日本籍コリアン・マイノリティ問題とは何か?チョン・ヤンイ
日本籍朝鮮人と言われ始めて、今年で十一年が経過した。「帰化」した朝鮮
人や朝鮮人と日本人の民際結婚(注1)によって生まれた人々をどのように呼べ
ばいいのか、従来的確に表した言い方はなかった。
たとえば「帰化」した人の場合、「帰化人」「帰化者」「帰化朝鮮人」と言
われてきた。また、朝鮮人と日本人の民際結婚によって生まれた人々の場合、「
混血者」「あいだ人」「ハーフ」「日朝(にっちょう)人」等、様々な言い方が
されてきたが、今日では「ハーフ」という言い方の対極として「ダブル」という
言い方が定着しつつある。すなわち「ハーフ」という言い方は、訳すと二分の一
という意味になりマイナスイメージが強い言い方であるのに対して、「ダブル」
は血族的にも文化的にも二倍という、より積極的な意味合いがある。この言い方
は、在日朝鮮人教育に取り組んでいる人々には定着しつつあるが、まだまだ全国
的なものにはなっていない。
何れにしても上記の両者を表す言葉として日本籍朝鮮人という用語が創られ
た。創ったのは日本で最も早く日本籍朝鮮人問題を提起した市民グループ「民族
名をとりもどす会」(注2)(以下、とりもどす会と略す)であった。私も当初
より事務局メンバーとして参加した。「とりもどす会」は、「帰化」者や朝・日
「ダブル」の人々が中心になって結成され、日本籍朝鮮人の問題が、すぐれて在
日朝鮮人の問題であることを提起したグループでもある。「とりもどす会」では
、「帰化」者や朝・日「ダブル」の立場を表す良い言葉がないので「会」内部で
議論を重ね、最終的に日本籍朝鮮人という言い方を造語した。一般的には、何々
系何人と言われる。たとえばアメリカに永住する日本人を日系アメリカ人という
。これはジャパニーズ・アメリカンの翻訳である。この表現を見習うと日本籍者
は、コリアン・ジャパニーズすなわち朝鮮系日本人となる。アメリカではアメリ
カンという場合、様々な人種、民族がイメージされるのに対して、日本では日本
人という場合、血族的にも文化的にも日本人というニュアンスで使われ、そこに
は他民族を含む概念はない。「とりもどす会」に結集した人々も自らを朝鮮民族
として認識する人はいても日本人と認識する人は皆無だった。そして、最終的な
結論は法的には間違いなく日本籍であるが民族は朝鮮人である。日本国籍朝鮮人
という言い方をしようということになったが、国籍という言葉には、国家が個人
を規定してしまう要素があり、民族をより主張する表現として「日本籍朝鮮人」
という言い方で一致した。
また、日本籍朝鮮人という言い方にはもう一つの意味合いがある。確かに韓
国・朝鮮籍の朝鮮人とは国籍は異なるがエスシティ=民族性という意味では同じ
立場である。日本籍者と言えども文化的なバックボーンは、韓国・朝鮮籍者と同
じものがある。従来の発想では国籍が異なれば、「同胞」で無くなるような思考
を持つ人々が少なからずいたが、そうではなく国籍と民族は別物であるというこ
とを「同胞」に対しても主張した言い方なのだ。
95年の春、私はサンフランシスコに行き、その時サンフランシスコ州立大
学民族研究学部(エスニックスタディズ)で教鞭をとられているベン・コバシガ
ワ教授のお話をお聞きした。同氏は、日系3世で祖母、祖父が沖縄出身者とのこ
と。アメリカには、多くの日本人がいるが、同じ日系人でも本国で被抑圧状態に
置かれている人たち、例えば沖縄出身者や被差別部落出身者などは微妙に立場が
異なるという。そして、これらの人々を英語では「ダブルマイノリティ」という
そうだ。日系アメリカ人は、アメリカでのマイノリティではあるが、沖縄出身者
などはマイノリティの中のマイノリティすなわちダブルマイノリティということ
になる。この言い方を真似ると日本籍朝鮮人は、ダブルマイノリティということ
