さよなら トワン、ニョニャ

トワン、ニョニャ さようなら、いつまでも健康で幸せでありますように。 トワン、ニョニャから頂いた沢山のご親切に深く感謝しています。本当は決してお別れしたくないのです。でもどうしても お別れしなくてはなりません。一生忘れる事はありません。 たとえ遠く離れても 心はいつも近くにいます。ニョニャが教えてくれた事は決して忘れません。これからも ずっと 真面目に 一生懸命働いていきます。 ニョニャの便りをいつまでも楽しみにしています。
出来る事ならずっと トワン入江のところで 働いていたいと思います。そうすれば ずっと ニョニャからの ニュースが聞けるでしょうから。私は ニョニャとトワンのことは忘れません。全てが懐かしい思い出です。ニョニャ本当に沢山の愛情を掛けて頂きまし私の本当のおかあさんから受けた愛情よりずっと沢山のものでした。以前は私は本当に愚か者でした。でもニョニャと生活している間に物事を考えるようになりました。ニョニャと会うまでは大人の考えを持っていませんでした。でも今はいろいろ考えられるようになりました。
もっと利口になりたいと思うようになりました。さようなら ニョニャ、トワン 明日はお別れです。今夜は私は眠れないでしょう。今夜は悲しくて泣きとおすでしょう。出来ることなら夢の中
でもいい、 ぜひ またお逢いしたい。3年半 一緒でしたがほんの僅かな時のように思われます。 いつも幸せだったので あっと言うまでした。ニョニャといる時は よく 楽しいおしゃべりをしたり 冗談をいって笑ったりしました。夜中にふと目を覚まして きっと 思い出して涙を流すと思います

どうして人はめぐり逢い どうして別れなければならないのでしょうか。
ニョニャ が帰国する時は 悲しくてたまりません。でも サリーチャがいてくれます。たとえ私が悲しんで沈んでいる時でも 彼女はいろいろ面白いことを言っては私の前で 笑ってみせるでしょう。
  トワン、ニョニャ 私のことを忘れないで。ラスピーは いつもあなた方のことを 思い出しています。いつも帰国するたびに たくさんお土産をくれましたね。私は幸せでした。
私は自分がお手伝いさんとは感じていませんでした。まるで 自分の親と一緒にいるような気がしていました。 裕文、 よしひろ そしてニョニャの親戚の方々によろしく。皆さんにお逢いできて幸せでした.
おばあちゃんによろしく。
(私の母には もう一通テープがある。)
(帰国して数年は 私はこのテープを聞くたびに 胸が詰まって 涙を堪えるのが大変だった。 可愛い声で語りかけるように話している。 インドネシや語なので 友達に聞かせても 意味がわからない、 
私が傍で 訳そうにも胸が詰まって訳せない、そこで 私が勝手に 日本語に変えて 文章にした。小学校4年生までしか行かなかった子によくもまあこれだけの ことが言えたものだと 改めて感心する)
                                                  2004年5月28日記 

 

    

ジャカルタから 帰国の前の晩ラスピーのくれたお礼のテープ

八ヶ岳山麓(18)

TOPに戻