「郡山高校・数学担当・川端 靖先生」の巻

 私の母校は奈良県立郡山高校である。1969年(昭和44年)に入学した。郡山
高校は1893年の創立、県下では名門校・伝統校と言われているが、教師陣には
不満の残る高校である。「誰かを引きずり降ろしてでもという闘争心が欠けて
いる」と言う教師が幾人もいた。ただし、それは教師側の考えであって、我々
生徒はそんなことは誰も気にしない。校訓は「文武両道」とえらく陳腐である
が、いい意味でも悪い意味でも自由な校風である。

 そうした郡山高校の中にあって、名物教師の筆頭は数学担当の川端靖先生で
あろう。40歳半ばで頭は禿頭、強度の近視で厚いレンズの眼鏡姿、海軍士官学
校卒業。姿勢が良く、直立不動で授業を進める。

 数学担当の川端先生の授業は、45分の内数学の授業は約三分の一、つまり15
分であり、残り時間は数学とは全く関係のない道草授業、いわゆる「川端ワー
ルド」が展開されるのである。

 入学して初めての授業。方程式の授業を15分程度すると、突然「はい、今日
の授業はここまでです。あとは家でこの箇所を100回繰り返し読んでおいて下
さい」と言いながら、今までの授業内容が書かれた黒板を消してしまう。そし
て何やら書き始める。

 何が始まるのだろうと生徒全員が見守る中、黒板に「国破山河在、城春草木
深、. . .」と書き始める。一通り書き終えると、「これは中国の詩人、杜甫
の『春望詩』であります。諸君は漢文の授業でも習うことですが、大変すばら
しい中国の詩であります。国破れて山河在り、国家は破れ人民は離散したけれ
ども、ただ自然の山河のみは依然として昔のままにある。城春にして草木深し、
. . .」もうこれは漢文の授業であり、これが川端授業の核心である。

 そして一通り漢文解釈が終わると、「それでは諸君、この詩をノートに書き
写して下さい。そして次の授業までに暗記しておいて下さい。それでは今日の
授業を終わります。」と言い残して去って行く。我々生徒は大きな疑問を感じ
ながらも、黒板の詩をノートに書き写し、次の授業までに暗記することになる
のである。

 先生は古典担当にも変身する。『万葉集』『源氏物語』『徒然草』『今昔物
語』等々、多種多彩である。『おくのほそ道』となると、黒板に「月日は百代
の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。. . .」と書き連ね、そして解釈
が始まる。その都度、我々生徒はノートに書き写す。

 こういう次第であるから、我々生徒達の数学のノートには、数学の内容より
も漢文・古文の文章が多く書き込まれるのである。

 また、川端先生はクラシック音楽の大ファンであり、特にブラームスが好き
で、何かのきっかけでクラシック音楽の話になると、もう止まらない。ブラー
ムスの交響曲が大好きで、第一番から第四番までの交響曲の解説が格調高く語
られ、その夜にそれに関連したテレビ番組があるとなれば、「生徒諸君は今夜
の番組をじっくり聞いて考えて下さい。そして次の授業にそれぞれ感想を述べ
て下さい。それでは今日の授業を終わります。」そして我々生徒は、クラシッ
ク音楽に興味がある生徒もない生徒もその夜はその番組を見て、目を白黒さ
せながら感想を考えるのである。


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