になる。日本籍者は、朝鮮人社会から排外されて来たということでは間違いなく
ダブルマイノリティだが、数から言えば今日では少数者(マイノリティ)なのか
、次に検討してみたい。
在日朝鮮人を歴史的に規定すれば「1910年日本帝国主義の『韓国併合』に
よる植民地支配の結果、自国での生活が破綻した朝鮮人は日本資本主義の安価な
植民地労働力として日本への渡航、流亡を余儀なくされ、とくに1939年以後
は戦時動員体制のもとに徴用、徴兵などによって大量に強制連行されたが、19
45年8・15解放以後、諸般の事情で帰国できなかったものおよびその子孫が
現在の在日朝鮮人である」(注3)と言うことになろう。その意味では、日本籍
朝鮮人も正に在日朝鮮人ということになる。
図1を見ていただきたい。従来の在日朝鮮人像は、韓国・朝鮮籍イコール朝
鮮人という見方しかしていなかった。70年、80年代には数多くの在日朝鮮人
関係の書物が出版されているが、日本籍者に言及しているものはほとんど無かっ
た。また、日本籍者のことに触れていてもマイナスイメージの日本籍者観に凝り
固まったものばかり。(詳しくは後に詳述したい)私はこれらの在日朝鮮人観を
「在日70万人史観」と呼びたい。この史観は、「帰化」者やダブルの日本籍者
を無視した見方であることは言うまでもない。そして、この史観にはもう一つ大
きな問題がある。日本の国籍法は84年まで父系優先主義をとっていた。このた
め韓国・朝鮮籍の男性と日本人女性の法律婚によって生まれた子どもは父の国籍
と同じになった。一方、日本人男性と韓国・朝鮮籍女性の法律婚によって生まれ
た子どもは日本籍になった。60万人史観は韓国・朝鮮籍ダブルの人たちの姿を
も完全に見えなくしてしまった。同じ韓国・朝鮮籍者といえども、その立場、思
いは異なる。
図2を見ていただきたい。在日朝鮮人を国籍と血縁を視点にしてみた場合、
このようになる。Aタイプは両親とも韓国・朝鮮籍者の子で、韓国・朝鮮籍者。
このケースも厳密にいうと両親の国籍が韓国・朝鮮籍であっても血縁的に日本人
かダブルの場合もある。Bタイプは両親の一方が韓国・朝鮮籍者で一方が日本籍
者であるが、国籍は韓国・朝鮮籍者。Cタイプは両親の一方が韓国・朝鮮籍で一
方が日本籍者であるが、国籍は日本籍者。Dタイプは両親が韓国・朝鮮籍者で子
も韓国・朝鮮籍者であったが、「帰化」のため日本籍者。Eタイプは両親の一方
が韓国・朝鮮籍者で子も韓国・朝鮮籍者であったが、「帰化」のため日本籍者。
Fタイプは両親が韓国・朝鮮籍であったが「帰化」し、その後出生した者。Gタ
イプは祖父か祖母だけが韓国・朝鮮籍者で日本籍者。
在日朝鮮人と一言で言われるが、戦後50年で様々な立場のコリアンが居る
ことがわかると思う。ここでGの人をコリアンと見なすことに異議をを唱える人
がいるかもしれないが、ここでは広義の意味でコリアンと見なす。コリアンとア
メリカ黒人とは単純には比較できないが「たとえば1970年に制定されたルイ
ジアナ州では、32分の1の黒人の血が混じっている住民は黒人とみなされ、出
生、結婚、死亡、などの証明書に黒人と明記される」(注4)これは私たちにと
ってたいへん興味深い事実だと思う。
次に在日朝鮮人の数を検討してみたい。法務省が最近発表した94年末現
在の外国人登録者統計によると、韓国・朝鮮籍者は67万6793人になり、前
年に比べ0.8%(5483人)減った。これは全外国人登録者数135万40
11人の約50%をしめ、年々韓国・朝鮮籍者が減ってきている。(表1)
言うまでもないが、韓国・朝鮮籍者の数が減ってきているのであって、コリアン
が減ってきているのではない。その分、確実に日本籍朝鮮人が増えてきているの
だ。表2は韓国・朝鮮籍者の婚姻数を示したものである。19年前の75年では
