篭はねぐらであって 後は家の中を所狭しと飛び回っていました。篭の鳥とはいいながら ピーちゃんは 結構飛び回っていたのです。食卓にレタスやほうれん草などの 緑のものが並ぶと 自分も家族の一員のように テーブルの端に止まり ちょっと失礼と 一つまみ、博が風呂上りで ランニング姿でいると ひょいと その肩に止まり 思わず くすぐったくて 笑い出したり、私がお化粧をしようと 小さな鏡を出すと さっと巣から出てきて鏡を占領してしまうのです。ピ−ちゃんは鏡が好きで その前でピーピーと鳴きながらつつき回りました。自分の姿が映るので もう一羽仲間がいるとでも思ったのでしょうか。
  私たちが転勤で 長い間 東京の家を留守にしていた時 次男が 一人住まいの侘しさをまぎらすためか 高円寺駅から家に帰る途中の店屋さんの軒下に 「インコあげます」の札を見つけ早速隣のおばさんから 使わなくなった鳥篭をお借りして そのインコを貰ってきたのです。息子一人の時は居間の真ん中に新聞紙を広げ 水と餌だけは 欠かさずあげていたようです。 篭の周りには 餌の殻が四方八方に飛び散り 篭の中は 糞だらけ、惨憺たる有様でした。それでも息子にとっては 人気のない 家の中に入っても ピーピーという可愛いさえずりや 生き物のぬくもりを感じほっと心の安らぎを 覚えたのでしょう。 道端の ハコベをお土産に 帰ってきたようです。息子がピアノを弾きだすとそれに合わせるかのように 大きな声で さえずり始めました。  
  私たちが東京の家に戻ってからは 台所の 朝日のいっぱい射し込む 明るい出窓に 篭を移しました。 そこなら いくら 餌が飛び散っても いつでも簡単に掃除ができ 水もすぐに 換えてやれました。私が台所で料理をする時はいつも ピーちゃんとお話をしました。その頃からピーちゃんはすっかり 我が家の一員になりました。巣の中はいつもきれいになり、 出入りの大工さんが 家の中がきれいになると 小鳥まで きれいになるねと言ったほどでした。そのうち篭を開けると 出てきて 私の手に止まるようになりました。小さな雛のうちなら 簡単なことかもしれません。でもピーちゃんはその時はもう雛鳥ではなかったのです。それでもすっかり馴れて そのうち扉を閉めっぱなしにしていると 開けてくれと くちばしで つついて 催促するようになりました。我が家の小型室内犬のラスピーとはよく喧嘩をしました。どちらかと言えば ピーちゃんの方が強く ラスピーは ピーちゃんに鼻の頭をつつかれて 尻尾を丸めて逃げ出していました。ピーちゃんは暗くなると 自分から巣に入って 寝ていました。

 博の退職後は 八ケ岳に移り住むようになりました。東京の家の居間にすっかり馴れて自由に巣から出入りしている鳥が がらりと 環境が変わったらどうなるかと 心配もしました。 初めのうちは東京と山を行ったり来たりでしたから 東京の家に 留守番をさせました。 でも だんだん 山での生活が長くなり 最後には ピーちゃんも 山の住人?になりました。 こちらに来てからも すぐに 新しい環境にも 馴れ 部屋の中を飛び回るようになりました。ピーちゃんとラスピーの戦いも 時々見られるようになりました。それから 窓の外の野鳥のさえずりにあわせてピーピーと鳴くようになりました。窓を開けてちょっと 外に出してあげたら 自分の巣に 戻ってこないかなと思いました。仲良く野鳥と話をしているのを聞くと そんな気にもなりました。いざとなれば 私にも そんな勇気はありませんでした。博は 一度放したら 絶対戻ってこないから 駄目だと反対しました。大空を自由に飛びまわっている野鳥に比べて ピーちゃんは可哀想といつも感じていました。
  そんなある日、どうもピーちゃんの篭の周りがいつも 濡れているのに気がつきました。変だなと思ってよくよく見ると 水入れにひびが入っていたのです。大分古くなったので いつの間にかひび割れしたのでしょう。早速スーパーへ行って 新しいものを 買って来ました。その時 ついでに 可愛い鳥篭も買ってあげたいと云いましたが 博は “もう13年以上も生きているのだから この先そうは長くないだろう。可愛い篭だけが残ったら 空しい思いをするよ。”と云ったのです。小鳥って何年ぐらいの 寿命なのか、それにしてもピーちゃんは長生きだなと思いました。狭い篭の中に ピーちゃんの死んだ姿を想像してぞっとしました。
   それから 一週間もしないある日の出来事だったのです。 今まで 窓や扉を少しぐらい開けておいても一度も 外まで飛び出さなかったので あまり気にもしなかったのですが その日は皆が 頻繁に出入りして すっかり戸が開け放されていたのです。 ピーちゃんは みんなの 賑わいに釣られて ひょいと ベランダに飛び出したのです。“あ! ピーちゃん お家へ入りなさい!”と とっさに 声をかけたのですが 近くの木の枝に飛び移ってしまいました。私は 全身の血の気がすうっと引くのをおぼえました。 ああ、大変 どうしようと―――――。でも バカンスを心から楽しんでいる 皆の事を思うと 私があまり 嘆き悲しんだようすは 見せられませんでした。私はひたすら 冷静さを装ったつもりです。でも急いで 小さな手鏡を 竿の先に結びつけ ピーちゃんの止まっている枝に近づけました。 いつもなら 何処にいても 鏡を見つけると 近づいてくる ピーちゃんだったのですが この時ばかりは ピーピーとさえずるばかりで 一段また一段と 枝を登って 高い方へと 移動してしまったのです。 姿はだんだん小さくなり 唐松の緑に 溶け込んで行くようでした。夕方まで ピーちゃんと呼ぶと ピーピーと声が聞こえました。だんだん夕闇が迫ってくる頃 姿も声も聞こえなくなってしまいました。
   朝早く起きて“ピーちゃん”と 声の限りを振り絞って 呼んでみました。 野鳥の声に混じってピーちゃんの声が聞こえたように思いました。次の日もまた次の日も ピーちゃんと呼んでは 餌と水と 鳥篭をベランダに並べました。
  まわりに秋の気配が濃くなった頃 ラスピーを連れて 赤く色づいてきたりんご畑を散歩していました。 そこで仕事をしていたおばさんと立ち話をした時 ふと ピーちゃんのことを話したのです。 それを聞いて おばさんが りんご畑の中で きれいなインコを見かけ 人なつっこく 近くまで寄ってきたので 手でも捕まえられそうだったと言うではありませんか。ピーちゃんにちがいありません。元気だったと言うのを聞いて ほっとしました。あれから2ヶ月も経ってからの話です。ピーちゃんは自然に戻って まだ元気だったのです。 小さな篭の中で年老いていくより どんなに よかったでしょう。  博と私の話(これから先 そう長くはない・・)を聞いて 自分から出て行ったように思うのです。いまでも 野鳥と仲良く大空を飛び回っている ピーちゃんの姿を思い浮かべます。
  人でも 小鳥でも 都会の雑踏を逃れ 大自然の懐に 抱かれてほっと 羽を 休めることができたら それが最高の幸せだと つくづく思うのです。

  

  

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八ヶ岳山麓

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