まりーぬのほーむぺーじ♪


【神様の想い込み】
「100匹目のサル」とよばれる現象がある。 宮崎県の幸島とよばれる無人島で暮らすニホンザルの群れに泥の付いた芋を川まで運び洗ってから食べる天才サルが現れた。 サルの世界では革命的な出来事だった。天才サルをまねて芋を洗う習性は主に若いサルの間に広まっていくが、 古い世代のサルたちはこの新しい習性を受け入れようとはしなかったらしい。ところが、芋を洗うサルがある数を超えたとき信じがたいことが起こった。 群れ全体で芋洗いが行われるようになったのみならず、幸島とはコミニュケーション不可能であるはずの本土や別の島のサルの群れでも同様の行為が確認されるようになったというのだ 「あることを真実だと思う人が一定数に達すると、それは万人にとって真実となる」現象であると名付け親であるライアル・ワトソンは言う。 彼はこの臨界にあたる一定数を便宜的に100としたわけだ。 最近、生命活動の痕跡が発見され話題になっている火星は二つの月をもっている。1877年の大接近の際、A・ホールによって発見されるまで誰もその存在に気づかなかったが、 発見が報告されてからは誰にでも観測できるようになったという。ほぼ同じ時期、スキアパレリは有名な「火星水路地図」の詳細な観測を行っていたはずなのだが。 この一件も「100匹目のサル現象」だったのかもしれない。それまでは存在しなかったものが「ある」と思えた瞬間から実在する。 人の意識が物理的現象にも影響を与えうる可能性。「量子論」やホーキング博士をはじめ著名な科学者にも支持の多いメタ科学理論「人間原理」もこの辺と関係あるのかもしれない。 僕は100というのは一定の数のことではなく量を示しているのではないかと考えている。 100人分の思いで思うことができれば一人で「100匹目のサル現象」を起こすことができる。たった一人で望む現象を引き寄せることができる。 ドリームズ・カム・トゥルー。ロマンチックな根性論にも聞こえるが一人の狂人が世界をめちゃくちゃにしてしまう可能性もある。 火星に月を創ったのかもしれないホールのように、あるいは150億年前の誰かのように・・・。 もし彼が新しく宇宙を造ってしまうほど思い込みの激しいやつなら「神様」と呼んでも差し支えあるまい。

【オームの森】
森が助けを求めてるってやつ。環境問題だね、今ではエコロジーといったら錦の御旗みたいになってる。 主流になってきたのは80年代前半くらいからかな。東京なんかに住んでる人は清流とか森林に憧れがあるのかもしれないけど 田舎育ちのボクにはもううんざりするものでしかない。
「先日帰ったときには実家の前の道も舗装されてたじゃないか。」
便利になってよかったじゃない。
「でも、あの編一体が宅地になって、まぁそんなことないだろうが、様子がすっかり変わっちゃったらやっぱりさみしいと思うよ。」
ほら、所詮そんなところなんだ、自然保護は物好きな快楽のためにやります、気持ちいいからやってます。 程度なら許せるんだけど、すぐに田園で暮らすほうが真っ当だ。とか、人は異常な生物で地球をめちゃくちゃにしてしまうって話になる。
「エコロジーブーム以降では自明のことじゃないの。森を守れとか海を汚すなってことは人もほかの動物達と同じように生きるべきだってことでしょ」
そうさ、生物っていうのは恒常性を高めたいというシステムだ。外界に影響されにくい自分を作りたい。 自然から環境のコントロール能力を奪いたい。田園に帰れーなんていうのはとても獣的じゃないね。本来、生き物はみんな大都会に住みたがってるはずだよ
「そんな、環境破壊で困るのは結局僕らでしょ、現に森林伐採や海洋汚染で生態系に影響が出てる、絶滅種もふえてるし。」
でもね、酸素の発生や氷河期みたいに地球の環境はずっと一定だったわけじゃないし、少なくともこの自然はそういう選別を何十億年も続けてきた。 自然のままに生きるのならバクテリアで十分のはずだろう。人も自然の中で生きるべきだって言うとき、彼らは見落としているんだ。 人だって自然の中で生まれたってことを。