韓国・朝鮮籍者同士の婚姻は3618組だったのに、94年では1616組で激
減しているのがわかる。一方、日本人との民際結婚が75年では3548組だっ
たのが、94年では7537組に上り、韓国・朝鮮籍者同士の婚姻の約4.7倍
にあたる。ただ、ここで注意したいのは、データでは日本籍朝鮮人は「日本人」
に分類されているので血縁的に同胞同士の婚姻でも、その数はわからない。実際
にコリアンの「お見合」市場では、コリアンであれば国籍を問わないことが当た
り前になってきている。
(表3)は、コリアンの出生数であるが、日本人との民際結婚の増加に伴っ
て、確実にダブルの人たちの数が増えてきている。94年の数を見ると、韓国・
朝鮮籍者同士の子どもは4183人。ダブルの子どもは7385人に上り、民際
結婚数と比例して、確実に増えてきている。
これからも増えこそすれ、減るこ とはないだろう。
以上、コリアンの婚姻数や出生数を検討して明らかなように在日朝鮮人社会
が、現実には間違いなく変化し、日本籍者の数も爆発的に伸びていることがわか
る。今や日本籍者が、マイノリティではなくマジョリティになろうとしている。
それでは一体、どれほどの日本籍朝鮮人がいるのだろうか。残念ながら具体的
な数字を著した本や資料はない。仕方がないので手持ちの資料を駆使してシミュ
レーションしてみたい。(表4)は、日本の「帰化」行政が1952年に始まっ
てから94年末までの「帰化」許可者数の推移である。のべ人数は、18万43
97人になっている。ここで注目したいのは、10年前なら許可者数が5千人位
であったのが、この1〜2年は7千人から8千人と増えてきていることだ。
法
務省民事局五課の佐々木暁補佐官は「最近では若い人たちの帰化が増えている。
帰化申請から許可までには一年から一年半ほどかかっているが、特別永住者の申
請がほとんどで、余程のことがない限り許可している。国際結婚が多いので帰化
希望者が増えているとも考えられるが、許可しないケースは1割あるかないかだ
とおもう」(統一日報95年3、31記事)法務省は、「帰化」申請者の数をオ
ープンにしていないので「余程のことがない限り許可している」「許可しないケ
ースは1割あるかないか」というのは、疑わしいが「若い人たちの帰化」や「特
別永住者の申請がほとんど」の発言は、ほぼ間違いないだろう。これは若年層の
韓国・朝鮮籍者が、今後も「帰化」手続きを経て、日本籍を取得していくことを
容易に推測させてくれる。
「帰化」者の人数や今後の傾向を検討したが、注意したいのは「帰化」者は
「帰化」者同士結婚することが多いし、また韓国・朝鮮籍者と結婚することも多
い。当然ながらこれらの数は、資料にはでてこない。日本籍朝鮮人の数を検討す
る時には無視してはならない存在であることを確認したい。
(注1)朝鮮人と日本人の婚姻は、従来「国際結婚」といわれてきた。しかし
、この言い方には無理がある。A国とB国に住む人が結婚した場合には、この「国
際結婚」という言い方はしっくりくるものがあるが、在日朝鮮人、特に2世以降
の人たちは文化的背景は日本人と共通したものがある。やはり、在日朝鮮人と日
本人の婚姻については民族と民族の婚姻という意味で、民族際結婚すなわち「民
際結婚」と呼ぶほうがいいと考える。
(注2)民族名をとりもどす会。1985年に結成され1994年に解散。日
本籍朝鮮人問題が、在日朝鮮人問題であることを日本社会に提起した。会の名前
が示すように会員の日本籍朝鮮人が、それまで奪われてきた民族名=朝鮮名を法
的にとりもどすために各地域の家庭裁判所に氏変更の申立て行い、全面勝利する
。詳細は、明石書店刊の「民族名をとりもどした日本籍朝鮮人」参照のこと。
(注3)「在日朝鮮人運動史」朴慶植著、三一書房刊。第一章で規定。
(注4)「新版アメリカ黒人の歴史」本田創造著、岩波新書刊。