「都会の人間は冷たい!」の巻
夜10時、JR中央線で帰途につく。座席に座り、息抜きに文庫本を開く。左隣
には「一見」ごく普通の五十歳位の男性が座る。
その男性が隣に座った瞬間いやな予感がした。サラリーマンの習性というか、
通勤に長年同じ線を使っていると隣に座る人間の雰囲気が瞬間的に勘で分かる様
になるものだ。暫くするとその予感が的中して、その男性何やらブツブツ言い始
めるのである。
「あーあ、都会の人間なんて冷たいもんだ。親戚たって何にも頼りにならない。
あーあ、やだやだ。」アルコールも多少入っているのだろう、こんなことを何度も
ブツブツ言っている。まあ暴れて危害を加えるようなタイプではなさそうなので、
読書に集中できないが文庫本の文字を追っていた。
と、突然その男こちらに話しかけてくるのである。
「ねえ、お兄さんそうでしょう、他人ならともかく親戚だよ、親戚でそれはないよ
な。人が頼ってるのにそれはないよ。都会の人間は冷たいよ。人間じゃないよ。」
これは大変なことになってしまった。この男がどこで降りるか知らないが、東京
駅からこれを延々とやられたらたまったものではない。そこでこちらも意を決して
且つ柔らかく、「あのー、本を読んでいるので静かにしてくれませんか。」と言う。
と、その男飛び上がらんばかりに驚いた、「ええっー!、こっ、これだ!、これだ!
都会の人間はいつもこれだ。人が地獄の底にいるのに、慰めこそすれ、『本を読んで
いるので静かにしてくれませんか』だって。あー、やだやだ。」
そしてその後は類語辞典的に、「都会の人間は冷たい」、「人情のひとかけらも
ない」、「人間じゃあない」、「こうなると世も末だ」、「地獄だ」等々、一人で
ねちねち続けている。
何を言おうと無視していると、その男今度は反対隣の若い女性を話し相手に選ぶ
のである。「ねえ、お姉さんそうでしょう…」と始まる。ひと昔前の女性ならハイ
ハイと聞いているところだろうが最近の若い女性はちょっと違う。その女性曰く、
「あのー、私も本を読んでいるので静かにして下さい。」
この男のリアクションは言うまでもない。「な、な、何!止めてくれよ!隣の兄
さんは『本を読んでいるので静かにしてくれ』で、このお姉さんも『静かにしてく
れ』か。日本人はどうなったの。冗談じゃないよ。これじゃお先真っ暗だよ。あーあ、
都会の人間はやだなあ。」と、すっかりいじけてまた一人でブツブツ言っているが、
酔いも手伝っている上、もともとが粘着質タイプ、いわゆる「懲りない」タイプ。
今度は前に立って週刊誌を読んでいる働き盛り風男性に話しかける。「今の二人の
言葉聞きました?『静かにしてくれ』ですと。人生の先輩に言う言葉じゃないよね。」
と懲りずに「都会人冷たい」論を展開し始める。が、この男性からも「うるさいなー!」
の洗礼を受ける。後は説明するまでもない。
それからというものは一人で「都会人は冷たい」論をぶつくさ言って自家中毒状態
になっている。車内の面々はみんな気にはなっているものの出来るだけ素知らぬ顔を
している。
そして、三鷹駅に着いた時、男は「もうこんなのとは付き合ってられない!俺は降
りる!」と言って、そばに立っていた若者を捕まえて、「お前、降りて俺と一杯やっ
てこ。」と強引に迫ったが、哀れここでも若者に「俺いやだよ!」と断られ、男は
「日本はもう駄目だ!都会の人間は駄目だ!」の言葉を残して去って行った . . . 。
男が去って行った後、車内には「ホーッ」というため息が広がった。
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