日本籍朝鮮人問題ーこれからの課題


鄭 良二(チョン・ヤンイ)



 今年、1月22日、大関武蔵丸の「帰化」が許可され官報に告示された。「 帰化」後の名前は、しこ名と同じ「武蔵丸光洋(むさしまるこうよう)」。角界 の「帰化」は高見山、小錦に次いで3人目になる。3人の「帰化」動機はいろい ろあろうが、間違いなく日本相撲協会の排外的な体質に原因がある。なぜなら、 相撲協会は力士を引退した後の親方株取得の条件に「国籍条項」を設けているか らだ。この「国籍条項」も問題ではあるが、とりわけ問題なのが、明らかに「日 本人」ではないない人々が、どうして日本名を法的名にするのだろう。オールド カマーの在日コリアンに強いてきた「同化」をニューカマーのしかも、肌の色や 顔が「日本人」とは異なる人々に対しても「同化」を迫るこの日本。我々は今こ そ多民族共生社会に向けて、その内実を創る必要がある。日本籍朝鮮人問題が語 られる様になって久しいが、今日においても一体何が課題になっているか提示し てみたい。

1、日本の閉鎖的、排外的「帰化」行政


 日本の「帰化」制度は、単なる国籍取得に留まらず恩恵的、同化的要件を基 軸に戦後から今日に至るまで行ってきた。国籍法では「帰化」許可条件を挙げて いるが、結局の所、法務大臣の自由裁量で決められ、事実上異議申し立てはでき ない。在日コリアンの様な旧植民地出身者に対して本人の選択ではなく、国家の 自由裁量で国籍取得の可否を決めることは許されるべきではないといえよう。( これまではあまり議論されてこなかった)また、「帰化」申請に際して、事前に 「帰化」後の名前を届けさせ、事実上の日本的氏名の強制を行っていることも言 語道断である。何れにしてもこれら「帰化」に関する情報は、許可者数、官報に 告示される「帰化」者名、住所、生年月日以外は公開されておらず、行政当局の やりたい放題である。早急に「帰化」行政を糺すためにも、情報公開を迫る必要 がある。

2、日本籍朝鮮人の教育

 日本の公教育において在日外国人教育がやっと取り組まれるようになってき た。だが、現状では、外国籍者を念頭において実践されているのが多くの教育現 場の姿だ。これは現場の教員の自己認識のなさと共に教育行政の怠慢が起因して いると言わざるを得ない。この十数年来、各自治体は在日外国人教育の指針、方 針を出してきた。しかし、これだけ多くの日本籍朝鮮人が存在するにもかかわら ず、これら指針、方針の中で日本籍朝鮮人に言及しているものは皆無に等しい。 都会、地方に関係なく今日において日本籍朝鮮人抜きにして在日外国人教育は考 えられない。そのためには一刻も早く、指針、方針に日本籍朝鮮人(日本籍外国 人)に関する教育方針を加筆させなければならない。と同時に教育現場の実践を 促す運動を起こすことを提唱したい。

3、在日社会の内なる排外、差別を問う

 「帰化者は裏切り者」などという紋切り型の排外主義は、永年在日コリアン 社会にまかり通ってきた。これら同胞の排外主義によってどれほど多くの日本籍 者が傷つき、同胞社会と分断させてきたことか、今さら例を挙げるまでもないだ ろう。我々は、在日社会の内なる排外主義を糺すと共に内なる「国籍条項」撤廃 に対しても闘う必要がある。
 両親の一方が朝鮮人で日本籍を持つ蔵重ウヒさん(大学生)は、次のように 訴えている。
「私は日本国籍ゆえに、韓国奨学会からも朝鮮奨学会からも奨学金はもらえま せん。弟も私立の民族学校に通っていますが、日本国籍ゆえに他の子と同じよう な待遇をしてもらえず、他の子より高い授業料を払っています。…中略…祖母、 母、弟のうち、祖母は年金がもらえません。このような状況は、一般の在日の家 族とそう変わりはないはずです」
 日本籍の同胞が単に経済面の援助だけでなく、民族的なつながりを得るため に奨学金受給を渇望しているにもかかわらず、在日社会の何と冷たい処遇なのか 。民族として立ち上がろうとする日本籍者は、まだまだ少数者だ。この様な状況 の中、むしろ在日社会は積極的に支援すべきではないのか。日本籍同胞を切り捨 て続けるなら、同胞社会に未来はない。同胞奨学金「国籍条項」撤廃の問題は、 氷山の一角にすぎない。同胞内部に凝り固まった国籍至上主義(民族=国籍)を 打ち破ると同時に在日社会の制度的改革を今こそ求めるべきだろう。


この原稿は、1996年春号、季刊「サイ」、〜特集日本国籍をもつコリアン たち〜に掲載されたものです。


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