【モラルの低下とは】
西洋人のように唯一絶対の神を持たない日本人にとってモラルが支えられているのは 他人という人こそが日本人にとっての神であるから。世間の目という名の。 西洋では無法者を神をも恐れぬやからというが日本では人を人とも思わぬやからという。 しかし価値観の多様化によって普遍的な価値基準が崩れた今、西洋における神が死に世間の目も 失われつつある。かつての広い世界を見失った日本人は 自分の所属する小さな集団の国の中での評価を気にし その集団でのみ通用するモラルを身に着けていく 結果 自分の周囲だけうまくやっていけばよく 広い世界のことなど気にもとめなくなる モラルの低下とはそういうことだ

【天使の価値を問うな】
子供の頃宇宙人と話すのが夢のひとつでインチキ本にのっていた。「毎晩一定の方向へむけて懐中電灯を点滅させるファーストコンタクト法」を二日ほどやってみた。さすがにこれはないな。と気づいてからは「大型葉巻型円盤が羽田空港あたりに着陸して、総理大臣が出迎える生中継をテレビでみる」という少し社会性のある空想に変わった。いきなりやってくるのは失礼だから事前に一言あるだろう、というのは今にして思えばマヌケな話だけれど宇宙人は進んだ文明をもっているんだから失礼なことはしないと思っていたわけだ。その後少しひねくれてきたボクは悪意を持った宇宙人のことも考えなくてはいけなくなる。人知れずさらわれたり、ある日突然侵略されることに恐怖し、なによりも両親や友人が知らぬまに宇宙人と入れ替わっているかもしれないという空想は強烈でボクをさらにひねくれものにしてゆくのだった。宇宙人が、わざわざ地球まで来るとしたらその目的は何だろう。征服?略奪?それとも保護や観察だろうか。でもこれじゃあ考え方があまりにも人間的すぎる。彼らはどこかかなたの星の生態系で発生し進化してきたのだから地球の生物と同じような考え方をするとは限らない。コミュニケーションひとつにしたって言葉を使うだけがその方法じゃない、互いに争ったり無視したり、一方的に相手を食べてしまったり。そういうことでしかコミュニケーションできない宇宙人もいるかもしれない。もともと目的なんていう考えのない生き物なのかもしれない。相手が圧倒的に異質だという先入観から誤解することもあるだろう。逆にあまり感情移入しすぎて失敗することもあるかもしれない。そういう意味ではコミュニケーションしようとするとき相手が未知の生命体であろうと、あなたの隣人であろうと他者であることに変わりはないのだ。

【STAND ALONE COMPLEX】
 前世紀末から凶悪な少年犯罪は増加している。僕は少年犯罪の増加は情報の氾濫する現代の社会システムによって引き起こされていると考える。
 現代の社会システムと少年犯罪は大きく関係している。それはゲーム脳や親の子供への無関心などとは違うところでの関係である。
 少年犯罪の増加の大きな原因は、インターネットの普及による情報の氾濫とテレビ番組でのセンセーショナルな少年犯罪の報道である。著しいインターネットの普及により今では様々な情報が簡単に手に入るようになっている。またテレビ番組では些細な犯罪でも犯人が子供であれば大げさに報道する。この社会システムが少年犯罪を引き起こす最大の要因である。
 最近起こった殺人や傷害など凶悪な少年犯罪の犯人は自分のブログを公開していたり、犯罪を起こす原因がインターネットでのことであったりと彼らには身近なネット環境があったことがわかる。そしてテレビはどこの家庭にもあるもっとも簡単に情報を得ることができる情報端末だ。
 ではどのような情報が子供を犯罪へと駆り立てるのか。それは人を殺した少年の意志だ。犯行声明文や日記など、殺人を示唆するような内容の犯人の情報を子供に与えてはいけない。一度共有してしまった情報は動機なき他者の無意識に、あるいは動機ある他者の意思に内包されてしまう。そうした報道が個の確立しない子供に殺人の種を植え付けることにつながってしまうのである。しかも犯行声明文の映像のバックにおどろおどろしいBGMをつけるなどの演出により殺人の種がより深く植えつけられてしまうのだ。
 殺人の種を持っている子供が殺意を抱く、そして植えつけられていた殺人の種が芽吹くと模倣者となる。個を確立しない子供は特に模倣者となりやすい。本来殺人など考えない子供が殺人者となる可能性を現代社会は内包している。
 ひとつの少年犯罪によって植えられた殺人の種が偏った報道によって新たに多くの殺人の種を植え付け、その殺人の種がまた芽吹き、さらにその種から新しい種が生まれていく。オリジナルなき模倣者たちを限りなく生み出してしまう原因は現代の情報社会そのものである。
 情報を与える側は個を尊重するために子供に様々な情報を与え多くの可能性を見せている。しかし個を確立していない子供はセンセーショナルで口当たりの良い情報だけを手に入れる。また与える側も人目を引き悪印象を与えない情報を選び、さらに情報を加工して与えている。個を尊重している割には排他的な情報社会である。現代の子供は同じ情報を何度も与えられ、情報の並列化を義務付けられている。情報の並列化の果てに子供は個を喪失していき模倣者になりやすい人間になっていく。
 多くの子供達に植えられた殺人の種がオリジナルなき模倣者の犯罪で一斉に芽吹く日がこないことを願うばかりだ。

【どうすれば少年犯罪はなくなるか。】

現在、少年犯罪は減少傾向にある。しかし社会を震撼させる事件は相次いで起きている。
最近でいうと、今年の8月29日に北海道で子供が友達と共謀して母親を殺すという事件が起きた。特に今年に入ってからは枚挙にいとまがない。
少年はパターナリズムの観点から人権が制限されている、例えば自動車免許は18歳からでないと取得できない。少年を守る法律には児童福祉法、児童虐待防止法がある。
また少年審判では懲役等ではなく保護処分に付すかを決定する。そして少年法は社会正義の実現ではなく少年の保護を目的としている。
ここまで保護されている少年が凶悪犯罪を起こす理由は愛国心を教育によって教えていないからだ。
少年犯罪をなくすには教育基本法を改正して若者の精神を鍛えなおす意識改革が必要だ。イギリス社会も街の落書きから凶悪犯罪にいたるまで、多くの反社会的行動に悩まされている。そこで1980年代、イギリスのサッチャー首相は一九八八年教育改革で二つのことを断行した、自虐的な偏向教育の是正、教育水準の向上である。戦勝国のイギリスでも帝国主義時代の反動から自虐的な歴史教育を行っていたのである。この改革は労働党のブレア政権まで引き継がれている。さらに2005年の総選挙に勝ったブレア政権は「リスペクト・アクション・プラン」を発表した。このプランはさまざまな社会問題は人々が昔から共有してきた価値観を喪失してしまったことに根本的な原因があるという考えから生まれたものだ。本来、倫理的な価値観は家庭や地域で身に付けるものだが、家庭も地域もその機能を失ってしまった。そこで政府主導で教育によって価値観を再構築しようというものである。日本もこれに習った教育改革が必要である。自民党総裁選を戦っている麻生、安倍、谷垣氏も教育の改革は一致していることからも愛国心教育が必要であることは明らかだ。

「てめぇの好きなようにやりゃあいいだろ!なにをえらそうに」
「先のことなんか見えちまったら馬鹿馬鹿しくて生きてらんねーもんっ!」
「花ひとつ咲いてねえ道なんてつまんなくて歩けねーぜ!」
この漫画に出てくるセリフ、厨っぽいけど好きだ。

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